『サクシード、因果界へ』
百聞は一見に如かず。
というわけで、フローラを除く四人は因果界へ往くことになった。
パラティヌス上層は呪界法信奉者も手が出せないが、万が一のため、フローラは因果界に入らない。
そして、異界に向かった経験のないサクシードを引っ張り込むには、レンナの手ほどきが必要だった。
カウンター前の空いたスペースに、二人が向かい合う。
「動かないでね」
そう言ったレンナの右手に、突然、光の槍が出現した。
くるっと華麗に回してから、言葉も殺気もなく、槍をサクシードの胸に繰り出した。
一瞬の逡巡が決定打だった。
かくして五人は因果界にテレポートしていた。
「まんまとしてやられたな、師匠」
苦笑するサクシードに、レンナはウインクして手を合わせ、仕草で「ごめん」と謝った。
「ここが因果界か……」
現実世界(真央界)そっくりの湖岸の景色が広がっていた。
だが、建物がない。
下宿があるはずの場所には、草原がぽつねんとあって、西側に並ぶ林はそのままあった。
とても見晴らしのいい、健やかな自然が息づく場所だった。
「浸ってるとこなんだけど、サクシード。これから世にも恐ろしい思いをするかもしれないのに、なんでそんなに余裕ぶっこいてんのよ?」
ファイアートが腕組みして睨む。
「さぁ、どうしてかな」
サクシードが傍らのレンナを見やる。
「?」
レンナはきょとんとしている。
この奇妙な間合いに、立会人のファイアートたちの方が顔を見合わせている。
「準備はいい?」
「ああ、頼む!」
望むところだ。
サクシードは間合いを取って、レンナと対峙した。
風が、流れが変わった―—。
レンナが左手を斜め上に上げた。
「我が左手は、風纏い放つべし!」
よく透る声が、異次元の彼方から風を呼ぶ。
サクシードはそこにさしたる変化を認めなかった。
しかし、一瞬にして間合いを詰められた、その驚くべき速さ。
至近距離から風の塊が、一極集中して鳩尾に命中した。
「ぐっ」
風が体の外へ逃げ場を求めて吹き荒れる。
その圧に抗っていると、レンナが次の攻撃に移る。
「出でよ、闇の陣!」
突然、足元から這い上る闇。辺りが暗転する。
これで風の動きが読みにくくなった。
だが、レンナは近くにいない。
サクシードがそう判断した矢先、右側から何かが飛んでくる気配があった。
直撃を避けると、次々とサクシード目がけて風刃が襲う。
派手に巻き上がる草の混じった土煙。
その中に紛れて、レンナが再びサクシードに迫る。
「凪! 律! 烈!」
風を治め、自在に駆け、体の自由を奪う。
ヒットアンドアウェイが繰り返された。
サンドバック状態になりながら、サクシードは考えていた。
風の弱点は——?
レンナがサクシードの懐に飛び込む。
「スパイラル・ローリング!!」
巻いた風圧のアッパーカットが決まった―—かと思われた。
なんとサクシードは、間一髪それを躱して、レンナの背後に回り、両腕を固めて羽交い絞めにした。
「!」
「それまで!」
サクシードは言った。
「風は風上から吹くから命になる。背後を取られては、攻撃に出られない」
レンナはさらなる攻撃に移ろうと、今度は右手に炎を纏おうとした。が、唐突に諦めた。
「……その通りね、私の負け」
勝負は決した。
サクシードはその言葉を潮に、レンナの腕を離した。
「やっぱり、最後は戦いの勘が勝負を分けるのね」
振り返って、レンナは左手を腰に置いた。
土埃にまみれた顔で、サクシードは、にっと笑った。
「いや……初めて見る戦法だった。万武・六色の名は伊達じゃないな」
ポン、とレンナはサクシードの胸板を叩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます