『予兆』

 ファイアートたちがシャワーを浴びている間に、復活したロデュスは、サクシードと話していた。

「必然性もないのに付き合わせて悪かったな」

 改めて謝るサクシード。

「いえ、そんな。僕だけついていけなくて、かえって申し訳ないです。足腰を鍛えておくことは、芸術家生活を約束してくれます。考え直す意味で、今日のことは有意義でした。気にしないでください」

「……みんなが付き合ってくれるとは思わなかった。レンナやファイアートは思った通り、いい走りをするな。意外だったのはラファルガーとフローラだ。なよやかな雰囲気とは裏腹に、まだ余裕も感じられた。大したもんだな」

(まぁ、あの二人はで身体動かしてるしな)

 ロデュスは吐息とともに「そうですね」といった。

 ところが—。

というのは?」

 不意にサクシードが問い返した。

「えっ……なん、僕何か言いましたっけ?」

「あっ」

 サクシードがバツの悪そうな顔をして言った。

「いや、何でもない」

「……」

 ロデュスはごくりと唾を飲み込んだ。

(―—サクシードさんも、わかるのか?)

 実際の声と混同するほどに、聞こえる心の声。

 サクシードはその入り口に立っている。

 ロデュスは心の声をセーブしながら、慎重を期した。

(レンナさんたちに報告しなくては——)


 ファイアートたちがどやどや浴室から戻ってくると、入れ替わりに、サクシードたちがシャワーを浴びに行った。

 レンナとフローラは昼食の準備に忙しい。

 メニューはサンドイッチに小あじのマリネ、フルーツヨーグルトだった。

 パンにマーガリンを塗りながら、レンナが思いついて言った。

「ねぇ、フローラ。サクシードが来てから、離れを一度も使ってないよね?久々にあっちで食べようか」

「あら、いいですわね、賛成。きっといい気分転換になりますわ」

「うん、そうしよう。離れをちょっと片してくるね」

「ええ」

 レンナと入れ替えに、ロデュスが髪を乾かさずにキッチンに現れた。

「フローラ、ちょっと……!」

「はい?」

 フローラがロデュスを見ると、彼は困惑で顔をいっぱいにして言った。

「あの、サクシードさんがテレパスを使えるみたいなんだけど」          

「えっ、どうして?」

「実はさっき、僕が心の中で言った言葉を、サクシードさんが尋ね返したんだ。「あっち、というのは」……って」

 フローラが唇の下に細い人差し指を当てて、考え込んだ。

「……」

「サクシードさんって……《位階者》じゃないよね?」

「ええ、それはもちろん。でも……いつも聞こえるというわけではないでしょう。例えば運動の後ですとか、精神の感度が上がったときに、時折聞こえるという認識ではないかしら。そういうことはよくありますから……」

「そうか……みんなに共有しなくていいかな?」

「不自然になるといけないので、明日みんなに話しましょう。サクシードは身支度も素早いですから、そのままだと怪しまれますよ」

「ご、ごめん、わかった」

 慌てて洗面所に戻るロデュスを困ったように見送るフローラ。


 事態は思わぬ方向へ進もうとしていた—。   


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