『重なる豊穣の十月』
「ところで、家族で言っておかなくてはいけないんだけど。私……今、妊娠してます」
「えっ、本当ですか」
「本当よ。豊穣の十月に出産予定なの」
「おめでとうございます」
「ありがとう……それで、お願いがあるんだけど、サクシードには内緒にしてほしいの」
「えっ、どうしてですか?」
「弟をびっくりさせたいの。だって、子どもを産みたいって言ったら、無理するなって言うのよ。それで、夫と仲良くしろってこうなの。自分のことを棚に上げて、心配ばっかりしてるから、心配いらないって証拠を見せたいわけ。どうかしら」
レンナはクスッと笑って了解した。
「わかりました、サクシードさんには言いません」
「よろしくね。ああ、今日はお話しできて、本当に楽しかったわ。よかったら、これからも話し相手になってくださると嬉しいんだけど……」
「はい、喜んで」
「じゃあ、また電話します。今日はどうもありがとう」
「ありがとうございました。失礼します」
レンナは受話器を置いて、深い溜め息をついた。
動揺しすぎて、気持ちが定まらない。
きちんとしたい、とは思っていたが、それ以上の約束をしてしまった。
どうして気持ちがこんなに揺らぐのだろう。
「レンナさん……?」
ずっと様子を見ていたフローラが気遣って声をかける。
「あ、ごめん、何でもないの」
戻ってきて、ソファーに座るレンナ。
「サクシードのお姉さんの、アニス・フェオークさんからだったよ。POAに入るサクシードを心配して、いろいろ質問されたの」
「そうでしたの」
でも、フローラは察しがついている。
困ってるレンナを見ればわかることだ。
「それでね、アニスさん、今妊娠してるんだって。豊穣の十月には出産予定らしいよ」
「まぁ、素晴らしいわ」
「うん、でもね、サクシードには内緒にしてほしいんだって。びっくりさせたいって言ってた」
「面白いお姉さんね」
「とっても儚げで優しそうな人だったよ。弟思いで、旦那さん思いで、愛情に溢れた人」
「ええ、わかるわ」
「フローラ……」
レンナは涙が込み上げてきて、フローラに気持ちを訴えた。
フローラはレンナの腕にそっと触れて涙を促した。
「レンナさん……お姉さんにサクシードの特別な人になってほしいって頼まれたのね」
わかってくれた。レンナが打ち明けるにはそれで十分だった。
「あんなに一生懸命なのに……立ち塞がるなんて、できないよ……」
涙が頬を伝って落ちた。
「そうね……サクシードも、今はそういうことを考えている場合じゃないでしょう」
言いながら、フローラはハンカチを手渡した。
「かけがえのない存在って、恋人だけじゃないよね。私は家族として応援しようと思ってた。それじゃいけないの?」
「きっとお姉さんは、サクシードのために、打てる手を打っておきたくて、焦ってらしたんだと思うわ。それに、レンナさんを見た瞬間に、サクシードがかけがえのない存在と思うだろうってわかったのよ。女性特有の勘を働かせたの。責めないであげて」
ハンカチで涙を拭いて、レンナは頭をぶるっと振った。
「覚悟が足りなかったかな……泣くなんてどうかしてるよね」
フローラは優しく微笑んだ。
「レンナさんはちっとも悪くないわ。サクシードのためを思って、泣いたり焦ったりすることは、これからどう向き合うか決めることでしょう。それは大切な人と出会ったら誰だってそうなの。大事なことはレンナさんが決めていいのよ。そうしましょう?」
「ありがとう……元気出てきたよ」
深呼吸するレンナを見て、フローラはしばらく優しく見守ることにした。
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