獅子の願い

「久しぶりに馬に乗りたい。付いて来い」


 ラウドの怒りが氷解するのと時期を合わせるかのように、ある日レーヴェはラウドにそう言って無理矢理ラウドを馬に乗せた。乗馬は苦手なのだが。苦笑しつつも、ラウドはレーヴェに従い、都を出た。


 森が広がっている部分とは反対側の、畑が広がっている土地を延々と、馬に乗ったレーヴェの後に従う。連れて来られたのは、都から少し離れた、草ぼうぼうの小高い丘の上だった。


「ここからだと、都が一望できる」


 レーヴェの言う通り、丘に登ると、川から緩やかに持ち上がっている丘の上に作られた都と王宮が、要塞のように粛然としているのが分かる。都だけではない。都に出入りする街道も、まだ実をつけていない麦が揺れる畑も、丘からは臨むことができた。この都を落とすにはどうすれば良いだろう? この丘に陣取るのはどうだろうか? いつもの癖で、ラウドはそんなことを考えた。


「この国を、どう思う?」


 不意に発せられたレーヴェの言葉に、正直面喰らう。古き国の騎士であった(今でも古き国の騎士であるとラウド自身は思っている)自分に尋ねる質問では無い。しかし、相手は王だ。答えねばなるまい。


「豊かな、国ですね」


 半年ほど前まで戦いに明け暮れていた国だとは思えない。それが、ラウドの正直な感想。新しき国の都の周りが戦場になったことは無いので、この心安まる風景は昨日今日でできたものでは無いのだが。


「そうだろう」


 ラウドの言葉にレーヴェは満足したようだ。にこりと、笑う。そして。


「この国を、私は守らねばならない。その手伝いを、して欲しい」


 次のレーヴェの言葉に、ラウドは思わず俯いた。何度も言うが、ラウドは古き国の騎士だ。それ以外の何者でも無い。レーヴェが支配するこの国の為にラウドができることは、皆無。有るとすれば。


 目の端に映ったものに、はっとして剣に手を掛ける。


「下がってください!」


 レーヴェにそう言い捨てると、ラウドは馬から飛び降り、地面の割れ目から湧き上がる黒い靄に向かって剣を構えた。


「古き国の騎士の血と力で以て、『悪しきモノ』を封じる。女王よ守り給え」


 自分の左腕を剣で傷付け、いつもの呪文を小さい声で唱えてから、ラウドは一瞬でレーヴェの背よりも大きくなった靄の中へと飛び込んだ。暗闇の中で、核を捜す。あった。地面の割れ目に隠れていた、他の場所よりも更に暗い部分に、ラウドは自分の血が付いた剣を突き立てた。たちまちにして、暗闇が晴れる。今回も大過無く悪しきモノを封じることができた。ラウドはほっと息を吐くと、レーヴェは大丈夫だったかと振り向いた。


 と。


「……レーヴェ?」


 馬上のレーヴェの様子が、何となくおかしい。どうしたのだろうか? ラウドが首を傾げる間も無く、レーヴェは徐に馬から降りるとラウドの傍に立ち、呆然とするラウドの首に手を掛けた。


「なっ……!」


 息ができない。体格差で、身体が浮き上がるのが分かる。首に掛かったレーヴェの手を外そうと藻掻いたが、無駄に終わった。レーヴェの後ろに黒い影を見て、ラウドは霞む意識を振り絞ってまだ血が止まっていない左腕を大きく振った。次の瞬間、意識が途切れる。レーヴェは、悪しきモノに乗っ取られた自分自身を取り戻すことができただろうか? それが、ラウドの最後の心配だった。

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