騎士の務め その2

 集落を離れて、再び森の中を歩く。


 しばらく歩くと、道端で止まったままの馬車に行き会った。


「どうしたのですか?」


 御者席で思案している恰幅の良い商人風の男に、声を掛ける。男はラウドを見て驚いた顔をした。


「これは騎士様。こんなところで珍しい」


 どうやら新しき国の騎士達は、古き国の騎士達のように困った人を助ける為に歩き回ることはないらしい。人手が足りないのだろうか。ラウドはふとそう思った。人手が足りないのなら、レーヴェがラウドのような敵方の騎士にまで「私のものになれ」と言った理由が理解できる。


「いえ、実は、この近くに子鬼の集団がいまして。この道は町へ行く近道なのに困っているんですよ」


 それならば、お安いご用だ。商人の言葉にこくんと頷くと、ラウドは支給されたばかりの剣の具合を確かめた。大丈夫だ。刃はきちんと磨いであるし、留め具の緩みもない。普通の足取りで、ラウドは道の先へと向かった。居た。小柄なラウドの背の1/3も無い、緑色の肌をした子鬼が五匹、道の真ん中で遊んでいる。


「ちょっと退いてくれないかな?」


 子鬼達に、大声を掛ける。森に逃げていくものと思われた子鬼は、しかし五体一丸となってラウドに襲いかかった。


「なっ!」


 しかしラウドが戸惑ったのはほんの一瞬。両腕を振り回すと、子鬼達はあっという間に地面に伸びた。しかし普段は臆病な子鬼が襲いかかってくるとは、どういうわけなのだろうか? 考えられる理由としては、悪しきモノが身体に取り憑いて、人を襲うように唆されたから、なのだが、伸びている子鬼を見る限り、悪しきモノの気配は何処にも無い。では、何故? 疑問に突き動かされるまま、ラウドは地面に伸びている子鬼の一体を爪先でつついた。


「ウウッ」


「何か困っていることがあるのか?」


 起き上がった子鬼に昼食用のパンを見せて、そう尋ねる。ひったくるようにパンを奪ってがつがつと食べ始めた子鬼は、一息ついてから答えた。


「オレタチノモリニヘンナオオオトコガスミツイタ。オレタチカエルバショナイ」


「なるほどね」


 それならば、人が通り、食料を得ることもできるが殺される可能性もある街道に出てきてしまうのも、理解できる。しかしこの場所に子鬼がいては人々が困る。子鬼達を殺すなり無理矢理森に追い払うなりすれば良いのだが、何となく、ラウドは子鬼達が可哀想に思えてきた。だから。


「とりあえず、お前達の森に案内してくれ」


 子鬼達にそう、提案する。ラウドの言葉に、気絶から覚めた子鬼達は細い目を丸くし、そしてラウドが手渡したパンを頬張って満足してからわきゃわきゃと奇声を発して傍の木々の中へと入っていった。


 その子鬼達を、見失わないように追う。どのくらい、森の奥へと入っていっただろうか。不意に、空気が重くなる。次の瞬間、ラウドはいきなり降ってきた戦斧の鈍い刃をギリギリのところで躱した。ラウドが体勢を立て直す前に、降りた戦斧が再び上がり、また降りてくる。暗い森の、木々の間から入ってくる光に、大きな影が映っていた。これが、子鬼達の言っていた『変な大男』だろう。次々と降りかかる戦斧の猛攻を身の軽さと習得している魔法の一つである防御の盾で何とか躱しながら、策を練る。相手は、体格も腕力もラウドより上。力では、小柄なラウドはこの大男に敵うわけがない。ならば。ラウドは不意にしゃがみ込むと、戦斧を振り回す大男の太い足を両手で掴んで引き倒した。倒れた大男の背に、影よりも黒い靄を認める。悪しきモノ、だ。そう認めるなり、ラウドは身体を掠めた戦斧で負っていた腕の傷口から流れる血を、起き上がる前の大男の背に振りかけた。たちまちにして、靄が消える。悪しきモノに魅入られていたのなら、この大男の攻撃性も理解できる。ラウドは一人、頷いた。そのラウドの前で、徐に大男が身を起こす。起き上がった大男の瞳は、戦斧を振り回していた時よりも幾分穏やかになっていた。


「ここは?」


 戸惑う大男の低い声に、ほっと息を吐く。どうやらこの大男は、悪しきモノに操られていただけのようだ。しかもラウドの血だけで靄が離れたところをみると、悪しきモノはまだ、この大男の内部に深く入り込んでいたわけではないようだ。悪しきモノに深く魅入られてしまった者を助けるには、首と胴を切り離して殺すしかない。かつての、歴史が変わる前のラウドは、気を失っている間にレーヴェに喉を切られ、遺体は首と胴を切り離された上で朽ちるまで古き国の都の入り口となっていた場所に晒された。だから、なのかもしれないが、首と胴を切り離すことに今のラウドは幾分かの抵抗感を覚えてしまう。それはともかく。


「ここは子鬼の領域」


 傍らで威嚇するように飛び跳ねる子鬼達を示して言う。おそらく流れの戦士なのだろう、ラウドの言葉に大男はむっと唇を引き結んで頷くと、戦斧を肩に担いで森を出る方向へと去っていった。全ての生物は、人も、『悪しきモノ』も含めて、自分の領域で生きていくべきだし、その方が幸せなのだ。森の影に消えた大男の背に、ラウドは心から安堵した。

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