第16話 帰り道

 俺たちは地下から上がり、外に出る。来た時は昼だったのに空はもうすっかり暗くなっていた。

 何だか外の風が心地よく感じる。


 俺は今の時間を確認しようと鞄から携帯を取り出し見る。表示は22時48分、なかなかの時間である。


「ふぅ、いい風ですね」

「そうだな、涼しくていい感じだよ」


 暴れて疲れた体によく染みた。体に残った熱が冷えていくのを感じる。

 心が落ち着き、どこか燃え尽きたような感覚がある。

 それも仕方ないと言えば仕方ない。今日体験した事は本当に最高だったが、色濃かった。そして、死力を尽くした。てか1度ほとんど死んでいる。

 そんな体験だからこそ、少々疲れてしまったのだろう。


「・・・なぁ、永遠。色々教えてくれるんだよな?」


 俺は永遠に唐突に聞く。やはり色々気になることがある。《狂気》について、彼女の目的について、そして『詩人』という人物について。


「ええ、教えますよ。どうです、今日はもう遅いですし明日とかにしますか?それとも今日聞きたいですか?ボクとしては早めの方がオススメです」


 彼女はニヤリと笑い答えた。


「なら早めに聞いておこうかね」


 オススメというのならばそれを選択しよう。彼女の言うオススメは選択しておいた方がいい気がするのだ。

 それに俺にも知りたい気持ちがある。


「分かりました。では、落ち着いて話したいのでボクの家にでも行きましょうか」

「え、マジ?」

「マジです。家の方が都合がいいので」


 これは大丈夫なのか?夜遅くに男が女性の家に行くのだ。

 俺たちは付き合っているわけではない。なんかこう利害の一致みたいな感じで一緒にいる。

 バクバクと少し心臓が早まる。


「そういえば永遠って実家暮らし?」

「違いますよ。ひとり暮らしではありませんが、まぁ似たようなものです」

「お、おう」


 俺は戦いが大好きだ。人を殴る感覚、ダメージを受ける感覚、それを求めて生きてきた。今まで色恋なんて経験したことも、する気もなかった俺だが、戦闘の欲が少し解消された今、意識が持ってかれてしまう。

