第13話『井戸水と寄生虫』

 その時、タークの意識は朦朧もうろうとしていた。辺りの様子は判然とせず、自分がどこにいるのか分からない。体の感覚は薄い膜を通したかのようにぼやけていた。

 下半身が冷たい水に浸っており、歩くたび水深が増していく感じがする。しかし、不思議と寒くない。それすら、どこか他人事のように遠い。


(もう少しだ……もう少しで……)

 タークはそう思った。今の自分には、行かなければならない場所がある。そんな気がした。

 だが思考がうまく纏まらず、考えても具体的なことは何も分からない。もう、自分が何なのかすら、何をしているのかすらも……。

 だが、頭の中にたった一つだけ、はっきりした考えがあった。

(帰らなければ……)

 帰らなければ。タークはずっと、そのことだけを考えていた。ずっとそれだけに精神を集中していた。

 深い霧の中にいるかのような、漠然とした意識の中で、『帰らなければ』という行動原理だけがはっきりと輝いていた。

 それは暗闇の中の誘蛾灯のように、『どこへ?』という疑問すら持てないタークの足取りを導いていく。


『故郷へ帰りたい』。それがタークと、『キメリア=カルリ』の思いだった。

 誰の心にもある望郷の念。そして『キメリア=カルリ』にとっての“故郷”とは……。


――――


 路地裏。


 フィズンとエコの二人が、面と向かって座っていた。時刻は深夜から朝に移り始めている。

 

「この街では、平均して毎日ひとりずつ住民が失踪する。その原因となっているのが、『キメリア=カルリ』と呼ばれる人の思考を乗っ取る寄生虫だ。この街の井戸水の中には『キメリア=カルリ』の卵がごく低い割合で混入していて、運悪くそれを飲んでしまった人間の体内で孵化する」

 エコが真剣な面持ちでフィズンの話を聞いている。


「タークはこれに寄生されたんだろう。『キメリア=カルリ』は孵化するとすぐ、血流に乗って寄生した人間の頭に移行する。そこで血を吸って成長するんだが、そのままその人間の体の中に留まるわけにはいかないらしい。だからその人間の思考を乗っ取り、“故郷”の元へ移動させようとするんだ。すると寄生された人間は『キメリア=カルリ』の遡上そじょうを手伝う乗り物になり下がる……」


「……フィズン、“遡上”ってなに?」

 エコの質問。

 フィズンがエコの顔を見ながら答える。

「遡上っていうのは、魚が川をさかのぼって生まれ故郷に戻ることさ。『キメリア=カルリ』は魚じゃないが、意味するところは同じだ」


「じゃあ、タークは寄生虫に頭を乗っ取られたせいでいなくなったってこと? ……なんで誰も教えてくれなかったんだろう。行き先は分からないの?」

 エコが眉を寄せてフィズンに聞いた。

 よく考えればおかしいではないか。毎日一人の人間が行方不明になる……そんな恐ろしい出来事を、この街の人間が一人として知らないわけがない。噂話の一つくらい耳に入ってもよさそうなものだ。

 よそ者のフィズンでさえこんなに詳しいことを知っているのに、散々聞き込みをしたエコが一度もこの名前を聞いていないのはどういう訳なのか。


「ああ。街の連中に聞いても、『キメリア=カルリ』って名前は出てこなかっただろう。当然、喋るはずがないぜ」

 エコの頭に一抹の不安が走った。おそるおそる、口を開く。


「もしかして……、このことはみんな知ってたの……?」

「当たり前だ――毎日誰かが消えるんだぞ、知らないはずがない。でも、街の連中は『キメリア=カルリ』の被害について口をつぐんでいて、何も言わない。――魔導士の教育の下、街の連中はすでに了解しているんだ。ここの住民は、たとえ自分の家族が急にいなくなったとしても誰も探さない」

