第2話 魔物の襲撃

 食堂を出たユキトは、脇目も振らずに城の南門を抜ける。今日の朝通った道だったから、迷うこともなかった。


 城門前広場を突っ切って、住宅街に入る。荒らされた形跡はない。どうやら、ここにはまだ魔物はきていないらしい。


 ホッとするのもつかの間、ユキトは商店街を目指してスピードをあげる。一直線に走って走って走って……。


 肺が痛くなるのも構わずに走ると、目的の場所に到着した。


「何……だよ、これ……」


 息を整えながら、ユキトは思わずつぶやいていた。


 眼前に広がるのは、自分が記憶している光景とはだいぶ違っている。軒を連ねる商店が、あちらこちら瓦礫がれきと化しているのだ。


「何だよ、これ!」


 ユキトは、もう一度同じ台詞を口にした。今度は、意識しているため多少なりとも怒気が含まれている。日常が前触れもなく壊されてしまったのだから、当然だろう。


 周囲を改めて見ると、軍服姿の騎士たちが負傷した人や逃げ遅れた人たちの救助を行っている。どうやら、先遣隊の騎士が到着していたらしい。


 それを横目にユキトは、この惨状を作り出した張本人を探しに商店街の先へと進んだ。いつもなら活気にあふれるこの場所も、今日は人がほとんどおらず、商店の崩れ落ちる音が響いている。


(どこにいやがる……?)


 殺気をむき出しにして探していると、


「きゃあああああああっ!」


 悲鳴が聞こえた。


「今の声、まさか……!」


 聞き覚えのある声に、嫌な予感がよぎる。ユキトは、それを振り払うように悲鳴が聞こえた方へと駆けだした。


 しばらく走ると、一人の女性が二足歩行で大柄の生物に追いつめられている。おそらくあれが、伝令の騎士が言っていた魔物だろう。


 女性の背後から見える薄桃色のリスの尻尾で、ユキトは彼女が見知った人物であると確信した。彼女は、ユキトがよく行くパン屋の看板娘クリス・ロアンだった。


 地面をこするほどに長い尻尾を引きずりながらにじり寄る魔物と、家屋の壁に阻まれ後ろに逃げることができないクリス。そんな両者のもとへ、ユキトはひた走る。


「弾けろ! 『火焔球フレア・ボム』!」


 と、魔物の方へ右手を突き出して呪文を唱える。


 すると、ユキトの手のひらから球体の炎が放たれた。勢いよく魔物の顔面に直撃して爆ぜる。魔物がうめくと同時に、ユキトが彼女のもとに到着した。


「クリスさん、大丈夫?」


 ユキトが声をかけると、彼女は小刻みに震えながらもうなずいた。薄桃色の髪と服は汚れているが、本人にけがはないようだ。


「とりあえず、ここから逃げよう」


 そう言って、ユキトはクリスを立たせると、彼女の手を引いて走り出した。


 その直後、魔物の鋭い爪が二人が背にしていた家屋を切り裂いた。家屋は、一瞬にして崩れ落ちる。


 その音に反応して、クリスが後ろを振り返ろうとした。


「いいから、走って!」


 ユキトが鋭く叫ぶ。そのおかげか、クリスが魔物を振り返ることはなかった。


 がむしゃらに走って、比較的頑丈そうな石造りの家屋の裏に二人は避難した。深呼吸をして息を整える。


(ここなら、とりあえずは大丈夫かな)


