『ラファルガー』

 特に用意するものがあるわけでなく、他の雑用も決まっていないサクシードは、出かける時間まですることがなかった。

 新聞でも読んで、最低でも世界情勢は知っておいた方がいいだろうと、リビングに荷物を持ってやってきた。

 ところが、新聞がラックにかかっておらず、レンナに聞くと、ラファルガーが部屋に持っていったという。

 仕方なく受け取りに、ラファルガーの部屋に行くことにした。

 ラファルガーの部屋は、階段脇の廊下を通って、直角に曲がり、二部屋続く客間のその奥にある。

 二階のように、東側はガラス窓になっていて、明るい日差しが差し込んでいた。

 庭を眺めながら、部屋の前に立つと、ドアを二度ノックする。

「……はい」

 中から感情を押し殺した声がした。

「サクシードだ。新聞を読みたいんだが、読み終わったか?」

 すると、ややあってドアがキイッと開いた。

「入ってくれ」

「?」

 言われるままに、ラファルガーの部屋に入ると、南側の壁と窓が一面ジャングルだった。

 サクシードの部屋より広くて、窓も東と南にある。

 西側の壁はすべて本棚になっているのが圧巻だ。

「そこに座ってくれ」

 部屋番号ほぼ中央に丸テーブルと一人掛け用のソファーが二脚、向かい合っている。

 奥のソファーに座るサクシード。

 大きな水槽が一つ、南窓の前にあって、熱帯魚らしきものが飼われている。

 北側を見れば、ガラス戸棚と机があり、戸棚の中にはフラスコやシリンダーなどの実験器具が。

 そう言えば、ラファルガーは生物研究所の研究員だったな、と思い出した。

 ラファルガーが机の上に置いていた新聞を、サクシードに差し出した。

「どうも」

「ここで読んでくれ。リビングはこれからフローラが掃除するから、都合が悪い」

「わかった」

 そう言ってサクシードは新聞を読み始めた。

 今日の一面は、パラティヌスの今年度予算の内訳だった。

 他に、アウェンティヌスの要人が来訪する記事と、パラティヌスの花農園で育てられた蘭の花の写真が載っていた。

 二面はパラティヌスの政府関連の記事。三面は外交。四面は経済とめくっていくが、サクシードは言いようのない居心地の悪さを感じていた。

 ラファルガーはと言えば、机で何か書き物をしている。

 諦めて、もう一度新聞を読もうとすると

「集中できないのか」

 背を向けたまま言われて、ギクッとする。

「部屋で読んでもいいんだぞ」

「……」

 素っ気ないやつだな……と、サクシードが立ち上がりかけると、ラファルガーが言った。

「サクシードは園芸に興味はないのか?」

「園芸……? いや、単純に故郷で野菜を育てていたくらいだな」

「そうか……」

 そこで言葉が途切れる。

 部屋に戻ると言おうとすると、先に遮られた。

「植物に声をかけるとよく育つ、というのを知っているようだな」

「? ——ああ、この間見てたのか」

 下宿に来て二日目の朝、バラの木を掴んで生命エネルギーを送ったところを、目敏く見ていたらしい。

「植物はいい。猛り立ったエネルギーも和らげてくれる。これからいろいろあると思うが、そういう時は植物と会話するといいぞ。……レンナの力量を疑うわけではないが、ファイアートのような輩を相手にするには、セルフコントロールが必要だからな」

「説得力があるな」

 苦笑する二人。これで場が一気にほぐれた。  



 

 

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