第二章 石の街トレログ

第10話『石の街 トレログ』

 その後のエコとタークの旅路は順調そのものだった。

 街道筋へ抜けてすぐ大きな隊商と出会い、【トレログ】の領域近くまで同道できたのだ。

 

 隊商の人たちはエコが魔導士だと知ると、気前よく物資を分け、親切に接してくれた。

 商人はほとんど例外なく魔導士の家……『導家』の元に所属しているため、魔導士の印象を良くしておくことがどれほど重要かを本能的に知っている。だから、エコに気を遣うことは商人の習性だと言ってもいい。


「魔導士様」と呼ばれることにエコは戸惑っていたが、タークが『都合がいいから言わせておけ』と言ったので、されるままにしていた。それでも、だんだん話し慣れてくると彼らも「エコちゃん」と呼ぶようになっていった。

 そうして数日間隊商について歩くと、【石の街トレログ】の広大な領域の端に着いた。

 

「じゃあこの辺で。機会があればまたいずれ。元気でな、エコちゃん、ターク」

「じゃあね!」

 エコが仲良くなった商人たちと手を振って別れる。ほんの数日だったが、エコは彼らに可愛がられ、街の話を色々と教わっていた。別れは名残惜しい。


【石の街 トレログ】は人口8万を超える都市だ。だがほとんどの人は街の中心部で暮らしており、郊外は主食である栗の木やクルミ、高級品である畜肉を育てるための広大な農地になっている。

 郊外にもいくらかの人は住んでいるが、まばらで数は少なかった。

 


 人の多い中心街にたどり着くためには、さらに歩いて一日かかる。

 二人は街道沿いにある宿場で宿をとり、二日目の正午過ぎ、ようやく街の中心部に入ることが出来た。

 

「すっごい人の数!」

「賑やかだねえ」


 目の前に、すさまじい密度の彫刻が施された石づくりの壁がそびえていた。『外壁』と呼ばれるトレログ中心部への入り口だ。

 その一部に開かれた鉄扉を、絶え間なく人が通っていく。

 エコは見たこともないほど大勢の人が歩いているのを一人一人目で追い、その挙句に目を回してしまった。


「ターク、なんでこんなに人がいるの……?」

「それが都市ってものだからな。まずはどこかに腰を落ち着けるか」


 タークはエコを連れて、拠点となる宿を探すことにした。だがこれは思ったより大変だった。

 エコはなにか珍しいものを見つけるたび、どこかへ行ってしまうのだ。タークは、エコとはぐれないように必死だった。


「いたなぁ……今度は何を見つけたんだ?」

「あっ、ターク! みてほら、お魚が泳いでるの」

 エコは商店街の店先にある水槽を指さした。食用魚を飼っている生け簀だ。

「すげーな、生きてるよ……」

 タークも感心して見入る。ガラス窓の入った巨大な陶器の水槽の中を、黄色い模様が入った魚が元気に泳いでいた。

「見てホラ、下もお魚なんだよ」

「ええ?」

 タークが下に目を落とすと、足元の白黒の石畳が魚の模様になっていた。

「ねえ、似てない? これとこれ」

「ん? うーん、言われてみれば」


【トレログ】市内では区画ごとに模様が違う真四角のモザイクタイルが歩道を埋め尽くしている。それがそのまま、区画の名前を表してもいる。ここは『魚区』という場所だった。

 そこで、宿屋を併営している食堂を見つける。

 タークはここに拠点を置くことにした。食堂で食事を頼み、エコと並んで腰を下ろす。


「どっこいせ。ふー。エコ、これからの話だが……。師匠を探すにもあてがないから、情報収集しながら街の中見て回ろう。せっかくだから色々見たいだろ?」

「うん。すごい変なところだね。人はどっさりいるのに、他の生き物はあんまりいないね。植物もあまり生えてないし……」

 エコは注文した湯冷ましを口にしてそう言った。

「ああ、そうだな。エコは家一軒しか見たことないから、こんな風景は珍しいだろう。ここは人の住むための土地だからな。あんまり植物を生やしておくスペースがないんだ」

「ふうん。……あっちでご飯作ってるのかな。わたし、手伝わなくていい?」

 