 何度目かの深呼吸の後、ユキトはクリスにここから動かないように告げた。


「うん……。でも、ユキト君は……?」


 不安げな表情で、クリスがたずねる。


「あいつを止めに行く」


「そんな……!? 危ないよ!」


「でも、誰かがやらなきゃ、もっと酷いことになるから」


 だから行くと、ユキトは真剣な眼差しで静かに告げた。


 何か言いたげなクリスだったが、何も言葉にできず押し黙るしかなかった。


 ユキトが通りへ出ると、魔物は雄叫びをあげながら手当たり次第に商店を破壊していた。


「野郎……!」


 その光景に、ユキトは低くつぶやいて歯噛みする。これ以上、街を好き勝手に壊されることが許せなかった。


 意識を右手に集中させ、魔物に向かい手のひらをかざす。


「やめろーーーーっ!」


 そう叫ぶと同時に、火焔球フレア・ボムを魔物に放った。詠唱なしで作り出したため威力は通常時より劣るが、魔物の意識をこちらに向けるには有効だろう。


 火焔球フレア・ボムは、魔物の背中に命中した。けれど、やはり明確なダメージは与えられてはいないようだ。


 ユキトの思惑通り、それはこちらに振り向いて咆哮ほうこうをあげる。耳をつんざくそれは、少し聞いただけでも震え上がるような不気味なものだった。だが、ユキトは臆することなく、魔物をにらみつけている。


 彼の反応は、魔物にとって予想外だったのだろう。狼に似た顔に渋面を貼りつけて低く唸っている。三つの紫紺しこん色の瞳には、純粋な殺意が浮かんでいた。


 両者の間に緊迫した空気が流れる。聞こえるのは、魔物の唸り声と時折崩れる瓦礫の音だけ。どちらが先にしかけるのか、互いにタイミングを見計らう。


 どのくらい睨み合っていたのだろう。


「斬り刻め! 『風の刃キル・ブレイブ!』」


 と、ユキトが右手を前に突き出して呪文を唱えた。


 三日月形の風の刃が三つ、彼の手のひらから放たれる。それを合図に、魔物も間合いを詰めようと駆けだした。


 わずかに遅れて、ユキトも地を蹴った。魔物の左側に回り込むように走る。もちろん、風の刃キル・ブレイブによる攻撃の手は緩めない。


 ユキトの攻撃は、すべて魔物に命中した。通常、風の刃キル・ブレイブが命中したならば、三日月形の鋭利な刃が相手の体の一部を切断するはずである。しかし、魔物の体は、それが高速で衝突したというのにほぼ無傷だ。それも、防具をつけているわけではない。漆黒の獣に似たふさふさした毛におおわれているだけなのだ。


 ユキトの心情を知ってか知らずか、魔物は怯むことなく襲いかかってくる。


(くそっ! こいつ、どれだけ丈夫なんだよ!)


 ユキトは舌打ちをして、どうすればいいかと思考を巡らせる。魔物とはいえ、生物であることには変わりない。だとすれば、弱点の一つや二つはどこかにあるはずだ。


(落ち着け! 相手をよく見るんだ)


 心の中でそう自分に言い聞かせる。


 ユキトからの攻撃が止まったのをいいことに、魔物は鋭い鉤爪でユキトの命を狩り取ろうとする。何度も何度も、執拗に攻撃をしかける。その度に、ユキトはギリギリのところでかわしていく。


 相手の攻撃は、威力はすごいがとても単純なものだ。避けるのは造作もない。ただ、相手の弱点は観察しているだけではわからなかった。


「あーもー、めんどくせえ!」


 何度目かの攻撃をかわした直後、ユキトはかんしゃくを起こしたかのようにつぶやいた。実際、こちらから攻撃をしかけなければ、この状況を打開することはできない。


 ユキトは魔物との間合いを取ると、両手を前に突き出した。


「赤と青。二つの炎よ。交わり喰らえ! 『炎纏いし双龍ドラゴニック・フレイム』!」


 呪文を唱える。ユキトの両の手のひらから、赤と青の炎をまとった二匹の龍が現れ魔物に向かって飛んでいく。それらは空中で絡まりあい、やがて一匹の大きな龍へと変貌した。融合したことで、まとう炎の色が鮮やかな紫色になっている。


 炎纏いし双龍ドラゴニック・フレイムの直撃を受けると、どれほど屈強な相手でも重度のやけどを負う。それは、魔物であれ同じことだ。


 やけど自体は治癒魔法で治療できるが、しばらくの間、痛みと熱さにさいなまれる。そのため、炎纏いし双龍ドラゴニック・フレイムはたびたび『死神の魔法』などと呼ばれることもあった。


 紫色の炎の龍は、魔物を喰らいつこうと大口を開けて襲いかかる。魔物は避けることもできないまま、それに飲み込まれた。

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