 フィズンが頷き、きっぱりとそう答える。エコが顔をしかめた。

「なんで……?」

 聞いてみて、少し怖くなる。足元で大蛇がうごめいているような、言い表せない恐怖を感じた。


「それは、『キメリア=カルリ』がこの街の根本にある問題に深く関係しているからだ。『境界魔法陣の形成』という問題に」

「え……『境界魔法陣』に? なんで寄生虫が?」

 フィズンの口から思いもよらない言葉が飛び出し、エコの語尾に大きな疑問符がつく。


『境界魔法陣』。人々の生活を育み守る巨大な魔法陣……先日ハルナからも詳しい話を聞いたばかりだ。しかしハルナは、寄生虫のことなど一言も言っていなかった。

 エコにはタークがいなくなった原因の寄生虫と『境界魔法陣』が結びつくとは、到底思えない。


「『境界魔法陣』と『キメリア=カルリ』にどういう関係があるの?」

「……ややこしい話だが、『キメリア=カルリ』の寄生は『境界魔法陣』の依代である『シンギュラ・ザッパ』と呼ばれる何かと関わりがあるらしいんだよ」

 フィズンは慎重にそう口にすると、辺りの様子を窺う。

「『シンギュラ・ザッパ』……」

 エコはその聞きなれない響きを繰り返した。


「『シンギュラ・ザッパ』が何なのかはオレも知らん。場所なのか、人物なのか、生き物なのか……。分かっているのはこの街の『境界魔法陣』の依代であることと、『キメリア=カルリ』と関係のある言葉だという事だけだ。もし『キメリア=カルリ』の目指す“故郷”が『シンギュラ・ザッパ』を指しているとすれば、『キメリア=カルリ』と共生関係をもつ生物の名前だってことまでは想像がつく。……だが具体的なことは何も分からん。恐らく街の連中もそこまでは知らないんだろう……知っているとすれば、この街の境界魔法陣を管理する魔導士、『行政魔導士』の連中だけだ」

 フィズンは『行政魔導士』という言葉を憎々しげに強調した。

 エコが問い返す。

「タークも……『シンギュラ・ザッパ』のところに行ったってことか。じゃあ、その場所を探さないと。……ねえフィズン、タークが居なくなってからまる二日ぐらい経ったんだよ。あとどれくらい時間があるかな」

「どう考えても、時間に余裕はないだろ。『キメリア=カルリ』は本能的にその場所を知ってるはずだからな……。それよりお前、本気でタークを探すつもりか?『キメリア=カルリ』に寄生されたってことは、虫に頭を乗っ取られたってことだぜ。仮にそいつを見つけたとしても、寄生された奴を連れ戻してどうする? 役立たずだぞ」

 フィズンがそう言うと、エコはムッとした。

「フィズン、そういう問題じゃないよ。それより、さっきの話の続きだけどさ……。なんで街の人たちはわたしにこの事を話してくれなかったの?」

 エコが胸の前で拳を握ると、フィズンは一瞬、殴られるのではないかと邪推して身を固めた。


「あ、ああ……。『境界魔法陣』は街そのものと言ってもいいほど重要なものだ。『境界魔法陣』が無くなれば、街はたちまち大小さまざまな魔物の襲撃を受けて崩壊してしまう」

「……そうだね」

 言いながらエコは、エコの家が燃えてしまった日のことを思い出していた。ハルナに話を聞いた時からエコもあの家に師匠の作った境界魔法陣が施されていたことに気づいていたのだ。

 家が焼けてすぐ、エコの飼っていたヤギは食われ、養蜂箱には別の虫が侵入し、畑には見慣れないカビが生えた。全てがあっという間だった。


「『境界魔法陣』は魔導士にとっても市民にとっても不可侵のものだ。なにしろ複雑極まりない『境界魔法陣』の構造を知っているのはデザインした魔導士だけだし、トレログの『境界魔法陣』は古く、作った人物が誰なのかはもう分からない。だからこそ、この街の誰も『キメリア=カルリ』の問題には触れられないのさ。変に手を触れればすべてが狂ってしまう可能性がある……エリートぞろいの『行政魔導士』たちですら、『境界魔法陣』を守るためには“昔からのやり方をそのまま繰り返す”以外にない。だからこそ『キメリア=カルリ』も『シンギュラ・ザッパ』も、街ぐるみの秘密……タブーなんだよ」