 エコが厨房の方に首を出してタークに尋ねる。タークは首を振った。

「ああ、昨日食べた時と同じだよ。宿屋ではああやって、金を払った人に食事を作ってくれる。そういう商売だ」

「商売か~、なんか悪いな」

 エコはこれまで、モノを買う、売るという概念に触れてこなかった。タークが説明しても、いまいち腑に落ちていない。

 無理もない。エコは生まれてこのかた社会生活を営んだことがないのだ。

 食事をとり、部屋に荷物を置いてから、正午の街を散策する。


「これだけ人がいるのに、師匠がどこにも居ないね……」

 しきりに人の顔を見ていると思えば、エコがそんな事を言う。街に住む人の数がこれほど多いとは思っていなかったらしい。

「そりゃあな。この街だけで何万人暮らしているか。師匠がこの街にいるって保証もないし……人探しなら人の集まるところに行って、とにかく色んな人に聞いて回るしかないな。師匠の顔や、特徴……それと……あっ?」


 タークがハッとする。

「なに?」

「師匠って……なんていう名前だ?」


――――



 ――それから日が暮れるまで街のあちこちを見て回った二人だったが、師匠が見つかるわけはなかった。


 名前が分からない人を探す方法は限られる。名前が分からないとなれば、手掛かりは顔くらいしかない。

 しかし師匠の顔はエコしか知らない。まるで雲をつかむような話だ。

 エコとタークは意気消沈して宿に戻った。

 夕食を頼むと、だんだん席が込み合ってきた。

「お隣、失礼します」

 エコの隣に来たプラチナブロンドの髪をなめらかにカールさせた女性が、そう言って断る。

 エコが頷くと、女性はワンピースの柔らかな裾を自然な動作でさばきながら腰掛けた。

「こんばんは! わたし、エコ」

 エコが満面の笑顔で挨拶する。

「ふふ。こんばんは。私は、コトホギって言うの」

 予想外の返答に面食らいながらも、女性は微笑んで挨拶を返す。シルバーブラウンの柔らかそうなまつげが、ほんのまばたきも大きく見せる。

 エコは笑顔のままタークを指さし、タークを紹介した。

「こっちはターク!」

「こんばんは」

 エコに乗せられ、タークも挨拶した。

「初めまして。コトホギと申します」

 コトホギが丁寧に頭を下げる。


 やがて夕食が運ばれてきた。

 この辺りの主食である、茹でた栗をつぶし、つなぎに米粉や小麦粉を混ぜて焼いた『プレッタ』と呼ばれる薄焼きパン。

 豆と昆虫と芋をマッシュして油で和えたもの。

 トレログでよく食べられている、豚骨と脂と内臓の煮込み。これは『ごみ煮』と呼ばれている。畜産品の捨てる部分を集めて煮込んだ料理だからだ。

 それに、薄味の野菜スープがつく。


 トレログ料理の特徴は、原型をとどめないほど潰すか煮てあるところだ。その為、見た目から材料を把握するのは容易ではない。

 数種類のどろどろの料理を好きな割合で混ぜ、皿替わりでもある薄い『プレッタ』に塗りたくって食べるのが、トレログ流だ。

 薄味のスープは、味の濃い『ごみ煮』をお好みで薄めて食べるためにも使われる。


 エコとタークと相席のコトホギは食卓を共にしてすぐに打ち解けた。コトホギは美人なわりに気さくな女性だった。


「へえ、あなたたち今日この街に着いたの?」

「うん。……ねえ、わたしたち人を探してるんだけど、知らない?」

「人を? どんな方かしら?」

「『師匠』っていって、わたしに魔法を教えてくれた人なの」

 エコが即答する。タークが眉をしかめる。コトホギは少し驚いたふうに、口に手を当てた。

「師匠かあ……ごめんなさい、分からないわ。……エコちゃん、魔法が使えるってことは……あなた【魔導士】なの?」

「うん」

 タークは内心、まずい、と思う。エコに口止めしておくのを忘れていた。


 エコが魔法を使えるのは事実だが、【魔導士】の身分かと問われると違う。

【魔導士】とは、各街にある【魔導学院】を卒業し、『マナ板』と呼ばれる卒業証書を貰った人のことを指すのだ。

 しかし本来、魔法は各都市にある【魔導学院】でみっちり十年以上修行しないと使えるようにならないため、『魔法が使える=魔導学院を卒業した魔導士』という図式が成り立つ。エコのような存在はまれだった。


