6 宿屋で出会った者、夜に出会うもの


 三日後の武術大会までこの都市に留まるため、私は宿屋を選んだ。


 町中を回り、いくつかの宿を吟味した結果、大広場のすぐ近くにある一軒の宿に決めた。


『大広場のすぐ側亭』という名前だ。


「……そのまんまなネーミングだな」


 などと感想を抱きつつ、私は宿泊の受付に向かう。

 と、そこで金髪ツインテールの美しい少女と出くわした。


「ん、君は――」


 アリスだ。


 向こうも驚いたように、


「あ、さっきの! えっと……ガーラだっけ」

「うむ」

「もしかして、あんたもこの宿屋?」

「ああ。武術大会は三日後だそうだから、それまで世話になるつもりだ」


 言って、はたと気づいた。


「君もこの宿に泊まるのか?」

「そうよ。一年前の大会でもここに泊まったの」


 と、アリス。


「一年前……君はベスト4だったそうだな」

「ええ、準決勝で前回の優勝者と当たっちゃって……完敗だったな」

「ほう、そんな猛者が」

「でも、私だってこの一年間の修行でパワーアップしたからね。今度は勝つ!」

「燃えているな。うむ、若者はそうでなくては」

「ハア? あんたの方が若いでしょうが」

「えっ」

「えっ」

「ああ、十歳だったな。つい忘れてしまうのだ。すまんすまん」

「? なんで自分の年齢を忘れるのよ……」


 アリスはため息をついた。




 その日の夜、私は宿の中庭の隅を借り、鍛錬をしていた。


「ふうっ」


 私は虚空に向かって拳を放ち、息をついた。


 五千回の正拳突きを終えたのだ。


 全盛期には一日五万回の正拳突きをしていたが、この体で同じことをやったら、おそらく腕が壊れるだろう。


 なので、まずは一日五千回を日課として定めた。

 ここから体の成長具合などを見ながら、徐々に回数を増やしていくつもりだ。


「しかし……五千だとさすがに物足りないな」


 あと一万回くらい増やすか……などと思案していた、そのときだった。


「――ん、あれは?」


 夜空に溶け込むような黒い影。

 翼を備えたシルエットだった。


「だが、鳥ではないな……」


 もっと大型だし、しかも手足がある。


「――まさか」


 私はハッとなった。


 数十年前にこの世界に襲来した『黒の魔王』。

 第二次魔王大戦と呼ばれる激しい戦いの後、魔族の襲来はしばらく途絶えていた。


 といっても、散発的な魔族の襲来はある。


「魔族……か」

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