「街ぐるみのタブーか……」

 エコは胸に重たいものを感じた。何かが、引っかかる。

「あいつを探すなら止めはしない。でも、お前も死ぬかもしれないぜ。街のタブーに触れようとすれば、この街の連中はお前を殺そうとするだろう。タークを……『キメリア=カルリ』に洗脳された人間を助け出すってことは、極端に言えば街に対する反逆行為だからな」

 フィズンにそう言われて、エコは胸の内にずっと持っていた疑問を吐き出した。

「……フィズン、なんでだろう? なんで街の人たちは、わたしにこのことを話してくれなかったんだろう? こんな恐ろしいことが毎日のように起こっているのに、どうして街の人たちは『キメリア=カルリ』のことを隠したり無視するの? 人間の仲間がその度に死ぬのなら、なにか対策を打つべきじゃないの? みんなで考えれば、他にいい方法が見つかるかもしれないのに……。いくら『境界魔法陣』のためとはいえ、こんな……無差別に人が死んでしまうようなやり方じゃなくて、もっと別のいい方法があるはず。あの『外壁』みたいに、みんなで協力して作った建物を【依代】にすることもできるわけでしょう?」


 エコが率直に尋ねると、フィズンは驚きで目を見開いた。


「何を言ってるんだ? 逆だろ。『キメリア=カルリ』に寄生されたヤツは『シンギュラ・ザッパ』のところに勝手に行くんだし、自分に関係ない奴が死んでトレログの平和が保たれるならそれが一番じゃないか。しかも、誰かが選ぶわけじゃない。寄生される機会はこの街の水を飲んだ全員に平等に訪れる……つまり、ある意味では公平な方法ってことだよ。特に街の連中にとっちゃあ……お前たちみたいな事情を知らない旅人が死ぬなら大歓迎だろうさ」


 フィズンがこともなげに言うのを聞いて、エコは先ほどから感じていた恐怖の元凶に気が付いた。


 『キメリア=カルリ』の遡上、『シンギュラ・ザッパ』、そして『境界魔法陣』……。すべてが複雑に絡みあい、この街が成り立っている。

 いわばこの失踪事件は、トレログの街に埋め込まれた社会システムの一端なのだ。


 いわばタークは、トレログという怪物に呑み込まれた生贄のようなものだ。

“偶然”という神の手によって選ばれ、街に住む人間たちの暗黙の了解の下、ひっそりと消え去っていく生贄。誰一人手を汚さず、誰の心も痛めずに……。


 フィズンがさらに続ける。

「街の連中が誰一人としてお前に『キメリア=カルリ』のことを話さなかったのは、この話が広まると外部の人間がこの街に来なくなるからだろう。旅人や隊商が来なくなれば穀物のあまり育たないこの街はたちまち餓えてしまうし、自分に関わりのある人間が寄生虫の餌食になる可能性も高くなる……。とどのつまりは、みんな自分の保身しか考えちゃいない。まあ、世の中そんなもんさ」

