第6話 電話

 そうだ・・・Aさんは思い出した。


 私は結婚を終わりにしたかった。

 子供がいなければ・・・と思っていた。

 自転車に乗るときは、敢えてヘルメットをかぶせなかった。

 いつか、事故が起きることを期待して・・・。

 

 ベランダのサッシは、いつも開けっ放しだった。

 さらに、柵から身を乗り出せように、ふみ台まで置かれていた。

 でも、アサト君はベランダに興味を持たなかった。


 さらに、風呂場の水は入れっぱなし。

 部屋も散らかっていた。細かい物がたくさん落ちていたが、アサト君は誤飲したりはしなかった。ベビーには柵をつけなかったが、落ちてもケガしたことはなかった。


 Aさんがこんな風になってしまったのには、理由があった。


 Aさんのイケメンの旦那が浮気をしてたんだ。

 表面的には優しくて、子煩悩だったけど、裏では不倫相手の部屋に行っていた。しかも、その人は大学の後輩で、Aさんの友達でもあった。信頼していた二人に裏切られ、Aさんは精神的におかしくなってしまったんだ。


 Aさんは旦那の裏切りに耐えられなくなり、本気で離婚したかった。

 でも、子どもがいる・・・。

 また別のイケメンと結婚して、新しい生活を始めたかった。

 アサトがいなかったら・・・。

 子どもがいたら再婚のハードルは上がる。


「ママ・・・帰って来て!え~ん!

 ママ!ママ、ママ、ママ!」


 電話の声はずっと泣き叫んでいた。


「一人で留守番させてるの?子供が生きてるのに、死んでるって言うなんて・・・ちょっとかわいそうじゃない?」

「本当に死んでるの」

「ごめん・・・僕、君とは・・・」

 Aさんはその晩Bさんの部屋に泊めてもらえなかった。

 Bさんが「こういうのはきちんとしないとね。親として早く帰るべきだよ」と、言ったからだ。


 Aさんは自分のマンションには帰りたくない。

 アサト君が待ってるんだから・・・。

 街をさまよい歩いていたが、そのままお城の方に向かった。


 そして、もう自分の部屋には戻らなかった。

 二度と・・・。

 Aさんは、家に帰らずに、堀に飛び込んだんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

形見 連喜 @toushikibu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