夕刻の叱責

 再び都が目に入った時には、既に、辺りは茜色に染まっていた。


「少し遅くなったな」


 痛む傷に、顔を顰める。昨夜受け取ったばかりの上着は既に泥と血で汚れ、あちこちに破れや穴ができていた。直せるだろうか? アリが居れば、綺麗に直してくれるのだが。少々気が引けるが、騎士団長に言って新しいのと交換してもらおう。ラウドがそこまで考えた、丁度その時。


「居たぞ!」


 ラウドの周りを、数人の騎士が取り囲む。目の前に居るのは昨夜ラウドを殴った若い騎士だ。


「今まで何処に行っていた!」


 いきなり、若い騎士がラウドの胸倉を掴む。


「捕虜のくせに勝手に出歩くんじゃない!」


 朝ラウドが宿舎を出て行く時も、都の城門から外に出た時も、咎める者は誰も居なかったが。そう、ラウドが反論する前に、若い騎士がラウドを殴る。その拳を、ラウドは寸前で避けた。殴られるのは一度でたくさん。


「このっ!」


 しかしラウドが拳を避けたが為に、今度は周りの若い騎士達全員を怒らせてしまったようだ。一瞬にして、ラウドの周りに剣の柵が立つ。どうするか。一瞬で、態度を決める。ラウドは振り向くふりをして、左側にいた騎士の、剣を持った手首を強く握り、輪が崩れたところで騎士達の間から飛び出した。


「なっ!」


 戸惑う声と、避けきれなかった鋭いが微かな痛みを、同時に感じる。蹌踉けたラウドの身体はそのまま地面に激突した。しかし、……次の攻撃は、無い。その代わり。


「ラウド?」


 聞き知った少年の声が、ラウドを戸惑わせると同時にほっとさせた。


「何故ここに?」


 ラウドの目の前に居たのは、もじゃもじゃの赤い髪の少年。今日はラウドと同じ白い上着を身に着けている。


「ルージャ」


 未来に、飛ばされたのだ。ラウドはほっと息を吐いた。そう言えば、今朝身に着けていたマントは子供の身体を包むのに使ってそのまま置いてきてしまっているし、上着の裾は大男との戦闘で破れてしまっている。記録片が全て手元から無くなってしまっているのだから、『飛んで』しまうのもある意味仕方が無い。


「また飛ばされたのですね」


 ルージャの横には、ラウドの妹であるリディアに似た背の高い青年、レイが呆れたような顔を見せている。


「ラウド、何その格好? しかも顔に痣作ってさ」


 立ち上がったラウドを指差し、ルージャがケラケラと笑うのが、何故か心地良かった。


 ルージャとレイは、ラウドから百年ほど後の時代の、古き国の若き騎士。二人ともしばしばラウドの時代へと飛ぶことがあり、その結果、滅びるはずだった古き国は特にルージャの無茶により滅びず、地下に潜ることになった。二人には感謝してもしきれない。今でもラウドは心からそう思っていた。


 彼らがここに居る理由は、すぐに分かった。古き国の騎士の務めとして、ラウドと同じように、悪しきモノが現れていないかどうか見回っているのだろう。


「この辺りでは、あまり見かけませんが、用心に越したことはないでしょう」


 落ち着いた面持ちで、レイが言う。


「おそらく、古き国の騎士の中でも力の強い者が、かつてこの辺りに葬られたのでしょうね」


 続くレイの言葉に、ラウドも沈痛な面持ちになった。


 悪しきモノと戦って命を落とした古き国の騎士達は、亡くなった場所に葬られるのが定め。命を失った後も、その血と力で以て悪しきモノを封じ続ける。それが、定め。ルージャもレイも、そしてラウドも、その定めを背負って任務を果たしている。


 夕方である為か、少し寂しくなる。ラウドは無理に笑顔を作った。

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