 俺だって健全な男子である。可愛い女性に誘われドギマギしないわけが無い。


 いや、だがひとり暮らしでは無いのだ。そう、そこが防波堤。俺の精神の揺らぎを抑えてくれる。

 ・・・何考えてんだよ俺は。

 防波堤とか訳の分からないものを考えている必要とかないだろうに。落ち着かねばなるまい。


 1つ深呼吸をする。


 うん、落ち着いた。


「ふふふ、ドキドキしますか?」

「おい、落ち着いたの見てたろ」

「なかなか悪い気はしませんね」

「・・・楽しんでるだろ」

「ええ、とても」


 俺はため息をつく。

 俺は今彼女に対して恋愛感情は無い。なら、それでいい。それでいいのだ。


「では、行きましょうか。あっちに駅があります」


 彼女は指を指す。


「あいよ」


 俺たちはゆっくりと夜道を歩いて駅へと向かった。



 ◇◆◇◆◇◆



 彼女の家は大学から近い場所にあった。まぁ、親元を離れた大学生なんて基本は大学から近い。

 忘れ物をしたとてすぐに帰れるし、ギリギリまで寝てられる。そして結果遅刻をするということまでセットだろう。


「さて、ここがボクの部屋です。どうぞ」


 彼女が鍵を取りだし開けるのは高そうなマンションの一室。永遠は金持ちなのかもしれない。


「お邪魔しまーす」


 今考えてみれば女子の部屋どころか友人の家ですら俺ははじめてだ。こう考えると俺はかなり寂しい奴なのかもしれない。

 ちょっと悲しくなってきた。


 彼女が用意した来客用のスリッパを履いて、中に入る。そのままリビングに通され、ソファへと促される。

 おお、ソファ柔けぇ。


「ふぅ、さて紺那くんコーヒーと紅茶どっちがいいですか?」

「あー、コーヒーで」


 ぼーっとしながら待っているとコーヒーが出てくる。うん、いい香りだ。


「砂糖はお好みでどうぞ」

「サンキュ」

「いえいえ」


 角砂糖を数個入れ、かき混ぜ飲む。この温かさが落ち着きを出す余裕をくれる。


「夜ももう遅いので、話しましょうか」

「おう」

「初めに早めに知った方がいいと言ったのは、君にできる限りの考える時間を持って欲しかったからですね」

「なるほど」


 彼女の話は俺の今後に関わってくるほど重要なものなのだろう。ならば俺は覚悟を持って話を聞く。


「まず《狂気》についてですね。簡単に言えばこれは欲求です。人間に3大欲求があるように、誰しもが欲を持っています。

 しかし我々は特にそれが強い。何かをしたい、するべきだという欲の為に生きているといっても過言ではないでしょう。

 その欲が強く、人から逸脱してしまった存在のボクらは《狂人》と呼ばれます。

 そして、ボクらは本能で《狂人》かどうか分かってしまいます」


 俺ならば《戦う》という欲、舵ならば《支配する》という欲があるように、それを満たさねば生きてられないという欲を《狂人》達は持っているのだ。

 ここら辺は何となくは分かっていた。俺が今まで息苦しかったのに、戦いを経て満たされた。

 欲とは大事なものなのだ。


「君の狂気はボクが命名したように《戦う狂気》です。そしてボクは《理解わかる狂気》です。

 理解したい、知りたいという欲求がボクの生きる糧なんですよ」


 とてもしっくりときた。彼女は何でも知りたがっていたし、その目で見たがっていた。

 彼女の行動の根幹はそれなのだ。理解したいという欲が彼女を危険な場所まで平気で運ぶ。


「次に『詩人』についてですね。彼は色んな場所に出没し、《狂人》の覚醒を促している危険人物です。


 彼は少しでも欲があれば狂気を引っ張り出せるのです。なのでそこら辺の一般人も狂人に変えてしまう。

 それだけならばまだいいのですが、あえて危険な思想の欲を引っ張るのです。


 舵行孝もその1人です。

 まぁ、元々危険な事はしていたそうですがあそこまで大きくなったのは《狂気》のせいで歯止めが効かなくなったからでしょう」


 彼女の言葉が少し強くなった。詩人とはそこまで危険な人物なのだろう。彼女の話から伝わってくる。


「詩人の目的は分かりません。世界を支配したいのか、ただ狂人を生み出すだけの狂人なのか知りません。

 しかし、それらはボクからすれば面白くない。ボクが知りたいのはそんなものじゃない」


 ああ、彼女は怒っている。常に楽しそうに笑っている彼女はそこには居ない。


「ボクは詩人を倒します。彼はボクの敵だ。そして彼の目的を知りたいのです」


 彼女の強い瞳がこちらをじっと見つめる。そしてニヤリと笑みを浮かべる。


「さて、紺那くん。ボクは君に手助けをして欲しい。どうかこの手を取ってくれませんか?」


 スっと白い手が差し出される。彼女にしては珍しい純粋なお願い、俺はそれにびっくりしてしまう。

 しかしびっくりしただけだ。俺の中での答えは決まっている。


「俺はキミに着いていくと決めている。永遠に着いていけば、楽しめるんだろ?」


 がしりと彼女の手を掴み、笑顔で言い放つ。彼女がいたからこそ、俺は人生を変えられた。

 彼女と出会った事が俺の人生にとっての幸運なのだ。だから、彼女の手を離してやるものか。


「ふふっ、やはりキミはとても素晴らしい」

「まぁな」

「では、今後ともよろしくお願いしますね」

「おう」


 しっかりと彼女と握手を交わす。

 ははっ、なんか小っ恥ずかしい。


「あ、そうだ。紺那くん今日はボクの家に泊まりでいいですか?」

「え?」

「ほら、時間」


 永遠が指さした時計を見ると・・・日付を跨いでいた。終電は終わっていて家には帰れそうにない。


「あーマジか。いや、でもそれはまずいだろ」

「いえ、ボクは大丈夫ですよ」

「大丈夫な訳あるか!」

「ふむ、タクシーで帰ったとしても結構高いですし、ここら辺泊まる場所なんてありませんよ?それに紺那くんは結構お疲れですよね?ちゃんと休まないとダメですよ」


 クソっ、疲れているから否定が出来ない。いやでもなぁ、泊まるのはまずいよ。


「まぁ、難色を示されるのは予想してました。なら着いてきてください」

「え、あ、ああ」


 彼女に言われるがまま俺は着いていく。

 玄関まで行きこの一室から外に出た。そして隣の部屋の鍵を開けた。


「えっ!」

「どうぞ、こちらに」

「ここも永遠の部屋?」

「そうですよ。こっちは生活用ではありませんが必要なので一室ある感じですね」


 はぁーもう訳が分からない。ちょっと頭が混乱してきた。


「ここ自由に使っていいのでこちらに泊まってください。ここなら大丈夫ですよね?」


 有無を言わさない感じがする。ここまで用意してもらったんだ。頷かないと失礼だ。


「分かったよ、分かった。お言葉に甘えて泊まらせてもらうよ」

「ふふふ、良かったです」

「ありがとな」

「いえいえ、ボクたちは仲間なので助け合うのは当然ですよ」

「仲間か、何だかしっくりこねぇな」

「そうですか?いいじゃないですか『仲間』」

「そうか?」

「ええ、そうですよ」

「まぁ、いっか」

「では、紺那くん。お休みなさい」

「おう、お休み」


 ガチャりと扉がしまる。

 1人になった瞬間どっと眠気が襲ってきた。そこからの記憶はあまりない。だけどぐっすりは眠れたと思う。

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