第4話 新たな出会い
職場に素敵な独身男性がいた。東京から転勤で来ている、Bさん。
イケメンで正社員。ネットで調べたら、その会社は40歳で平均年収600万くらいだった。いいなぁ・・・AさんはBさんに夢中だった。BさんもどうやらAさんを気に入ったらしかった。
Aさんは田舎に転勤になって寂しかったのか、すぐにBさんを食事に誘った。
「金曜日の夜、食事でもどう?この辺知らなくて・・・いい店があったら教えてよ」
BさんはAさんを未婚の独身女性だと思っていたから、付き合いたいと思っていたんだ。Aさんは喜んで「いいですよ。地元だからまかせてください」と言った。
Aさんは約束の日の朝、念入りに準備していた。ムダ毛を剃ったり、上下そろった下着をつけて鏡の前で「やっぱり太ったわ」と言ってため息をついていた。もし、Bさんが最初のデートの時から、ホテルに誘って来た場合は、断らない方がいいと思ったのだ。
すると、クローゼットの奥の方にタオルが丸まって落ちているのに気が付いた。開いてみると、アンパンマンのタオルだった。アサトくんはちょうどアンパンマンにはまる時期だった。いつも「アンパンマン」と指さして、見るもの何でも欲しがった。そのタオルもお店で見付けて使わないのに買ったものだった。一度も使ったことがなかった。
でも、捨てたはずだったのに・・・。
「まだ使えるからもったいないね。お金ないし・・・使おっか」
Aさんはため息をついた。
旦那と離婚していて、子どもまでいたと知ったら嫌われるかもしれない・・・。Aさんは不安だった。Bさんのことは他の派遣社員も狙っていた。自分の方が美人だと思うけど、他の子はみな未婚だった。Aさんは自分が離婚歴があることは隠していた。
初めてのデートの夜。AさんとBさんは地元で人気の、駅前のイタリアンに行った。
「ここはすごく有名なんですよ」
「へえ。おいしそうだね。何が有名なの?」
Aさんは得意になって説明する。BさんはAさんの明るくて気さくなところが好きだった。しかも、大学は東京だから関東の話もできる。
「今までずっと東京だったから、いきなりこっちに来てやることがなくて」
Bさんはいかにも寂しそうに言った。Aさんはキュンとなった。
「Aさんがよかったら、俺と付き合ってもらえない?」
「嬉しいんだけど・・・私、実はバツイチで」
「え、そうなの?」
Bさんは驚いていた。
「子供はいないんだ?」
「いたんですけど、事故で亡くなって・・・」
Aさんは涙ぐんだ。
「ごめんね。辛いことを思い出させて」
「いいえ。いつも忘れたことはないから・・・」
Aさんは意中の人の前で殊勝なことを言う。その頃はもう、アサト君に手を合わせることはもうなくなっていたのに。お水も何日も替えていなくて、そのうちグラスが干からびてしまっていた。
Bさんは、食事に行っただけで、A子さんを部屋に連れ込んだりはしなかった。優しくて紳士的な人だった。初回でそういう関係を望む人は、色々な女性に声を掛けるタイプだ。Bさんは誠実な人なのだろうと、Aさんはさらに好意を持った。Aさんはアサト君のことなんか完全に忘れてしまった。
初デートの夜、Aさんは部屋に戻って、シャワーを浴びていると、風呂場にアンパンマンの指人形が落ちていた。
あれ・・・こんなの取っておいたっけ?
風呂場の物は全部、岡山で買ったのに・・・何でこんなものがあるんだろう・・・Aさんはぞっとした。
でも、アサト君が好きだったものだから、カビないようにきれいに洗って脱衣所で乾かした。Aさんは、その頃からスキンケアに時間をかけるようになっていた。脱衣所で化粧水なんかをつけていたけど、さっきから、誰かに見られている気がする・・・窓もないのに。どこから見ているんだろう。Aさんは気持ちが悪くて、さっさと化粧品をつけるとその場から逃げるように出て行った。
何だかずっと気配がした・・・家の中に、何かがいるみたいな気がする。
誰だろう・・・。
Aさんはアサト君の祭壇を見た。そこには、写真も位牌もないけど、クローゼットに落ちていた靴下、かにクレーンのトミカが置いてある。一見すると、だらしない人の部屋みたいだった。Aさんは実際、かなりだらしなかった。誰も来ないから片付ける気力もなかった。
でも、そのうちBさんが来るようになるかもしれない・・・。男は一般的にだらしない女が嫌いだ。AさんはTVをつけながら、片付け始めた。寝るのはいつも1時くらいだから、まだ時間があった。
床に散らばっている物を拾い出した。掃除機なんかしばらくかけていない。テーブルの下には、ペンとか、クリスマスの飾りとか、スリッパ、靴下、リボンとか、いろいろなゴミのような細々したものが落ちている。その中に、アンパンマンの笛のおもちゃがあった。
「あれ・・・これって・・・すてたんじゃ」
ゴミ袋に一気に入れた時、それもあったはずだ。何でそこにあるんだろう?
Aさんは気味が悪かった。
でも、アルコールティッシュで拭いて、祭壇に飾った。
アンパンマンの指人形、笛、タオル、靴下、トミカ・・・。
全部捨てたはずなのに・・・何でここにあるんだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます