『ティータイム』

 賑やかな昼食は終わった。

 きれいに平らげた皿をみんなで片づけて、ティータイムとなった。

 お茶を淹れるのが一番上手なフローラが、春摘みのファーストフラッシュの茶葉のクセを読んで、またとない香りを漂わせた。

 ガラスのテーブルにはお菓子もあったが、誰も手を伸ばしはしなかった。

 ファイアートが紅茶に蘊蓄を述べるのはいつものことで、みんなさらりと聞き流す。

「さてと、そろそろ演目が欲しいね」

 ファイアートが、まどろんだ雰囲気を一掃しようと、提案した。

「レンナ、バイオリンで何か演奏してよ!」

 レンナに白羽の矢が立った。

「えーっ、自分でやりなさいよ、特技なんだから」

文句を言うレンナに構わず、ファイアートはサクシードに言った。

「サクシード、レンナはね、バイオリンの天才なんだよ。恥ずかしがって普段は全然弾かないんだけど、喩えるなら……雨上がりの澄んだ空気みたいな。爽やかで軽やかで、とても自由で。聴きたいだろ、な?」

「俺でわかるかどうか難しいが……そこまですごいなら、是非聴いてみたいな」

「ずるーい、フィート。サクシードに無理やり言わせるなんて!」

「レンナさん、わたくしも久々に聴きたいですわ」

 にっこりとフローラが言えば、ロデュスやラファルガーも気を引き立てる。

「僕もレンナさんのバイオリン、大好きなんです。スーッと引き上げられていく感じがして」

「同じく」

 みんなに言われて、レンナがもう一度サクシードに尋ねる。

「……本当に聴きたい?」

「ああ……なんで疑うんだ?」 

「——わかった」

 不承不承、レンナは母屋の自分の部屋にある、バイオリンを取りに向かった。

「きっとびっくりするよー! あの子のは技術じゃないんだよね。まるで、バイオリンが気ままに歌ってるみたいな、そんなナチュラルな音がするんだよ。さて、何の曲をリクエストしようかな……」

 ファイアートが楽しげに考え込むと、フローラがスッと言った。

「交響曲『神と、暁と』はいかが? サクシードの門出を祝って、壮大な第一楽章ではなくて。民衆のおおらかな信仰を表現した、第三楽章『ほとり』なら、レンナさんの力量が十二分に生かされますわ」

「いいね! それでいこう」

 フローラとファイアート以外は、聴いたことがない選曲だった。

 浮き立つ仲間に誘われるように、サクシードもその時を待った。


 それは——水のごとき音の奔流だった。

 颯爽とした、重さを感じさせない運弓は、どこまで続くかわからないほど遠く、彼方へ誘う魔法だった。

 音には素朴な人々の暮らしが垣間見える。

 教会の鐘、集った人々、朗々と語る牧師の説教、街角の祠に花を手向ける人、祈りの風景……。

 一つのバイオリンが奏でているとは思えない情景が、浮かんでは消えた。

 それから、音色に実証された数式のような、明晰なシンプルさがあることも特徴だった。

 心を動かすエネルギー、そのものの集合体なのだ。

 それが、澄み渡った空間を渦を巻いて流れる様は、音が実体を持って現れ出たよう。

 包まれ、癒し、スッと持ち去る。

 どこまでも優しく、明るい——まさに天才のなせる業だった。



 

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