人生なんてキョウ1日で変わる

第1話 健全なる肉体と強靭なる肉体

健全けんぜんなる精神は健全なる肉体に宿る』これは古代ローマの詩人ユウェナリスの言葉、格言だ。

肉体が健全であれば、精神も健全であるという事だ。

まぁ、本来これは人に健全なる肉体と健全なる精神を与えられるように神に祈るべきであるということらしいが、そんな事はどうでもいい。


うちの親父はこの言葉をどっかから聞いてきて、なんか文字って使っている。


強靭キョウジンなる肉体には、強靭なる精神が宿る』


なんて言っている。

とにかく鍛えれば万事ばんじOKみたいな考え方だ。脳筋と言ってもいい。

そのせいで、俺も巻き込まれていたりするんだ。

修行とか訳の分からないものをずっとやってきた。てか、今も続けている。


体を鍛え、戦闘訓練とかいうものをする。全くバカバカしい。こんな現代に何に役に立つのか全くもって分からないからな。

まぁ、それに大人しく従ってこの歳まで続けてきた俺が言うのも何だけだどさ。

習慣というかなんというか、小さい頃からやってきたものを突然として辞めようとすると逆に落ち着かない。なんかムズムズするというか、気持ち悪いって感じ。


そのおかげで体はバキバキだよ。

誰と戦う訳でもないし、スポーツになんていかせやしないけどね。


本当に、意味もなく続けているんだ。


今日も、とにかくやっていたりする。体を動かし、人を倒す手段を学ぶ。体に刷り込ませ、いつでもその時が来てもいいようにと訓練をする。


「強靭なる肉体には強靭なる精神が宿るってね」


ふと、この言葉が気になってしまった。訓練の手を止めて、道場に飾ってある親父直筆の文字を見る。


俺は、この言葉は嘘だと思ってしまう。


はっきり言って俺の体は強靭だ。ちょっとやそっとじゃ痛みなんて感じないし、ダメージも無いだろう。そういう風に鍛えた。

だけども、心はどうかと言われれば強靭ではないと回答できる。


面倒なことがあれば逃げるし、やりたいくないことがあれば反発する。怖いことは苦手だし、ヘラヘラとして過ごしてみているが、将来が怖かったりする。

一般的なんだよ。一般的。別に心が人一倍強いってわけじゃない。


ただ、別に俺は心が強くなくたっていいと思う。別に嫌な事からは逃げていいし、人に流されたっていい。楽な事して生きていきたいし、だるい事なんてやりたくもないね。

ま、それが出来ればどんなにいいのかって話だよ。


「はー、なんでやってんだろうなー」


鍛える事に毎日のように疑問を持つ。それと同時に、どこかこの戦闘力を生かせる場面に遭遇したいとも思う。

ただの好奇心だけどな。


「うし、大学行くかー!」


今日も今日とて、鍛えてから大学に行く。



◇◆◇◆◇◆



スクリーンに移された画像を俺はノートに書き写してゆく。教授の口から少し早めに説明されるものも書き記すだけの一般的な大学の講義だ。

特別な事は何も無くて、特殊な事なんてない。いつも通りの何ら変わらない、何ら変わることなんて有り得ない日常。


「じゃあ、今日はここまで。出席を提出してー」


教授が全体に声をかけ、皆教室を出る時に出席用紙を提出していく。

代返対策と言うやつだろう。しっかりと講義に出ないものに対して、単位をあげるつもりなんて無いという意思表示が伺える。

俺も例に漏れずに紙を提出してその講義を後にする。


4月に入学してこの大学にもだいぶ慣れてきたと思う。初めは緊張とか、高校とかとは違う雰囲気にワクワクはしたものの慣れればこんなものだ。

2ヶ月も経てば人間慣れるものだよ。


大学内を歩き、学食へと向かう。

学生の財布には優しく、それでいていいボリュームの食事を楽しめる。更には、憩いの場としても成立する学食は素晴らしい場所と言える。


「・・・・・・で、どう?とにかくさ、1回入ってみない?絶対に楽しいからさ、ね?」

「そうそう、別にうちはゆるーい感じでやっててさ、どんな初心者でもOK!それに、先輩たちもみんな優しいしさ!」


人通りの少なそうなルートを選んで歩いていたら、サークルの勧誘らしきものを目にする。

日常茶飯事というレベルではないが、大学ではよく見かける。新入生を目当てに多くの部員を獲得しようとしているのだろう。

俺にも何度か来たことはあるよ。だけども、毎回断っていた。

理由はシンプルで、ルールがある運動は苦手だった。ルールの中でしか動けない事に窮屈さを感じるから、俺はスポーツとかは性にあわないんだ。


てことで、サークルには所属せずに悠々としている。

で、この勧誘ですよ。髪を染めていて、少しチャラついた印象を受ける男二人が、女の子を囲んでいる図。男に隠れていてこの角度からは顔がちょうど見えない。

どんな子なのだろうか?と少しだけ気になってはみる。

だけども、なんというか随分と熱心に誘っているみたいで、絵面がヤバいね。


でも、自分には関係がないという事で、横目に見ながらもその場を離れようとすると、その女の子と目が合ってしまった。

それはもうバッチリと。


「・・・・・・っ!」


俺は思わず足を止める。

しまった、顔が気になったのが不味かった。気にせずに通り過ぎれば良かったものの・・・。

てゆうか、何故かは知らないが無性に気になってしまう。普段なら目が合ったくらいならばスルーを選択する。面倒な事には関わらないようにしたいから。


だけど、止めてしまった。何とかしなければと思ってしまった。

これが一目惚れってやつ?はっ、なわけねぇ。

彼女の顔は確かに可愛い。整った顔に、綺麗な色白の肌をしている。さぞかしモテるのだろうと思う。

しかし、これは違う。恋心とかそんなもんじゃないもっと違う何か。

心の奥底から、何かかが這い上がる感じ。ドクドクと心臓が動く。


俺は何となく分かっていたのだろう。彼女との出会いが、俺の人生を大きく変えることを。


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