「そうか……。あ、ちゃんと自己紹介をしてませんでしたね。私はコトホギ・シュターン。薬師をしている魔導士なの」

「コトホギも魔導士なの? 薬師って、薬を作る人?」

 コトホギはこっくりとうなずいた。つややかなプラチナブロンドの髪が、頭の動きと共にゆるやかに波打つ。

「ええ。……魔法はあまり得意じゃないんだけど、医術と、薬の研究と精製が専門なの。あなたのお師匠さまも……探している方も魔導士なのよね? 私、この街の魔導士なら知ってると思うわ。その方のお名前は?」

「……いや~、それが……」

 タークが頭を掻く。

「師匠は師匠だよ。名前なんてないんじゃない?」

 エコがあっけらかんと言う。


「いやそんな馬鹿な。師匠だって、名前も苗字もあるだろ」

「名前なんて教えてくれなかったよ。師匠は師匠だもん、そう呼べって」

「師匠ってのはな、ものを教えてくれる人に対して使う呼び名だぞ。そんなこと言ったら、俺にだって師匠がいるよ。椅子づくりの師匠、狩りの師匠……」

「えっ、タークにも師匠がいるの!?」

 エコが驚いて叫んだ。そのやり取りをみて、コトホギは微笑をこぼした。

「ふふふ、エコちゃん、私にもお師匠さまがいるのよ。この街に住んでいるから、会ってみない? いろんな魔導士に詳しいから、もしかしたらその方の行方が分かるかもしれないよ。明日、お時間ある?」


「本当!? ターク、明日って時間ある?」

 エコが、質問内容をタークに受け流す。

「あるよ」

 タークが即答した。もともと予定などない。

「じゃあ、明日一緒に行きましょう。こういうところで会ったのも何かのご縁だわ」

 その言葉の意味はエコには伝わらなかったが、タークにはよく分かる。

「本当に。まさかこんな下町の店で【魔導士】が居合わせるとは……」

 特権階級である魔導士がこんなくたびれた食堂で出会うことがあると、タークは夢にも思わなかった。

 タークにとって魔導士と市民とは、隔絶した存在だというイメージがあるからだ。

「……やっぱり珍しいですよね。私はこのこってりした『ごみ煮』の味が癖になっちゃって……。うちの料理人に頼んだら『そんなものは作れません』って断られちゃって。ときどき食べに来るんです」

