第3話 閃光の一矢

 ユキトが放った炎纏いし双龍ドラゴニック・フレイムは、魔物を真正面から飲み込んだ。しばらくして、それは霧散するように消えていく。


「う……うそ、だろ!?」


 ユキトは目をむいてつぶやいた。


 全身から湯気をたたせて姿を現した魔物は、顔の前で両腕をクロスさせている。顔へのダメージを防ぐためだろう。だが、驚くべきことはそこではない。つい先ほどまで獣を思わせるふさふさの毛だったものが、今や鋼鉄の鱗に変化しているのである。しかも、腕だけでなく全身が鱗におおわれていて、やけどどころか傷一つついていないのだ。


「何だよ、それ……。毛が鱗に変わるなんて……、そんなの聞いたことないって!」


 と、目の前の状況に困惑するユキト。


 そんな彼の心情を知ってか知らずか、魔物は醜悪な笑みを浮かべるとユキトとの間合いを詰めようと駆けだした。


「また正面から殴るんだろ? お見通しだっての!」


 相手が動いたことで、平静を取り戻したユキト。魔物の単調な攻撃を予想して、自分の左側へと数歩移動する。


「――っ!?」


 瞬間、目の前に突如として漆黒の丸太が現れた。いや、丸太ではない。魔物の尻尾である。正面から殴りかかろうとしていたのは、どうやらフェイントだったようだ。


(マジかよ! やばい――!)


 避けられないと悟ったユキト。とっさに防御体勢をとろうとしたその時、魔物の尻尾がユキトの腹を直撃した。


「――っ!」


 一瞬、息ができなくなる。酸素を求めて息をつこうとするが、思い通りにはいかなかった。


 魔物が思い切り尻尾を振り抜いたのだ。まるでバットでボールを打ち返されるように、なす術なく吹き飛ばされたユキト。通りに面した商店の壁に背中から激突。そのまま壁をぶち破り、店内の商品棚を数個壊したところでようやく勢いが止まった。


 数回せき込み、肩で息をつきながらよろよろと立ち上がる。


「野郎……バカ力にもほどがあんだろ! くそ痛てえ!」

 

 そうぼやきながら、ユキトは自分に治癒魔法をかける。詠唱なしの簡易的なものなので、痛みを和らげる効果くらいしかない。だが、今はそれだけで充分だった。


 魔物は咆哮ほうこうをあげ、ユキトがいる家屋の壁や商品棚を壊しながら迫ってくる。


 降り注ぐ瓦礫がれき、耳障りな音。それらに耐えながら、ユキトはタイミングを見計らっていた。魔法力を右手に集中させる。


 引きつけて引きつけて、充分な距離になるまで心の中でカウントダウンをする。


(三……二……一……!)


 至近距離で魔物が鋭い爪を振りおろす瞬間に、


「押しつぶせ! 『苛烈な水の衝撃アクア・ストーム』!」


 と、魔物の腹に向けて魔法を放った。


 高圧の水の砲撃が魔物の腹に直撃し、そのまま相手を押し返す。充分に距離を取ると、ユキトは半壊した家屋から大通りへと移動した。


 疲労感がユキトを襲う。思い切り壁に衝突したうえに、慣れない水属性の魔法を使ったせいだろう。


 魔法を使う際、個人差はあれど、得意な属性の魔法では消費する魔法力は少ない。逆に、不得意な属性の魔法では、消費する魔法力が、得意な属性の魔法を使う時の二倍から三倍は跳ね上がる。そのため、短時間で長距離を全力疾走したような疲労感があるのだ。