 語り終えると、フィズンは肩をすくめた。エコは考え込んでしまう。


 一見優しく親切に見えた街の人々。だがエコがいくら困っていようと、誰もこんな話をしてくれなかった。

 表向きエコを憐れみ、心底同情するように振舞いながら……本心では、他人であるエコに何かしてくれる気などなかったのかもしれない。

 結果的に、彼らの態度は『タークが死ぬことでトレログの平和が保てるならそれでいい』と無言の内に語っているのに等しかった。


 しかし……エコだって、消えたのがタークでなければこんなに必死になって探そうとはしなかっただろう。

 誰もが自分の問題で精一杯なのだ。それに、こうした大きな共同体の中で暮らせば、他者には無関心になってしまうのが人間だ。

『関係のない人間などいない』――というのは建前で、間違いなく人と人とが思い合える距離には限界がある。


「――なんでタークが、タークがこの街のために死ななきゃいけないんだ!」

 エコが悔さのあまり叫ぶ。

 フィズンが仕方のない事のようにつぶやいた。

「完全ランダムに寄生されて、死ぬ奴は自分の脚で勝手に『シンギュラ・ザッパ』のエサになりに行く。しかも、自分自身の意志でだ。よくできた仕掛けだよ」


 そんな理屈では、エコは納得できない。

 エコは立ち上がった。

「タークの意志じゃない、『キメリア=カルリ』の意志だよ。わたし、タークを連れ戻しに行ってくる。どんな事情だって関係ない」

「だがな……行き先が分かるのか? 充分な情報をやったんだ。オレはこれ以上のことはしないぞ」

「分からない。でも、とにかく動かなきゃ見つからないよ。わたし、もう待つのはやめたの。フィズン、ありがとう。わたしに色んなことを教えてくれて」

 エコはフィズンに向きなおり、強く両手を握った。フィズンは一瞬驚いたが、すぐに肩の力を抜く。

「……」

「じゃあね。またね、フィズン」

 エコはフィズンに向かって軽く手を振ると、路地裏を出てまばゆい朝日の中に溶けていった。フィズンは胸中に複雑な感情を抱えたまま、エコの背中を見送る。


「オレは、オレはあいつを……」

 フィズンは右手で胸を抑える。


 自分を二度も殺そうとし、生家を壊した相手に当然のように礼を言える、エコの潔さ。フィズンはわが身を顧みて、恐ろしくなる。

 もし同じ目に遭わされたら、その対象に素直に礼など言える自分だろうか? ――考えるまでもなく無理だ。自分には決してそんなことはできない。


 フィズンはこれまで、勝者に踏みにじられて生きてきた。自分なりの小さな正義を通そうとしても、能力が全ての魔導士の世界では“勝者”にならなければ何も認められない。そして、フィズンはこれまで一度も勝利の栄光を手にしたことがなかった。

 その世界で落ちぶれたフィズンはやむなく、道を外れた魔導士が集う魔導士会『フスコプサロの会』に参加した。


 麻薬の生産や人身売買といった汚れ仕事を生業とする『フスコプサロの会』。幹部の一人『カナリヤ・ヴェーナ』の元で、フィズンは命じられるまま多くの人を殺し、悪事を重ねてきた。

 そしてそんな世界で生きるうち、いつしか自分自身の持っていた正義感や潔さは汚され、どこにあるのかも分からないほど薄れて消えかけている。


 エコが行ってしまったあともしばらく、フィズンは裏路地の暗い影の中に座り込んでいた。

「オレは……。クソッ!」

 フィズンは立ち上がると、踵を返してエコと反対の方向へと歩き出した。

 その胸に、かつて感じたこともないほど熱い決意を抱えて――。


 ――あいつを……あいつを超えたい!




――


 エコは井戸のほとりに座っていた。

 この街には、たくさんの共用井戸がある。豊富な水量を誇るトレログの地下水脈には土砂と岩盤によってろ過された清らかな水が流れており、河川のないトレログの市中においては、地下水をくみ上げる井戸だけが唯一利用できる水源だった。

 早朝、共用井戸の井戸端いどばたは水汲みに来る人々でことさら活気を増す。

 トレログの帯水層(地下水がある岩盤)は地中深くにあり、すり鉢状に掘り取られた大穴の底に更に深い竪穴を掘ることで、ようやくその中を水で満たすことができた。


 井戸水はありとあらゆる場面で利用される。飲み水としての利用の他、炊事、洗濯、掃除、公衆浴場への供給。この街に住んでいる以上、井戸水を口にしない日はない。

 それ以外の水が手に入らないでもなかったが、大きな労力をもって外部から運ばれた水は非常に高価で、市民にはとても買えるものではなかった。


 フィズンと別れ、数時間。歩き疲れたエコは井戸のはずれに座りこみ、何気なく様子をうかがっていた。

 ぼんやりと、井戸水のことを考えている。

(そういえば……ハルナ先生の家では、飲み水は外から買ってるって言ってた。それに、雨水をろ過する設備があった……。そう、それに、魔導士は飲み水に困らない。魔法で出せばいいんだから)