 コトホギが自嘲気味に言った。



 その翌日。約束した通りの時間に、コトホギがエコたちの部屋を訪ねてきた。


「おはようございまーす」

 コトホギがドアをノックすると、どうぞ、とタークの声。ドアが開かれる。


「おはようございます、タークさん。……あれっ、エコちゃんは?」

「すみませんが、エコがひとりで散歩に出たきり帰ってこないんです。いや、そろそろ帰ってくると思うのですが。まあ座ってください」

 そうは言ったものの、実はエコはまだ『時間』という概念をよく理解していない。エコの暮らしていた環境では、都市と違って時計に従って動く習慣はないからだ。


「じゃあ待ちますわ。ところで、タークさん……」

 タークがすすめた椅子に腰掛け、コトホギが少し神妙な面持ちになる。

「なんです?」

「あの、エコちゃんって子。――少し変わってますね。たしか、妹さんとおっしゃってました?」

「ええ、まあ。腹違いの妹です」

 タークは、とりあえずそう答えることにしている。コトホギに他意はなさそうだったが、面倒臭いことはごめんだった。

 エコの出自や成り立ちは、タークにすら常識外れだと思う。他人に気楽に打ち明けられるような話ではない。


「……差し出がましいかもしれませんけど」

 コトホギは膝に手を置いて、タークをまっすぐ見つめた。肩にかけたふんわりとしたケープが、窓から吹き抜ける風ではためいた。

「エコちゃんには」

 タークは身構え、瞬間的に『なにか怪しまれるようなことがあったか?』と自問する。

 だがコトホギの口から繰り出された言葉は、そんなタークの予想をあっさりと裏切った。


「行動に礼節が欠けていますわ。ええ、それも著しく!」

「は、はあ……」

 タークの口から、ため息と返事の混血児のようなものが漏れた。コトホギは長いまつげを伏せ、ぐっ、と身を乗り出してくる。


「エコちゃんは【魔導士】でしょう? それがですね、昨日のお食事の仕方、立ち居振る舞いを見るに、まるでなっていません。小さな仕草や抑揚も、あの年になれば当然身についているはずのものが。……お兄様のお立場からは、どうお考えなのでしょう?」

「はあ」

 タークが気の抜けた言葉を返すと、コトホギは顔を赤くして口早に喋った。

「タークさん、まじめに聞いてらっしゃいます? いいですか、魔導士の子女は、スプーンを握りこぶしで使ったり、手拭き用のナプキンで直接口をぬぐったり、……お化粧直しをする時に周りに聞こえるような声で叫んではいけません。魔導士の格調を保つため、市井での軽率な行動は控える必要があります。――もちろん、家々のご方針があると了解はしているつもりです。でもそれも、ある一定の節度を逸脱しない限りにおいて許されるものだと思うんです! ……私、昨日のエコちゃんのお行儀のことを考えていたら、夜が更けるまで眠れませんでした。エコちゃんの師匠という方にもまったく、呆れてしまいます。魔法だけを教えればいいというものではありません」


「ぶっ、……」

 タークが噴き出す。

「ははははは!」

 そして笑い出した。あまりにもおかしかったのだ。確かにエコは静かに食事をしないし、手拭きナプキンは初めて使っただろうし、トイレに行くときは周りにお構いなく伝えてから行く。

 だが、そんな程度のことをこうまで大げさに語る人間がいるとは思わなかった。

「いやあ、コトホギさん。面白い話でした」

 ひとしきり笑った後、タークは険しい表情のコトホギに対して、悪びれず言った。

「私、冗談を申したつもりはありません。心外ですほんとに。これではエコちゃんの師匠という人物も、品位を疑わざるを得ません」

「礼儀……がそんなに大事ですか? 確かにエコの礼儀がなっていないのは認めますが」

 タークの人を馬鹿にしたような態度が気に障ったのか、コトホギはさらに身を乗り出し、顔を真っ赤にしてまくし立てる。

「大事ですとも! いいですかタークさん。【魔導士】には魔法を扱うための『魔力』はもちろん、それをコントロールする『導力』も重要なのです。魔法という強力な力は、正しい『導力』によって導かれなくては自らを滅ぼしかねません!【魔を使わず魔に憑かれた魔導士は自らを魔となす】という戒めの言葉を知りませんか?」


 ここまで語ってようやく自分が熱くなりすぎたことに気づいたのか、コトホギはぱっと顔をふせて椅子に体重を戻した。


「ご、ごめんなさい。言いすぎました」

「いや……」

 コトホギの話を聞いてタークは少し考える。

「しかしまあ……俺はそういうことに無頓着で、今まで気にしたこともなかった。これからのエコには必要な能力なのかもしれない……」

 タークは遠い目をして言った。

 今のコトホギの話がタークに理解できたかというと、そんなことはない。

 しかし、それが魔導士社会の常識だと言うなら、きっとタークの持つ価値観こそエコにとって必要ないものなのだろう。

 危険の伴う旅などしなくても、エコには魔導士の社会で生きていく道だってあるはずなのだ。それに、その方が魔導士であるエコの師匠にも再会しやすいかもしれない……。


 タークは考えを改めた。師匠とエコが再会することが第一だとすれば、タークの私情などなんの役に立つだろうか。


「そうですか。それでは、以上を踏まえてのご提案なのですが……しばらくの間、エコちゃんを私のお師匠さまに預けてくださいませんか? もちろん、魔導士としてのマナーを教えるためにです」

