第7話 邂逅と別離
「何? 『伯父上』だと?」
エドワードは
深緑と金色のオッドアイを持つ混血児など、ディンクス家にはいないはず……。そんな思考が、彼の表情から読み取れる。
「実は、父親を探してるんだ。で、聞き込みの途中で、あんたの名前を聞いたんだよ」
「どういうことだ?」
聞き返すエドワードにクーレルは小さく息をついて、
「察しが悪いな。……レイドリック・ディンクスという名に聞き覚えは?」
と、問いかけた。
「聞き覚えもなにも、レイドリック・ディンクスは私の弟だが……」
それがどうしたとばかりにエドワードがにらむ。
「俺は、そのレイドリック・ディンクスの息子だよ」
「何だと?」
エドワードにとって、それは信じがたい言葉だったのだろう。驚いているようにも、疑っているようにも聞こえる声音で聞き返した。
だが、わずかに思案して、
「そうか、あいつのか。まったく、困った弟だ」
と、どこか納得したようにつぶやいた。
レイドリック・ディンクスは、昔から素行が悪く問題を起こさない日はなかったのだという。大公の子息という自覚がなかったのか、それともそれに甘えていたのか。大人になってからも変わらず、よく城を抜けだしては異性と色恋沙汰のトラブルを抱えて戻ってきたらしい。どうにも、
実の息子にそんな話をするのもどうかとは思ったが、クーレルは口を挟むことなくエドワードの昔語りを聞いていた。
「……伯父上に聞きたいことがあるんだ。あいつはどこにいる?」
エドワードの話が一区切りついたところで、クーレルが本題へと入る。先ほどまでの笑みが嘘のように消えていた。
「さあな。親父の葬儀に出席したことは知っているが、その後のことは知らんよ。まあ、たとえ知っていたとしても、貴様たちに教える気はないがな」
「なら、力ずくで聞きだすまでだ!」
クーレルはそう言って、腰にさしている大きく曲がった細身の刀を抜いた。きらめく片刃の刀身は、深い紫色の炎をまとっている。愛用の武器を手に、クーレルは相手の懐まで一足飛びに移動する。
エドワードの首を狙って刀を振り抜こうとしたが、しかし直前で相手の武器に阻まれた。どこに隠し持っていたのか、エドワードはカットラスを手にしている。
「へえ。一国の主様の武器が、そんなものとはね」
「刀剣類の中で、カットラスが一番好きでね。特にこれは、私のお気に入りなんだよ」
そう言って、エドワードも負けじと好戦的な視線を送る。
クーレルは、ちらりと視線を彼の武器に向けた。なるほどたしかに、よく手入れされているようで刃こぼれなどは一つもない。
そのほんの一瞬のすきを、エドワードは見逃さなかった。体重を乗せるように、全力でクーレルを押し返す。わずかに力の均衡が崩れた瞬間に、エドワードがカットラスを振り抜いた。
弾き返されたクーレルは、部屋の入口付近まで後退する。
苦虫を噛み潰したように舌打ちするクーレル。
そんな彼に、
「クーレル様……?」
と、カミーラがおずおずと声をかけた。
「心配ない。お前たちは手をだすなよ」
クーレルはそう言って、また真正面から攻撃をしかける。
「ほう、意外に単純なのか。御しやすい――!」
と、エドワードがそうつぶやいた矢先、彼の目の前に
いや、実際にはクーレルが放った
「見くびるなよ!」
そう言いながら、クーレルがエドワードの左側から斬りかかる。
「その言葉、そっくりそのままお返ししよう」
紫炎をカットラスで打ち消したエドワードが、振り抜きざまにクーレルの刀を弾き返した。
一瞬のけぞるも、クーレルはすぐに体勢を立て直し攻撃に移る。
剣技の応酬は続き、互いに一歩もゆずらないまま
「なあ、伯父上。そろそろ言えよ。あいつはどこにいる?」
何度目かのつばぜり合いの時、クーレルがエドワードにそう告げた。レイドリックの居場所を教えて楽になってしまえと。
「さっきも言っただろう? 教える気はないと」
エドワードが強気で突っぱね、クーレルの刀を弾く。もとより知らないのだから教えられないとでも言いたげな表情をしていた。
瞬時に体勢を立て直すクーレルだったが、間合いを取るように後退する。
「そうか、それは残念だよ」
刀をおろしたクーレルは、興ざめしたとばかりに冷ややかに告げた。
直後、クーレルがまとう空気が変わった。先ほどよりも
これには、エドワードも身の危険を感じたらしい。じりじりと窓の方へと後ずさる。
クーレルはその場を動くことなく、獲物を追いつめた獣のような獰猛な笑みを浮かべた。
「
クーレルが呪文を唱える。彼の得物がまとう炎の威力が、次第に増していく。
「――くらえ! 『
言い放ちざま、刀を思い切り振りあげた。すると、刀身がまとっていた炎は、
逃げられないと悟ったエドワードが、防御魔法の呪文を詠唱する。
「……月の青。浄化の光。すべてを飲み込み――」
だが、最後まで唱えることはできなかった。
「ぎゃああああああああああああっ!」
絶叫が部屋中に響く。恐怖や痛み、あらゆる負の感情をないまぜにしたような声。常人であれば、正気を保ってはいられないだろうと思えるほどだった。
けれど、その場にいるクーレル、アルフレッド、カミーラの三人は、平気な顔でその様子を見つめている。
しばらくして、エドワードの断末魔が途絶えると同時に紫炎の豹も姿を消した。そこに残ったのは、変わり果てたエドワードだけだった。
それを見届けたクーレルたちは、
寝室やトイレ、謁見の間など隠れられそうな場所はくまなく捜した。だが、レイドリックは見つからなかった。
クーレルは、眉間にしわを寄せて舌打ちをする。
「なあ、クーレル。大公は、本当に知らなかったんじゃねえのか? お前の親父さんの居場所」
アルフレッドが言うと、クーレルは脱力するように息をついた。
「……そうかもしれないな」
そうつぶやいたクーレルの声は、消え入りそうなほど小さい。
いるはずだと思っていた人物はおらず、その行方を知っているだろうと思われた大公は、実際には知らなかったのだから無理もない。
重苦しい沈黙が三人を包もうとした時、
「あの……クーレル様。もう一度、さっきの部屋に行ってみませんか? もしかしたら、何か手がかりがあるかも……」
と、カミーラがおずおずと提案した。
先ほどまでは人を探していたから、引きだしの中などの細かい場所は見ていない。たしかに、まだ探していない場所に何かしらの手がかりがあるかもしれない。
クーレルとアルフレッドはほぼ同時にうなずいて、エドワードの私室へと向かった。カミーラもその後に続く。
エドワードの私室に戻った三人は、レイドリックにつながるものがないかと重箱の隅をつつくように探した。だが、手がかりになりそうなものは一切見つからなかった。
三人はここでの捜索を諦め、他の国に行くことにした。放蕩ぐせのあるレイドリックのことだ、他国を自由に回っている可能性もある。
絶対に見つけだすと決意を新たに、クーレル一行はこの国から一番近いアモードルース王国へと向かった。
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