『異変』
その後、「レンナほどではないけど……」と言いつつ、ファイアートのバイオリン演奏も披露され、フローラとのピアノ合奏も実現した。
楽しい曲ばかりだったが、みんなのリクエストでフローラのピアノ独奏で、演目の幕を引くことになった。
——サクシードはまたしても驚かされた。
フローラの音楽は、咲き乱れる花園だった。
風待つ中にも揺らめき、万色溢れる花々が一面に広がる。
癒しがこんこんと湧き出ている。
花たちはそう在ることに喜びながら、泉のようにエネルギーを
ただ、夢幻のように美しかった。
そうしていながら、サクシードには、フローラが活けた白とピンクのチューリップに目を向ける余裕があった。
風にかすかに揺れながら、一緒に歌っている——!
こんなことがあるのだろうか。
サクシードは目を疑った。
歌っているという表現が適当でないなら、エネルギーが花芯から躍り出ている、とでも言うべきか。
シンパティーアに来てから、鋭敏になっていたサクシードは、その現象をしっかりと捉えていた。
突然、ガクンと後頭部を殴られたような衝撃が彼を襲った。
「サクシード!」
右隣に座っていたレンナが、よろけたサクシードを支える。
ピアノ演奏はピタリと止まった。
「おいおい、大丈夫か?!」
「しっかり、サクシード。私の声が聞こえる?」
「あ、ああ、大丈夫だ。急にブラックアウトしたから、意識が飛んだ……」
目を覆っていた右手をゆっくり下ろし、心配そうに二の腕に両手を添えた、レンナに笑いかける。
「ありがとう、もう心配ない」
「サクシード……」
その様子を見ていたフローラが処方箋を出した。
「レンナさん、ロックウォーターのフラワーエッセンスを、飲ませてあげてくださいな」
「わ、わかった!」
慌てて母屋のリビングにフラワーエッセンスを取りに行くレンナ。
「あー、びっくりした。これってもしかして、意識の限界を超えたから?」
ファイアートの言葉に、ゆっくり頷くフローラ。
「そうです……サクシード、心配いりませんわ。目眩は一過性のものです」
「ああ、わかった。肝に銘じる」
「無理しないでくださいな。そういう状態の時は、自分を叱咤激励するのは逆効果なのです。力を抜いて、安静に。今、レンナさんが特効薬を持ってきますから……」
「……」
ロデュスは張り詰めたように、サクシードを見つめていた。
その肩を叩いて、ラファルガーが目配せして頷く。
意味を悟って、ロデュスも頷き返すのだった。
三分も経たずに、レンナは離れに戻ってきた。
サクシードの左脇に両膝を立てて座ると、こう言った。
「あのね、サクシード……これはロックウォーターというフラワーエッセンスよ。自分に厳格な人に、心のゆとりや柔軟さを呼び起こしてもらうためのものなの。是非飲んでほしいんだけど、いいかしら?」
心配そうな顔をして自分を見つめるレンナを見て、ノーと言えるだろうか?
逆効果と言われてはいたが、サクシードは肚を決めた。
「わかった」
「よかった! じゃあ早速、飲み方を教えるわね。キャップの先がスポイトになっているから、こうやって中の液体を吸い上げて……舌の裏に七滴垂らすの。こうよ」
言ってレンナは自分も舌の裏に液体を垂らして見せた。
「……あとは、口の中に広げる感じで馴染ませて飲み込んでね。副作用はないと思うから……はい!」
小さな茶色の花の絵のラベルが張られた遮光瓶を手渡されて、サクシードは言われた通り、口に含んだ。
スコンと心のどこかが嵌ったような感覚がした。
いささか恐れながらチューリップを見てみたが、花はいつもの通り花だった。
やっと安堵して、レンナを安心させた。
「……大丈夫、何ともないよ。ありがとう」
「うん……」
レンナはそっと立ち上がって、サクシードのソファーの後ろから回って、彼の右隣に戻って座った。
だが、それで終わりではなかったのである。
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