「はっ?」


 またも意外な言葉。タークは即答できない。


「ただいまー!」


 そこにエコが帰ってきた。

「おかえり」

「おかえりなさい」

 コトホギとタークが、同時に振り返って答えた。

「仲いいね! 二人の息がぴったりだったよ」

「今、仲良くなったところなんですよ」

 エコの含みのない言葉に、コトホギがにこっと笑って答えた。


――――


 その正午。


 エコの前に積まれた大量の本の山の上に、更に大量の本が載せられた。

 エコはあっけにとられたように前を見つめる。


 本の向こうに立っている、透き通った桜色の髪を持つ女性がエコに目を向けた。

「さあエコちゃん。この私……テンクラ・ハルナが、あなたをあっという間に一流の魔導士に仕上げて差し上げます」


 すらっとした長身に滑らかな輪郭、雪解け水のように澄みきった水色の瞳をした美しい女性。

 テンクラ・ハルナと名乗った女性は、透き通るような美声で続ける。

「まずはこれらの本を使い、知識を習得しましょう。さっきあなたにやってもらった問題の結果からして、『高等魔導学』もいるかしらね」

「知識を習得……?」

 エコはぽかんとオウム返しする。


「そう。はっきり申しましょう。あなたの問題は山積み。この高く積み上がった教本が、それを物語っていますね。でもご安心なさい、私が一週間で基礎を、二週間で応用を、一か月で全てを叩き込んであげるから……。っふふ、ふふ! ふふふふ!!」

 女性の目がぎらりと光る。それはまるで、獲物を見る野獣のような目だった。エコはちょっとたじろいだ。その後ろで、ハルナにエコを紹介した張本人……コトホギがにこにこと笑っている。


 コトホギが言っていた『エコに礼儀を教える』という提案は、タークが想像したような内容とは少し異なっていた。

 コトホギの言う【マナー】とは、【魔導士】としての『基礎教養』そのもののことだったのだ。


 魔導士養成課程【魔導学院】の定める『標準魔導士過程』は十五年間――。

 その学習範囲は、魔法やマナについての学識と実技の習得に加えて、食事のマナーや言動のマナーといった社会常識にまで及ぶ。


 コトホギの師匠『テンクラ・ハルナ』は、トレログ王立魔導学院で教鞭をとっている高位の魔導士だった。

 ハルナはその凛とした外見と鋭い眼差しだけ見れば、冷酷な印象を与えかねないほど美しい女性だ。

 しかしエコを試験し幾つかの魔法を試させる過程で、だんだん目の色が変わりだした。


 エコの魔導士としての能力は極めていびつだ。

 魔法はとても強力で、精度も高い。魔法の熟練に関してはハルナも舌を巻くほどだ。

 しかしその一方で、情操面においての能力は悲惨なものだった。あまりに激しい二能力間の落差が、ハルナのなにかに火を点けた。


 無教養な少女を、教養ある【魔導士】に変える……それは無造作に伸びた庭木を、完璧に剪定するのに似た快感だろう。

 それを味わえるかもしれないと思うと、ハルナの胸はえもいわれぬ喜びにふるえた。ハルナの声に熱がこもる。


「さあああ、エコちゃん! さっそく行きますよ! まずはこれっ! 魔導士の必携書『マナ読本』の内容から話を始めましょう――しっかりついていらっしゃい!!」


 ――コトホギの師匠、テンクラ・ハルナという人は、教育指導をなによりの生きがいとする、ものすごく奇特な人間……。

 一言で言えば『変な人』だった。冷たい印象を持った瞳が、いつの間にか真夏の太陽のようにギラギラと輝いてエコに向けられていた。

「エコちゃん、がんばってね~。じゃあハルナ先生、私はこれで失礼いたします」

 ハルナを紹介してくれたコトホギが頭を下げ、部屋を出て行った。


 師匠の心当たりがないかどうかを聞きに来たはずが、いつの間にかエコはコトホギの師匠……テンクラ・ハルナの個人指導を受けることになっていたのだった。

 エコは自分の知らないところで話が次々進んでいくのに戸惑いを覚えたが、コトホギもハルナもみんないい人っぽかったので、流されてみることにした。

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