第3話 血湧き、心が躍る

「兎にも角にも、戦ってくれればいいんです」

「まぁ、いいけど」

「ふふ、断るとは思って無いですよ」

「だろうな」

「明日は一緒に向かいましょう。昼、ここで待ち合わせということで」

「了解、授業が終わり次第ここに来るわ」

「では、また明日」

「おう、また明日」


 ここで俺たち2人は別れる。俺は顔が緩んで仕方がなかった。

 ワクワクだ。待ち望んでいた戦うチャンスというのが巡ってきたのだ。

 心が踊る。


「・・・・・・ああ、楽しみだ」


 拳を握り、ボソリと呟いた。


 ◆◇◆◇


 昼になり、学食に向かうと一際目を引く彼女の姿があった。やはりというかなんというか、彼女は目立つ。

 少し不健康とも取れる白い肌に、美しい顔立ち。そして、今日は白衣を羽織っていた。

 目立たないわけが無い。


「準備万端ですね?」

「当たり前だ。俺はいつでも戦えるからな」

「では、いきましょうか」


 俺は彼女のあとをついていき、昨日彼女が絡まれていた場所に。そこには既に昨日のチャラ男達とその仲間と思われる人間が数人いた。

 ニヤニヤと余裕綽々そうにしている。彼女を仲間に引き入れられると思っているのだろう。


「やぁ、昨日ぶりだね!」

「ふーん、そっちの彼は逃げずに来たんだね?」

「おはようございます。昨日頼んだものと場所は確保してくれましたか?」

「もちろん!ちゃんと用意したよ」

「では、案内をお願いできますか?」

「りょーかい、こっちについてきて」


 チャラ男達が先を歩き、それに彼女がついていく。それに俺がついていく形。

 着いた先は少しだけ寂れている体育館のような場所。運動するには十分のスペースがある。


「んで、これ!これでいいでしょ?」


 そう言って彼はボクシンググローブとプロテクターを持ってきた。


「ありがとうございます。完璧ですね」


 昨日彼女が頼んだのは、広い場所と、安全を確保するための道具。彼らは見事に用意して見せたのだ。

 そこまで彼女に対して本気度があるという事だろう。


「ほら、これは君用ね」


 そう言ってチャラ男は俺にグローブとプロテクターを手渡してきた。


「ああ、ありがとうございます」


 とりあえず相手の学年も分からないので、一応敬語を使っておく。

 しかし、グローブとプロテクターかー。


「不満そうな顔ですね?」

「・・・まぁー、ちょっと動きづらくなるからな」

「仕方ないですよ、紺那くんが相手を怪我させないようにという配慮です」


 彼女は初めから俺の為に用意させたのでは無く、相手側を配慮しての行動だった。

 しかし、俺がどこまで戦えるかなんて彼女は知らないはず。戦いたいという気持ちも理解していたし、少々不気味に思えてくる。

 なぜ知っているのだろうか?


「そんな顔をしないでください。私が傷つきますよ?」


 素晴らしく整っている顔をこちらに向けてくる。思わず俺はそこから目を逸らし、思考を止めることにした。

 そういう奴だと思っておけばいい。彼女は何を知っていて、何がしたいかなんて、俺が理解する必要は無いのだから。


「その顔なら許します」


 どうやら許しが出たらしい。

 ま、彼女について何も考えないようにすればいいだけだ。簡単な事だろう。


「さて、そっちは準備OK?怖いなら全然帰ってもらってもいいよー?」


 装備をつけた1人のチャラ男がこちらに話しかけてくる。


「いえ、やります。準備OKです」


 俺は中心に向かう。

 ああ、浮き足立ってしまう。どんなに冷静になろうとしても、どうしようもない。

 全身に血が巡り、沸き立つ感じがして身体が熱い。心が踊り狂ってしまって、落ち着くなんて無理な話だ。

 戦いが近づくだけでこの有様だ。いや、それもそのはずか。

 ずっと待ち望んでいたのだから。


「ルールはどちらかが降参したら負けか、戦闘続行不可能になったら負けといった感じにしましょうか。あ、審判はボクがやりますよ」

「ふーん、おけおけ。ま、早めに止めてあげなよ」

「了解」


 チャラ男は余裕そうに彼女に向かって言った。

 彼はどれだけ強いのだろうか?

 見た目は大したことない。だけど、もしかしたらすごく強いのかもしれない。

 俺は別に強者のオーラとか分からない。見えたことが無い。

 だから俺は、目の前の彼は実は強いのだと信じている。簡単に倒れてくれるなよ?


「では、始め」


 彼女から開始の合図が送られる。それと同時に、目の前のチャラ男が動き出す。

 左手をガードに使い、右手で殴りかかろうとしてくる。

 真っ直ぐと俺の顔面を狙いに来ているのが分かる。


 でも、しかし、ああ・・・念願の戦いだというのに・・・


 俺は相手からの攻撃を軽く避け、腹に1発。腹を押え、下がった顔面に向かってもう1発。


「ぐぎゃっ!!」


 彼がうめくような声を出す。

 プロテクターもグローブもあるのだ。そこまで痛くはない。だからまだ・・大丈夫。


 俺は追撃の手を止めない。


 殴り、殴り、殴る。

 蹴りは危ないから使わない。そこが残念だが、殴れているので良しとする。


「ヒッ・・・!や、やめ・・・ぎゃ!」


 彼が何かを言った気がする。さっきの呻き声のように聞こえたが、まだ降参を口に出していない。

 だから大丈夫。だから、俺の楽しい時間を奪わないでくれよ。


 相手は全然強くない。

 戦闘なんて経験のない素人に、大して鍛えてもない肉体。

 ガッカリだ、とてもガッカリだ。気持ちも少し落ちるというものだ。

 しかし、ただそれだけの話。相手が弱いと言うだけの話。

 こちらが拳をふるえるのならば普段よりかは格段に楽しいのだ。


 一方的に殴っておいて戦闘と言えるのかという話だが、相手に降参の意思は無く立っているのならばこれは立派な戦闘だ。だって相手はまだ諦めていないのだから。

 相手を続けないと失礼に値するだろう?だから俺は殴っているんだ。


「そこまでにしましょうか」


 俺が楽しんでいると、よく通る声で“止めやめ”がかかったので手を止める。

 その瞬間、彼はその場に腰から崩れ落ちる。そして、ガタガタと震えながら後退りをする。

 その顔には確かな恐怖が刻まれていた。


 対して、俺の顔はどうだろうか?

 少なくとも心は高揚している。止められて残念に思っていたが、それでもおさまらないのだ。

 なら答えは?


「ふふっ、楽しそうですね?」

「ああ!」


 今までにないような笑顔になっていた。



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