第4話 針は動き出す
俺は今までに見た事ないような笑顔で、恐怖するチャラ男を見下ろす。
高揚が抑えられない。肉を殴った感触がグローブ越しだが手に残っている。
そして、心の奥底から何かが湧き上がってくるのを感じる。その何かが俺の心臓を高鳴らせ、もっと動けともっと戦えと理性を破壊しようと動かす。
これが俺の本性、ずっと奥にあったもの。
『戦いたい』
たったこれだけのシンプルな願い。この現代において、必要性が薄いもの。だが、俺には必要なものなのだろう。
ずっと
「いいですね、とてもいいですね。その顔!その心!ああ、いい狂気です」
綺麗な顔で綺麗な笑顔を彼女は浮かべている。
しかし、どこか狂った気配も感じてしまう。そうまるで同類のような感覚。
ヤバい奴だと感じたのは間違っていなかったと確信できてしまう。
「さて、このまま楽しんでもいいのですが、一応この場を収めますかね」
彼女はパンッと音を立てて手を叩き、全員に届くような声でそう言った。
その音で俺たちの戦いを見てビクビクしている先輩方が、こちらにハッとなる。
「ボクたちの勝ちでいいですよね?」
彼女は勝敗の結果を尋ねる。
いや、尋ねると言うよりも確認。言葉の強さから有無を言わさないといった感じだ。
ガタガタと震えていた俺と戦ったチャラ男は、激しく首を縦にふった。
もうこれ以上戦いたくないといった意思を感じる。
全く残念である。こちらは不完全燃焼であるというのに。
俺が小さくため息を吐き、グローブを取ろうとした時、見ていた1人の仲間らしき人が声を出す。
「おい!!テメェよくもやってくれたなぁ?」
奥の方に座っていた男が立ち上がり、こちらに向かってくる。
体格は大きく、非常にガラの悪い装いをした男だ。
「おや、あなたは?」
「俺はこのサークルのトップだよ。可愛い新入生が簡単に手に入るって聞いたから見に来たのによォ。調子に乗りやがってよ」
男は怒りながらこちらを睨んでくる。
ああ、いいな。この感じ。これは、もしかするのでは?
俺は少し、期待に胸をふくらませる。
「調子には乗ってないよ」
このワクワクをできる限り抑えながら、極めて冷静に彼に言う。
「ニヤニヤ笑ってんじゃねぇぞ、コラッ!!1年がよォ、調子に乗ってるみたいじゃねぇかよ」
どうやら俺は心を抑えきれなかったらしい。
だって仕方がない。この流れは、戦う流れだ。相手から襲ってきてくれる流れなのだ。
期待しない方がどうかしている。
「ボクたちは彼らとの約束の元、勝負をしたまでですよ?調子に乗るなんてそんなそんな」
「乗ってんだよ!あー!もうイライラするぜ。無能は後輩はいるし、調子に乗った1年はいるしよォ!!おい!!」
「は、はい!!」
大男は指示を出すと、扉近くに座っていたチャラ男たちが扉を閉め、そこを守るように前に立った。
なるほど、逃がさないつもりらしい。
「ノコノコとここに来たことを後悔するんだなぁ!」
どうやら彼らは万が一にも負けていた時の事を考えていたみたいだ。
いやー、いいね。実にいい。
この複数人で襲いかかろうとしているシチュエーションが実にいい。
日常では絶対に味わえないこの状況。怪しくても、巻き込まれても彼女に乗せられて良かったと思う。
「無事に帰すつもりがないらしいですね」
彼女はニヤリと笑みを浮かべる。
ピンチとは思っておらず、
恐らく彼女はこの状況も想定していたのだろう。だからこそ、慌てずに俺の肩を叩いた。
「では、紺那くん、頼みましたよ」
「ハハッ、了解」
この頼み事を断る理由なんて、存在するわけが無い。
少し温まった身体を動かす。
敵の数は10人ほど。ああ、意外と少ない。
だけど、十分。俺の高鳴りは抑えられない。
相手はまだ動きが硬い。さっきの戦いを見ていたのだろう。ビビっている。
だから、先手は貰う。
正面のやつに対して、拳を振るう。腹に当たりうずくまった。
じゃあ次。後ろから2人で攻撃・・・じゃなくて拘束しようとしてるなぁ、これは。なら、しゃがむ。
相手はしゃがむとは思っていなかったのか驚き、対応が少し遅れる。そこにすかさず下段での蹴りを放つ。はい、2人転んだ。
いやー、いい。複数人とはとてもいい。
人の数だけ思考があり、それらを対応しなければいけない。
少しでも動きを止めれば拘束されリンチでゲームオーバー。
息をつく暇なんてないし、思考が止まったらアウト。
「最高だ」
思わず呟いてしまう。
しかしそれも仕方ないことだろう。だって、ここまで楽しいのだから。
気分が気持ちが、テンションが、高まっていく。
迫り来る攻撃に対処し、相手側に確実にダメージを与えていく。
集団ではいい動き。しかし、個なら弱い。だからこちらの攻撃に対処なんて出来やしない。
「クソがァ!!おい、テメェらぁ!!遊んでんじゃねぇぞ、オラァ!!」
大男は仲間が数人やられて激怒しているようだ。そして彼はバットを取りだしてきた。
それを見て俺は思わず顔がほころぶ。
武器だ!武器を手に取った!
こちらの怪我なんて気にしない。相手を叩くためだけに、優位に立つためだけに取り出した、本来の用途とは全く別だ。
いいね、コイツらはいい。不良というやつだ。俺を楽しませてくれる。
ブンッと音を立て、大振りでバットが振られる。
振りはまあまあ速いが、狙いは雑。簡単に避けることが出来る。
大男の仲間たちはバットの攻撃に巻き込まれないように俺からは離れて見ていた。
数の利を完全に捨てている。
完全に噛み合ってない。
俺はバットを避けつつ、大男に近づく。隙だらけの腹に拳を打ち込む。打ち込む。打ち込む。
出来るだけ速く、とにかく打ち込む。
「ガッ・・・ハッ・・・アアア・・・」
男は呻き声を上げその場に倒れる。
何だ、意外と根性が無かったみたいだ。
「さて・・・」
俺は周りを見渡す。
多分こいつらのボスは倒した。あとは離れていた奴らだけだ。
俺は1人ずつ確実に倒していった。
なんてことは無い。有利だった人数がどんどんと減っていくのだ。だんだん簡単になるに決まっている。
「さて、アンタで最後だ。楽しかったぜ?」
「許しっ・・・・・・ゴハッ」
一応パンチを入れる。
全員と戦っていたのだ。1人だけ助かるとかは虫が良すぎるだろ?なので平等に。
周りを見渡すと、うずくる人ばかりである。
・・・・・・いやー、うん。実に楽しかった!!
とても清々しい気分だ。
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