 エコが手のひらを見る。……つまりこの街では、魔導士だけが井戸水による寄生虫感染を完全に防げるのだ。

 一方で魔法の使えないタークのような人間は常に卵が混入している危険性のある井戸水を口にしなければならず、結果的に日に一人ずつ『キメリア・カルリ』の寄生を受けて死んでいく。

 それが、一見明るく平和なこの街が持つ、深い影の部分だった。


 エコは市中の井戸を片っ端から見て回った。しばらく飲食をしていなかったので、ハルナに貰ったお小遣いで食事を摂る。


 栗の粉、潰した豆、トマト、井戸に生息する小型貝類などを一緒に煮込んだ“カルディ・ピュウル”と呼ばれるとろみのついたスープを飲みながら、エコはふと(これにも『キメリア=カルリ』の卵が入っているかもしれない)と考えてしまった。

 スプーンを持ったまま、エコがじっとスープを見つめる。数回まばたきした後、エコはスプーンを咥えてスープを飲んだ。

「おいしい」

 ……水になにかが入っているとしても、それを避けては生きていけない。生活と水を切り離すことは不可能だ。ならば、ここに住む人たちにとって『キメリア=カルリ』の感染は恐ろしいことでも何でもないのかもしれない。生活の一部として、受け入れているのかもしれない。


 一日に一人が消えてしまうなら、一日に二人を産み育てればいい。たくさんいる人の中で、自分に関係のある人がいなくなることなど稀だ。

 それでも、魔物が歩く外の世界に比べれば、生きていける可能性はよっぽど高い……。

 ――きっと、ここの人たちはそう考えて納得しているのだろう。


 しかしエコとタークにとっては、その理屈は通らない。自分の命は一つなのだ。

 

 エコは井戸という井戸を回った。収穫は何もない。何も聞けないことは分かっていたが、エコは並行して聞き込みも続けていた。

『キメリア=カルリ』や「シンギュラ・ザッパ』については教えてくれなくても、タークのことは聞ける可能性があったからだ。しかし、それもなかった。話題がそちらに向くと、誰もが貝のように口をつぐんでしまう。



 日が暮れるまで歩き回ったエコは、街の北端にある大きな共用井戸に辿り着いた。

 脚が攣ってしまいそうなほどに痛い。脚をマッサージしながら何となく広場を見ていると、一人の男性がふらふらと歩いている姿が目についた。


 どこかぼうっとした雰囲気の男性が、危うげな足取りで共用井戸の方へゆっくりと近づいていく。

 エコはそこに、言いようのない不自然さを感じた。


(……みんな、あの人を意識してるのに、見ないふりしている……!)

 井戸の周辺には、暗くなる前に夜使う分の水を汲みに来る人が少なくない数いた。しかし明らかに様子のおかしいその男性に声をかけるどころか、誰も近づこうとしない。

 人々は顔を背け、あえてそちらを見ないようにしているようだった。遠くから見ているとそれがよく分かる。男性がふらふらと歩いていくと、人だまりは黙って道を開けた。


 ――間違いない。あれが、なんだ……。


 男性は共用井戸に降りると、底にある管理用とおぼしきトンネルに入っていった。

(あそこだ……!)

 エコは確信した。先程エコが別の井戸で似たようなトンネルの入り口を調べていたところ、周囲にいた市民たちに「危ないから入るな」と厳しく言われたのだ。

 その時エコを止めた女性は、入ると良くないものが憑く、という脅しのような話をしてエコの行動を強くたしなめた。その時から怪しいとは思っていたが……。


「この奥に、『キメリア=カルリ』の“故郷”があるんだ。絶対に間違いない……」


 エコは人目を避けて井戸を降り、深い闇の中へと歩を進めた。

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