『腹割って』
食後のお茶を二時間くらいかけて楽しむと、時計は九時を回っていた。
いつもは十一時頃までリビングでたむろする面々も、サクシードに合わせて、早めに切り上げることになった。
サクシードと、この時はファイアートが一緒に風呂に入ることに。
「風呂、風呂ーっと!」
ファイアートがウキウキと脱衣所の戸を閉める。
ちゃっちゃか服を脱いで、浴室に入ってシャワーを浴びる。
そのうち、サクシードが入ってきて、反対側のシャワーを使う。
「おお、やっぱりいい身体してる。男の肉体美でグラビア飾れるよ」
ファイアートがじっくり眺めて言った。
「まさか、バイじゃないだろうな?」
「あれ、よくわかったね」
この不意打ちに、サクシードはファイアートをまじまじと見た。
「見ちゃイヤン」
と、ファイアートが身体を竦める。
「……冗談なのか?」
「いやいや、マジよ。大マジ。僕の博愛精神は女性だけに収まらないんだね、これが」
「……」
ファイアートは平然とシャワーを終えて、サクシードの方を向いた。
前は一応、タオルで隠していた。
「そんなに驚くこと? 僕にどうにかされる君なわけ? ……落ち着きなさいよ」
引いた身体が、サクシードの動揺を物語っていた。
「レンナたちは、そのことを―—?」
「知らない。まぁ、フローラちゃん辺りは感づいてるかもしんないけど、レンナなんてこれっぽっちも疑ってないんだから、笑っちゃうよ」
「……」
「あ、そうそう。このことはくれぐれも内密にね。僕がノーマルって信じてるから通ってることがいろいろあるから。レンナは最終的に受け入れてくれるだろうけど、ラファルガーなんか思いっきり拒絶反応起こしそうだから。シンパティーアの平和のために、一つよろしく」
「……それは俺も同感だが」
「まぁ、君ほどじゃないけどね。どうよ、このバディ。蓮っ葉な女の子なら悩殺しちゃうんじゃないの?!」
ファイアート節が戻った。サクシードは考えていたことを、聞いてみることにした。
「いつもそうなのか」
「えっ、何が?」
「そうやってふざけていて、人の誤解を恐れないのか」
「うーん、馬鹿にされるのが嫌いな、頭カチコチの人からは毛嫌いされるね。でも、それ以外は意外と寛容だよ」
「ふーん」
「よっしゃ! 風呂へダイブ」
ドボーンと盛大な水飛沫が上がった。
サクシードが呆れてみていると、ファイアートは大きなバスタブの縁に顎を乗せて、ご満悦だ。
「はぁー、極楽、極楽」
椅子に座り、身体を洗うサクシードの上半身を見て、ファイアートは言った。
「すごい傷だね」
サクシード身体のあちこちに広がる古傷に目を留める。
「……最前線だったからな」
「その右上腕部の傷、どうしたの?
薄茶に盛り上がった縫い傷の痛ましさに、ファイアートが眉根を寄せる。
「これは、警備士になりたての頃、街のチンピラを装ったテロリストに刺された傷だ。この傷がきっかけで、俺はテロの撲滅を模索するようになったんだ」
「うーん、君にはそんな話がごまんとあるんだろうな。治さないのかい? 今の整形技術なら、それくらいは……」
「戒めだからな」
「勲章ってわけだね。それも徐々に教えてよ。参考にするからさ」
「あんたも武芸を齧ってるんだったな」
「君やレンナに比べたら、おまけみたいなもんだけどね。笑っちゃうだろ。医学を志す者が人を傷つけるなんてさ」
「何か理由があるのか?」
「僕はね―—まぁいいや。それもそのうちわかるよ」
「……」
「君の方が大変だよね」
「? 何がだ」
「あーの天然娘を落とさなきゃでしょ」
「……最初に言ったけどな」
「あ、その先は聞かないよ。恋愛をしに来たんじゃないってやつだろ。んなもんとっくに反故だよ。君ら二人が特別な感情で繋がってんのは、オーラ見るまでもなく、お見通し! いくら処女だからって生殺しにする気? それはね、一番酷い仕打ちだと思うよ」
「どうしろって言うんだ……」
「どう、って普通に恋愛すりゃいいじゃん。禁じられた遊びじゃあるまいし」
「昼間、俺のTシャツをめくったのは、今の言葉と矛盾してると思うがな」
「ああ―—あれはどっちの引きが強いか、確かめてたんだよ」
「引き――?」
「惹かれ合う力、引力ってこと。今のところ、同等かなぁ。レンナが君にあんなに無防備になれるとは恐れ入ったよ。この辺で楔打っとかないと、あの子がしんどくなると思ってね。んで、男に近づくんなら覚悟しろよ、と、そういうわけ」
「親切じゃないか?」
「――レンナはね、僕に実家に居候されて、男嫌い寸前まで振り切れるところだったのさ。いわば贖罪かな。君の登場で大いに男を見直したんだと思うんだ。イクところまでイッたって、僕は全然構わないと思うけど、あの子の両親の手前、監督責任があるじゃない?」
「なるほど、それはもっともだな」
「正直、僕は君らの急接近ぶりに慌てたのさ。焚きつけたはいいけど、こんなに相性がいいとはね。ほっといたら……いや、そこは君に踏ん張ってもらうしかないけど」
「ああいうことがあれば、レンナも距離を置くだろう」
「君だって、恋愛初めてじゃないだろ?」
「俺は――」
「なに、その間。まさか――恋愛したことないの? 一度も?!」
「そんなにおかしいか?」
「そうか、それでレンナが……。君は別にエスコートしてるつもりなんかなかったんだ。ただ人間として、レンナを信頼しているから、テリトリーに入れてるだけで」
「さっきから、そう言おうとしてたんだがな」
「それにしたって、あんなに自然に振舞えるか? 君も相当自制が効くタイプだね、天然のレンナ相手に!」
「そうだな……だが、特別な感情がある、というのは当たりだ。——大事にしたいと思ってる」
「その言葉、信じていいの?」
「ああ」
「……うーん……」
ファイアートが身を起こした、と思うと、ブクブクお湯に沈没した。
「お、おいっ」
サクシードが慌てて浴槽をのぞくと、ファイアートはブハッと水面から顔を出した。
「ごめん……ちと、のぼせちまった」
「——やれやれ」
一日の締めくくりにしては、間抜けなオチだった。
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