「こんなにしんどいんだったら……兄貴に特訓してもらうんだったな」


 ぽつりと後悔を口にするユキト。水属性の魔法は、ユキトの兄であるクロトの得意属性である。


「……なんて、言ってる場合じゃねえや」


 と、気合を入れ直したユキトは正面を見据える。魔物が、怒りに任せて突進してきたのだ。


 先ほどの作戦を得意の火属性でやろうと考えていると、ユキトのすぐ横を何かが高速で飛んでいった。


「え……?」


 気配がした方を見るも、その姿はもうない。何だったのだろうと首をひねった瞬間、魔物の凄まじい悲鳴が聞こえてきた。


 視線を正面に戻すと、魔物がユキトから数メートルのところで立ち止まっている。その体の表面を、黄色の電光が不規則に走るのが見えた。


 ユキトが困惑していると、


「もう! やっと追いついた!」


 という少女の声が、後ろから聞こえてきた。


 弾かれたように振り返る。そこにいたのは金髪の少女――幼なじみのアリス・イルフィートだった。


「アリス!? どうして――」


「どうしてここに? なんて言わないでよね! あんたが一人で突っ走るから、追いかけてきたの! そのくせ直さないと、あんた本当に死ぬよ?」


 単独行動は死につながりやすいのだからと、アリスが怒りながら告げる。


「……ごめん」


 ユキトは、それだけしか言えなかった。アリスが、本当に自分を心配していることがわかるだけに申し訳なく思う。けれど、考える前に体が反応してしまうのだ。こればかりは、そう簡単には直せないだろう。


「で、あいつがこの状況の原因ってわけね?」


 と、アリスが確認するようにたずねた。


「ああ。あいつが、城で聞いた魔物で間違いない」


 ユキトも気持ちを切り替えて答える。


 へこんでいる場合ではないのだ。目の前の災害級の生物をどうにかしなければ、これ以上の被害がでてしまうのだから。


「魔物なら、絶対にコアがあるはず。でも、問題はそれがどこにあるかよね」


 いまだ、感電しているらしい魔物を見据えてアリスが言った。


コアって?」


 と、きょとんとした顔でたずねるユキト。


「魔物にとっての心臓みたいなもの。クロトさんに教えてもらわなかった?」


 アリスに指摘され、ユキトは遠い記憶を思い出そうと思案する。


 通常、魔物はこの世界には存在しない。この世界で暮らしているのは、人間、獣人、龍人の三種族と動植物だけだ。


 魔物は、三種族のうちの誰かが魔法を使って創造して初めて生を受ける。その際に、魔法でコアと呼ばれる結晶を作り出すのだ。それを中心として、魔物が成長していくのである。ただし、その魔法は、自然の摂理からはずれるとの理由で、禁忌きんき魔法に指定されている。


「そういえば、小さい頃に聞いたことがあるような……」


 おぼろげな記憶のままそう告げると、アリスは大きなため息をついた。


「まあいいや。それより、あいつの特性教えて。戦ったんでしょ?」


 と、アリスは横目でユキトを見て言った。


 パッと見ただけでもわかるほど、ユキトの服は汚れていたり、ところどころ破れていたりする。


 ユキトはアリスの言葉にうなずいて、魔物の毛が硬い鱗に変化すること、顔を狙ったら腕でガードしたこと、長い尻尾も武器になることを告げた。


「そっか……。なら、なんとかなるかも」


 わずかに思案して、アリスは自信ありげにつぶやいた。


 ユキトがどうするのかたずねようとした矢先、


「ユキト! あんたはとにかく、あれに水属性魔法をぶっ放して。あとは、私が雷属性の魔法でなんとかするから!」


 と言い放って、アリスは駆けだした。


 どういうことだと問う前に、やっとしびれが治ったのだろう魔物の咆哮ほうこうが響き渡る。


(こうなりゃ、当たって砕けろ、だ!)


 やややけくそ気味に、ユキトは苛烈な水の衝撃アクア・ストームを連続で魔物に向けて放射した。


 魔法はすべて、魔物の四肢や尻尾に直撃する。ユキトの疲労は、ピークに達していた。だが、狙った場所に命中しているので、コントロールはまだ失っていない。とはいえ、たいしてダメージは与えられていないようだ。連続しての行使で詠唱は破棄しているため、しかたがない。けれど、本来の意図は別にあるから、それでも構わなかった。


(アリスは……?)


 と、彼女の姿を探すユキト。魔物の陰になっているのか、姿を確認することはできない。


 大丈夫なのだろうかと思った瞬間、


穿うがて! 『雷の矢サンダー・アロー』!」


 と、唱える彼女の声が聞こえた。


 数秒遅れて、雷の矢が魔物の右腕を貫いた。直後、貫かれた箇所から放電し、魔物が悲鳴をあげる。

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