パイオニアオブエイジ

どん

『マラソン、その後で…』

 蒼水そうすいの三月香静の二十五日。日曜日。

 サクシードが下宿シンパティーアに到着してから、一週間が経った。

 いよいよ明日から『パイオニアオブエイジ』での武闘訓練が始まる——。

 サクシードは情熱を沸々と燃えたぎらせて、筋トレにマラソンと準備に余念がなかった。

 自然、下宿の雰囲気も、まるでアスリート魂に火が点いたような、熱血路線になっていた。

 ファイアートは、自身の溜め込んだスポーツウェアを、何着も進呈した。

 フローラは、マネージャーよろしく、筋肉疲労に効くドリンク作りに精を出した。

 ロデュスは、サクシードの後輩にでもなったかのように、威勢のいい挨拶で盛り上げた。

 ラファルガーは、彼にしては珍しく筋トレの専門書を読み込んで、サクシードと意見を交わした。

 レンナは……レピア湖一周マラソンのコースの下見に付き合ったり、いつでも使えるようにタオルを用意したり。甲斐甲斐しいサポート力を発揮した。

 

 熱血週間の締めとばかりに、全員でレピア湖一周マラソンをやり切ったまではよかったが。

 突然、ファイアートが宣言した。

「ちょっと、みんな。このまま突っ走ったら、元も子もないよ。前準備はほどほどが鉄則。メリハリをつけないとね。午後は丸ごとオフにしようぜ!」

 顔を見合わせた一同の意見が一致する。

「それもそうね……ここらで一息入れましょうか」

 レンナがそう言った途端、ロデュスがへたり込んだ。

「はぁ……よかったぁ」

「大丈夫か?ロデュス」

 サクシードが聞くと、ロデュスは彼に顔を向けて力なく笑った。

「す、すみません。精神も身体もアスリート仕様じゃないもので。気持ちがついてこなくて……」

「付き合わせてすまない。おかげでフィジカルをキープできたよ」 

「お役に立ててよかったですぅ」


 サクシードとフローラに支えられて、ロデュスは母屋のリビングに向かった。

「普段と180度違う方向に持っていくのは、そりゃあしんどいさ」

 腰に手を当てて、ファイアートはボトルのドリンクを飲み干した。レンナが呆れたように言う。

「勢いで全員参加にするからよ。希望者にすればよかったのに」

「いやぁ、フローラちゃんが参加できるとは思わなくてねぇ」

「おかげで24時間体制の警備が動いたのよ。どれだけ迷惑かけたと思ってるの?」

「だって、下宿の周りにへばりつくだけじゃ、鍛えようがないじゃんか。こういうイベントはあってしかるべきだと思うよ」 

「いつもの結果オーライか」

 ラファルガーがボソッと言った。即座に反応するファイアート。

「これくらいどうってことないって。そんなことより、僕は君が完走したことが意外なんだけど。学者肌のくせにマラソンでも息が上がらないとか、どこまでかわいくないんですか」

 また始まった、とレンナが溜め息をつく。

 ラファルガーは首にかけたタオルを握ったまま言った。

「心臓が強いだけだ。クイリナリスのサラサードは山岳地帯だぞ。谷底をさらうようなスターリー川近辺も険しい坂のアップダウン。レピア湖畔は平地と同じだ」

「さいですか。あーつまんねぇ、今度こそ、その澄ました顔がだらけるのを拝んでやろうと思ったのに」

「あんたの思惑に嵌ると思うか?」

「はん!見くびってもらっちゃ困るね。僕は作戦立てるの、得意中の得意なんだぜ。そのうち術中にはめてやるさ」

「失敗の方が多いがな。くだらん」

「そうやって余裕こいてりゃいいさ。まぁ、でも、サクシードに協力を惜しまなかったのは褒めてやるよ」

「それはどうも」

「終わった―—?」

 レンナが庭を眺めていた視線を二人に向けた。

「シャワー浴びるでしょ? ロデュスたちが入れないんだから、さっさと直行して! 後がつかえてるのよ」

言ってレンナは母屋に向かう。

「……なんでしょ、あの冷め切ったあしらいは」

「なんだかんだ言っても、一番付き合いがいいがな」

 こんな時だけ意見が合う二人だった。    

   

    

 

  

  


 

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