『本気』

 一万メートル持久走は、約一時間ほどで終了した。

 結局、サクシードはダンを追い抜かすことはできなかった。

 しかし――

「おまえ、サクシードとか言ったな」

 ダンが挑むようにサクシードを睨んだ。

 怯むことなく、サクシードは「はい」と言った。

「フン、これからも手を抜くな」

 捨て台詞を吐いて、遠ざかっていった。

「よくやった。これから何でも出し惜しみするなよ」

 ガルーダはこう労った。

 他にも代わる代わる先輩たちがやってきて、サクシードに声をかけた。

「やるじゃねぇの。ダンに追いつくなんざ、俺らじゃ考えられねぇぜ」

「すげぇよ、興奮した。もう少しだったな」

「やっぱ、若さかねぇ」

「そういうやつから年取るんだよ」

「やだやだ」

「いるんだよな、どんぐりの背くらべ状態の中でも、抜きんでるやつが」

「そういや、前に見学に来てたよな。そんでジャンティを技でぶっ倒しただろ。只者じゃねぇよ」

 明るく気の好い先輩たちはそう言って、サクシードを認めた。

 だが、中には早速やっかむ者もいたのである。

「なんだ、あいつ。初日から見せつけやがって、気分わりぃな」

「鳴り物入りか。気に入らねぇぜ」

「ああいうやつは一度締めとくべきだぜ。な、ゲルツ」

 群れ仲間から言われて、ゲルツ・アシェーダは不敵な笑みを浮かべた。

「まぁ、様子を見ようぜ。ちょっとでもおかしなことをしたら、黙っちゃいねぇよ」

 そんなこととは露知らず、サクシードはトラックの中でぶっ倒れているジャンティに駆け寄った。

 ジャンティはせっかくの整った顔を真っ赤にして伸びていた。

「ジャンティさん?」

 サクシードが上から顔を覗き込む。

「よう……! ちょっと俺にはハイペース過ぎたぜ。世の中が回って見える」

「大丈夫ですか」

「なんとかな……おまえは大したやつだな。身に染みてわかってたけど」

 起き上がるジャンティーに手を貸す。

「あーちょっと待ってくれ、気持ち悪い……」

 ゲホッと戻しかけたが、吐きはしなかった。

「無理しないで休んだ方がいいですよ。今、教官に……」

 サクシードが離れかけると、ジャンティはその胸倉をぐっと掴んだ。

 鬼気迫る顔で言い放つ。

「こいつは訓練だ、遊びじゃないんだぜ」

「……!」

 いつもとは違う様子に、驚くサクシード。だがそれも一瞬だけだった。

「なんてな。ガルーダさんの受け売り。俺もこんなペースで走れると思わなくてさ。かっこわりぃ真似はしたくねぇんだよ」

「……」

 すると、その様子を見ていた能天気な訓練生が言った。

「おい、あの二人、デキてるっぽくね?」

「げーっ、やめろよ」

「あり得る、禁断の薔薇の園」

「両方とも顔立ちが整ってるのが、何とも……」

 悪ノリする先輩たち。

「ハハハ、妙な誤解されるぞ、離れとけ」

 ジャンティが力なく言った。

 そんな相手を放っておくサクシードではない。

「根も葉もないことですよ」

 言って肩を貸す。

「バカ言ってんじゃねぇぞ!」

 バカなことを言っていた訓練生たちは、ガルーダによって一人残らず、頭に拳骨をくらった。

「誰か、手ぇ貸してやれ」

「押忍!」

 訓練生が一人走って行って、ジャンティに肩を貸し、サクシードと二人で医務室に運んだ。

 数人に、散らばった紙コップを片付けさせていた、ナムジン教官は、訓練生の一人にジャンティの状態を報告された。

 午前の訓練はこれで終了だった。

 あとは昼食を摂るため、全員、外の食堂に向かった。

 

 


 

 

 

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