『サクシードの失態』
「おはよう」
キッチンにサクシードが現れた。
ガス台で野菜スープを煮ていたレンナは、くるっと振り返って笑顔で挨拶した。
「おはよう、サクシード!」
近づいてくるサクシードの顔を見て、レンナは、ハッとした。
とても希望に満ちた、清々しい顔つき。POAに賭ける心意気が感じ取れた。
まるで母親のような寛容な気持ちになって、優しく笑いかける。
「とてもいい顔をしているわ。今日の準備は万全ね」
サクシードはそう言われて、顎に手をやった。
「顔に出てるか? だが、隠しようがないからな」
クスッと笑って、レンナがお玉をひと混ぜした。
「今日が新たなスタートだもの。無理ないか」
その言い方が、年の離れた姉に似ているような気がして、サクシードは懐かしく思った。と、同時に、しまったと思った。
「どうしたの?」
レンナが聞くので、サクシードはチラッと彼女を見て打ち明けた。
「いや……姉貴に知らせるのを忘れていた」
「あっ」
レンナも出会った初日に聞いていたのに、すっかり取り紛れていた失態に気づいた。
「慌ただしかったからな。POAに入ることしか言ってない」
「連絡取れなくて、お姉さん心配してるわね……」
「そうだな……」
と言ってもどうしたものか。今日は時間が取れない。
「オービット・アクシス(通信機器)で入力できる?」
レンナが助け舟を出す。
「ああ」
「メールをタイピングしてくれれば、午前中にでも送ってあげる。こっちに来て」
サクシードを伴ってリビングに来たレンナは、サイドボードの上にある、透明な半球状の通信機器をテーブルに移動する。
キーボードを持ってきて、電源を入れると、半球の中に青い長方形のディスプレイが映し出された。
レンナが半球に触れながら操作すると、ディスプレイが切り替わって、メールマークが表示される。
あとはキーボードで文書を打ち込むだけだ。
「はい、あとは大丈夫?」
「ああ」
「じゃあ頑張って。今日が特別な日なんだって知らせてあげて。あ、ここの住所は、
レピア湖畔区バッソール町湖岸通り17-3よ。覚えきれないか、メモに書くわね」
至れり尽くせりだった。
姉が二人いるようだ、とサクシードは思った。
姉貴へ
連絡が遅れて悪い。
POAに入ることが決まって、パラティヌスに再訓練のために住むことになったのは、言ったとおりだ。
推薦人のジュリアス親善大使の計らいで、今は下宿にいる。
住所は、レピア湖畔区バッソール町湖岸通り17-3、下宿『シンパティーア』だ。
POAのことは、今日が初日だから詳しいことは言えないが、下宿の仲間は気の好いやつらだから、何の心配もいらない。
姉貴は季節の変わり目で、体調崩してないか?
子ども産みたいとか言ってたけど、無理するなよ。
義兄さんと仲良くな。
とりあえず、今日はこの辺で。
2980.3.26
サクシードより
サクシードはキーボードで手紙を打ち終えて、文章を再確認しながら、最後の方を見て「俺は親か」と額に手をやった。
とそこへ、フローラがやってきた。
「おはようございます」
「おはよう」
挨拶を返すサクシード。
フローラは、オービット・アクシスを前に、疲れているようなサクシードを見て、気遣った。
「あまりオービット・アクシスを使ったことがないんですの?」
「え? あ、いや……文章はもう打ち終わってる。ただ保護者みたいだと思って」
「どなたに送るんですの?」
「姉貴なんだ」
「まぁ……!」
クスクスとフローラは笑って、一言置いた。
「お互いを思う気持ちから出た言葉なら、そうなると思います。気にしなくても大丈夫ですわ」
——姉貴が三人になった。
オービット・アクシスを元の位置に戻して、サクシードもフローラに続いてキッチンに入った。
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