『訓練初日の朝』
新聞配達人がシンパティーアのポストに新聞を入れ、駆け足で去っていった。
その時には、玄関左脇の部屋は、もう明かりが点いている。
蒲公英色のアンサンブルに、ミニのプリーツスカートに着替えたレンナは、服の春らしいパステルカラーに華やかな気持ちになる。
母親が贈ってくれた、凝った意匠のドレッサーの前に座り、ブラシで髪を梳かす。
それから、二日目の朝、寝起き顔をサクシードに見られた教訓から、洗面器に水を張って持ってきていた。タオルを浸し、絞って整え、顔を拭く。
返す返すも、あの時は恥ずかしかった。サクシードのあの妙なものを見るような目が忘れられない。
たぶん、気にしてなどいないだろうが、年の近い男女同士が住むのだから、どこかに緊張感があった方がいい。
あとでこっそりフローラに聞いてみると、彼女も毎夜、洗面器を用意しているそうで、さすがに隙がない。
「これでよし」
鏡に向かって念を押して、椅子から立ち上がる。
部屋のドアを静かに開いて、階段上をじっと見つめる。
今日は誰も来ない。
小さくガッツポーズをして、出ようとすると……
「おはよう」
「!」
反対側の玄関から、ラファルガーが現れた。
「お、おはよう……ラファルガー。早いね」
「夜中に目が覚めたら、眠れなくなった。新聞、部屋にもっていくぞ」
「どうぞ……」
スタスタと、一階奥の自分の部屋へ歩いていく、ラファルガー。
見送ったレンナは「危なかった……」と呟きながら、洗面所に向かった。
同じ頃、フローラに起きる時間をずらすように諭されたサクシードは、着替え終わって、平机の椅子に座り書き物をしていた。
筆まめだった祖父の影響で、自立してからというもの書き続けた走り書きが、ノート三冊分あった。
捨てるに捨てられず、ボクサーバッグの底に重ねて持ってきたが、どうやら安住の地が定まったようだ。
いよいよ、POAの訓練初日ということで、サクシードは気持ちを昂らせていた。
その心情を四節の文に託す。
アルペンディー大山脈に誓っていたことを思い出す。
「この山のように、強く雄々しくありたい」
遠くパラティヌスで、その思いを貫く。
今日がその日だ。
沸々と燃える思いを双眸に宿して、サクシードはノートを閉じた。
時間は五時三十五分。
そろそろいいだろう。
椅子から立ち上がると、電気を消し部屋を出た。
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