『一万メートル持久走』

「レディー、ゴー」

 教官の合図で一斉に走り出す。

 抑え気味に走るところだが、一人飛び抜けて速い者がいる。

 サクシードが呆気に取られていると、ジャンティが言った。

「あいつはダン・エルムナート。とにかく”足”に関しちゃ、あいつの右に出る者はいない。元長距離ランナーで、記録保持者だ。けど、なんでPOAにスカウトされたのか、よくわからんやつでな」

「犯人逮捕に足が速いことは重要ですよ」

「そうなんだが……他がさっぱりなんだよな。気性も荒いし、抑えられるのはガルーダさんくらいさ」

「ガルーダさんというのは……」

「ほら、ロッカーで話したろ、あの人だよ。俺たちのリーダーさ。ガルーダ・バルモア、いい人だぜ」

「そうですか」

 いつの間にか、しんがりから真ん中のグループに入って、二人は走っている。

 サクシードは走るのが苦にならない方だ。どうやらジャンティもそうらしかった。並走していてもペースが乱れない。

 二~三周は全員距離を保っていたが、五~六周あたりから集団がばらけ始めた。十周回る頃には、トラック全域に走者が散り、誰が周回遅れかもわからなくなった。

 教官がコース外で飲料水を準備する。

 何人かが近づいて、紙コップを手に取り、水を補給した。

 サクシードたちは、トップのダンに抜かれることなく走り続け、ダンのすぐ後ろのトップ集団に迫ってきた。

 その集団の中にいたガルーダが気づいて、二人に声をかける。

「おう、新入り、やるじゃねぇか。走り込んでるな。ジャンティ、てめぇ、やればできるじゃねぇか。隠してやがったな、この野郎!」

「いやぁ……はっはっは」

 ジャンティがごまかし笑いで濁す。

「ったく、手ぇ抜かねぇで走りやがれ。新入り、おめぇも遠慮すんな。こいつは訓練だ。競争云々より、実力に磨きかけんのが目的だ。常に全力で行け!」

 ガルーダがサクシードに発破をかける。

「はいっ」

 勢いよく返事すると、並走するジャンティをチラッと見る。

 気づいたジャンティは片手を上げた。

「気にすんな、思いっきり行け」

「では……!」

 サクシードのフォームが大胆なものになり、トップ集団を追い抜かしていった。

「ヒュ~」

 ジャンティが口笛を吹く。

「ところで、てめぇは今、目一杯なんだろうな?」

 ガルーダが念を押す。

「限界越えペースで走ってます」

「新入りに付き合ってたのか、なかなかの根性だ。へばるなよ、俺についてこい」

「はい」

 大量の汗を拭って、ジャンティはペースを落とさず走った。

 一方、二番手に躍り出たサクシードは、一番手のダンを射程距離内に捉えていた。

 吹き出す汗も拭わず快走する。

 気持ちがいい。

 訓練に備えてマラソンしていたおかげで、まったく乱れない。

 今のサクシードの前には、何の障害も存在しなかった。


 

  

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