第9話 同族

 目の前の男、舵行孝は嬉しそうに口を開く。


「いやー、最高だね。ふははっ、実にいい気分だ。最近まではさ、とってもムカついてて、イライラしてたんだけど、今は最高の気分だ」

「それは、それは、何か嫌な事でもあってのですか?」


 永遠が尋ねる。

 いや、十中八九俺たちがあのサークルを潰した事だろう。彼女が分からないはずがない。


「そうだよ?どっかのバカが俺に手を出したんだ。ほんとに身の程知らずなんだよ」


 彼はヘラヘラと笑いながら、こちらをじっと見つめる。明らかに俺たちの事を言っているのだろう。


「まー、そんな事はどうでもいいんだよね。俺は君たちとお話したいなーって思うんだよ。断らないよね?」

「ええ、もちろん。お話しましょう」


 ニコニコと笑って永遠は答える。現在の彼女も、舵に負けず劣らずに上機嫌だ。

 この状況は彼女の望んだ展開なのだろう。

 大学でナンパされる前から描いていた展望。ここまで全て彼女の掌の上だと考えると全く恐ろしくなってくる。


 俺たちは舵に連れられて、さらに奥の部屋に案内される。高級そうな家具が並べられており、実に落ち着かない空間だ。

 俺たちそのままソファに腰をかけた。


「君たち、何か飲む?」

「いえ、遠慮しておきましょう」

「俺もいらない」

「そう、じゃあ俺もやめておこう」


 ここはいわゆる敵地である。そんな場所で出される飲み物なんて危険で飲めるわけが無い。何が入っているか分からないからな。


「さて、お話というのは?」

「いやー、簡単だよ。勧誘さ」

「勧誘?」


 俺は彼に疑問を返す。

 俺たちは敵対していたはずだ。なのに彼は俺たちを勧誘している。何が目的だ?


「そそ、君たち2人とも、俺の仲間にならないかって事」

「・・・仲間ですか」

「そうだよ。ちょっと俺の手伝いをしてもらうけどさ、君たちの望むものなら何でもあげるよ。大金でも、高級な物や食事、いい生活だって保証しよう!ね、どうかな?」


 ニヤニヤと笑ってこちらの様子を伺う舵。

 望むもの、望むものねー、と俺は考える。

 大金は別にいらない。物欲も無いし、食事だって今のままで十分だ。いい生活ってのもなー、多分彼が思っているいい生活と俺の望むいい生活は食い違ってるのだろうな。


 俺は今の生活に、戦いがあればそれでいい。今までやってきた研鑽けんさんをぶつけられるならばそれでいいのだ。

 多分彼の手伝いとやらには、荒事が含まれているのだろう。この場所にはボディガードみたいなやつもいたし、チラホラと強そうな奴らがいたのが見えた。

 大学生を食い物にしていると永遠が言っていたので、だいぶやばい事をやっていると見ていいだろう。


 俺の考えや、望み的にも彼の手伝いに近しいものがあるのは確かだ。

 彼につけば、望みのものが手に入るだろう。

 ならばいっその事、彼の下につくのもアリなのでは?


 しかし、ハッキリと言おう、それは無い。理由は単純、彼が気に食わないから。

 ヘラヘラとしたその面に全く持って惹かれない。

 数日前、同じように俺の望みを叶えると言った奴の瞳はギラギラに狂っていた。俺が惹かれたのは彼女だ。だからこそ、彼女の言葉に乗せられ、ここまでやって来たのだ。

 だから、答えは決まっている。


「はっ、断る」

「お断りしましょう」


 俺たちは同時に、ニヤリと笑って答える。


「ふーん、理由を聞いても?」

「まぁ、アンタの顔が気に食わねぇから」

「なるほどね、そっちの君は?」

「そうですね、ボクは望むものをボク自身で掴むので」

「・・・・・・ふーん、はぁ、そうか、そうか。全く残念だよ。ほんとにさー、残念だよ」


 舵は大きなため息を吐き、大袈裟にやれやれといった感じに手を振る。


「この俺が、君たちを丁寧に誘ってるのにさー、その誘いを断るだなんて、失礼にも程があるよね?君たちのやった罪を全部許して、それで高待遇で仲間に迎えようって言ってんだよ?意味が分からないね」


 彼は明らかに不機嫌になっている。コツコツとテーブルを叩き、早口に喋っている。


 ああ、これは危ないな。俺の勘が警笛を鳴らす。


「まー、いっか。とりあえずボコして、そっから考えればいいよね。一度、上を分からせれば素直になるからね。うんうん、そうしよう」


 彼の雰囲気がガラリと変わった。不機嫌な態度から、ヘラヘラと笑うように。

 しかし、その笑いは先程とは違い、どこか狂った雰囲気を醸し出していた。


「ははっ、じゃあ1回死ね」

「紺那くん!」

「分かってる!」


 彼の笑いと同時に、永遠が叫びこちらを向き、手を差し出してくる。俺はその手を掴み、彼女を引き寄せ抱きかかえてから、ソファから離脱する。


 その瞬間、銃声が聞こえ俺の頭の上を速い何かが通り過ぎた。


「ははっ、奴ら本気で殺しに来てんじゃん」


 こんな状況にも関わらず、思わず笑いがこぼれてしまう。

 俺は素早く銃を持った人間を確認し、そいつに前蹴りを入れこの部屋からの脱出をする。

 すると、既に大人数に囲まれていた。いつの間に指示を出したのやら。


「紺那くん、おろしてください」

「あいよ」


 俺は永遠を下におろす。


「紺那くん。非常にピンチですね」


 ニヤリと笑って永遠は言う。こんな状況でも彼女は実に楽しそうだった。

 まぁ、俺も楽しいんだけどね。


「敵は大勢、それに武器まで持っているときたものです。全く、いいですね。実にいい」

「同感だよ。容赦がないのがさらにポイント高い」

「ふふっ、楽しそうですね」

「ああ、最高だからな」


 状況を考えれば考えるほどに、高揚していく。心が沸き立ち、身体がうずく。


「さて、この状況を、どうにかしなければいけません」

「そうだな」

「紺那くん、やれますね?」

「もちろん」


 今回はグローブもルールも存在しない。相手は武器を使っているのだ。なら、容赦なんているわけも無い。


「永遠はどうするんだ?」

「ボクはボクで上手くやりますよ。基本は気にしなくてもいいです。まぁ、どうしてもピンチになったら呼びます。その時は助けてください」

「あいよ、んじゃ、暴れますかね」

「ええ、存分に楽しんでください」

「おう!」


 さぁ、いい戦いをしようじゃないか!!

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