第六話 未だ過去は忘れられず(中)

 祝勝会を終え帰路に就く、本当にご飯を食べて少し話して終わりの祝勝会だった、途中でミーシャさんが疲れたといって、お風呂に向かった所で祝勝会は終わりを告げた。

「楽しかったね、和泉さん」

「そうですね、ミリオンさんが作るご飯も美味しかったですし」

「そうだね~美味しかった、明日も学園がある事を除けば、本当に充実した一日だった」

 そうだ、今日は木曜日で明日も学園はあるのだった、その事を武蔵君に言われるまですっかり忘れていた。

 と言っても明日の武蔵君の予定は自習をするか、鍛錬をするかの二択だ、何故ならば明日はまだ剣聖祭予選演習が終わっていないのだから、ミーシャさんと武蔵君は偶々たまたま4日連続の日程を引き当てただけで、他の人は何処かで一日休みという人も居る、今日武蔵君と戦った織田君も、この4連戦の内、一日の休息を挟んで明日4戦目を行うという一人だったはずだ。

「明日はどうするんですか?」

「明日かぁー、少し朝練に付き合って貰ってもいい?」

「朝練に付き合うと言われましても…、私はswordを持てませんよ?」

 原則剣士以外の生徒がswordを持つ事は禁止されている、鍛冶師が許されるのは鍛冶場での調整の場と言う場面だけであり、鍛冶師だからといって試し切り等は出来ない、そういう物も剣士にお願いして行わなければならないのが鍛冶師の少し辛い所だ、と言っても私の様に武蔵君というお抱えの剣士が居る人であれば、まだ良い、問題はお抱えの剣士を持っていない生徒は改善する術を持てないというのが少し可哀そうだと私は思う。

「朝の稽古を見て、何か思いついたら、言ってくれるだけでいいよ」

 何かを思いついたらと言う言葉に疑問を持つ、普通は改善点を見つけたらと言う言い方をしないだろうか?だからこそすぐに分かった。

 これで剣舞ソードダンスが嫌いで、辞めたいと言っているのが末恐ろしい、ここまでの向上心の塊で、同じ所に立ち続ける事を良しとしない人間のどこが剣舞が嫌いなのかが、わからない。

「つまりはまた新しい技を習得しようと、考えているんですね?」

「そう、だね、今回の信辰との戦いで疾風はやての弱点、そして飛燕ひえんの弱点もわかったし」

 疾風の弱点は、織田君に対処された通りに自分が狙われているというのが、わかったらその前に行動を起こせばよいという、対処法をされたという事を実際にこの瞳で見ていたからわかる、だからこそその一撃必殺と言うべきか二撃必殺ともいうべく疾風では無く、咄嗟とっさの機転で生み出した飛燕があるのではないかと思ったのでその弱点を聞いてみるべく、武蔵君に話しかける。

「疾風の弱点は、今日の試合でわかりました、では飛燕の弱点とはなんなのでしょうか?」

「飛燕の弱点?」

 武蔵君は少し顎に手を当てどう答えたものかと、思慮する。どう答えたものかと考えているが、その答えは上手く言語化できないようだった。

「それは、明日実際に見せるよ」

「そうですか…」

 飛燕の弱点か…、少し気になる、少し考察をしてみるとしようと思ったが、武蔵君の思いがけない言葉に私は息を詰まらせた。

「それより少しだけ気になる事があるんだ、《無神むしん》について」

「っ、それは……」

 それだけは武蔵君に探ってほしくない、それは武蔵君が考えなくていい、思い出さなくて良い事だと伝えようかと悩む、だがそれは自分は《無神》がどういう物かを知っていると言う事に他ならない。だからこそ悩むどうすればいいのかと、しかし武蔵君は自分で考察を始める、とは言え私が考えている事とは別の方へ。

「《無神》がどういう効果を発揮するかは、前回の発動でわかったんだけれど」

「そうなんですか?」

「うん、《無神》が要は脳のリミッターを外すブレインと言うのはわかるんだけれど…」

 確かにその性質は持っていた筈だ、だけれど《無神》の本質の能力はそこではない。

「それ以外にも目に見える特性があった事ですね」

「そう、剣ヶ丘先輩の《斬撃支配スラッシュショット》を打ち消したり、良くわからない所が多い」

 そう、それこそが《無神》の真骨頂、《全てを習得する瞳オールラーニング》が相手の技術を完成させるブレインに対し、《無神》はプロメテウスの属性や、ブレインそのものを、ある意味ヘファイストスとは別の意味で、アンチプロメテウスと言わんばかりのブレインが《無神》というブレインだ。

「それに、自分がダブルブレインと言っても、じゃあ何時からダブルブレインだったかが、わからないし」

 その事だけは考えて欲しくない、どうにか話題を逸らそうと考えるが、それをすると怪しく見えるのも確かだ、だからこそ私は一つだけ真実を伝える。

「ブレインが何時生まれたなんて、わかりません。何かあったからこそ生まれたのかもしれませんし、そもそも生まれつき持っていたのかもしれません、でも記憶に無い以上は今考えても無駄な事なのでは?」

「確かに無駄な事なんだけど…、なんか違和感がねー、産まれつき持っていたかと言われれば、馴染なじみが無いし。けれど最近手に入れたというには馴染深い気もする」

 うーん、うーんと頭を抱え悩んでいるが、この様子では何かを思い出すという事はなさそうで安心する、私が話してしまわないかと少し不安に思う。しかし辺りの景色を見る限りその心配は無さそうだ。

「まぁ、そういうのも明日の朝練中でいいのではないですか?」

「それもそか」

「それより、武蔵君?」

「なに?」

「どこまで着いてくるつもりですか?男子寮はとっくに過ぎましたよ?」

 私も今さっき気が付いたが、こればかりは上手く使わせてもらう。

「本当だ、気づいていたなら言ってよ、和泉さん」

 その慌てた様を見て私は思わず、クスクスと笑ってしまう。これは嘘だけれど、多分吐いてもいい嘘だと信じて、言葉を送る。

「ちょっとからかってみました、武蔵君のその様を見るに言わなかった事は、良い方に出たようです」

「意地悪だなぁ和泉さんは、まぁいいや。また明日、おやすみ」

 そう手を振って急いで男子寮に向かう、武蔵君を見て私は、恐らく彼には聞こえていないだろうが改めて伝える。

「えぇまた明日、おやすみなさい。武蔵君」


 今日は疲れた、すぐにも休みたい。と虚ろ気になりながらもなんとか歯磨きを済ませ、お風呂を済ませる。

「はぁー……」

 良く言えば父が良くやっているさまと重なり、悪く言えば中年の男性の様を思い起こさせるように、お風呂に浸かる。

 本当に今日は疲れた、私は武蔵君の為に腕を振るった、誰かの為にと言っても基本的には武蔵君だが、誰かの為に刀を作るというのは慣れているが、誰かの為に料理を作るというのは、初めての貴重な経験だった。

 お湯に口を付けブクブクと泡立てる、行儀が悪いと親には言われるかもしれないが、今居るのは寮、しかも誰も見ることの無い筈の個室だ、誰にも文句の言われる事の無い私だけの部屋だ。

「美味しかったでしょうか?」

 武蔵君は、美味しいと答えてくれた。ミーシャさんもミリオンさんも私が作った料理を美味しいと言って食べてくれた、ただ私が作ったのは和食、ミリオンさんが作った派手やかな料理と比べ、少し場違い感があった事を思い出すと同時に、今一度、思い切り湯船の湯に顔を天井に向ける様に後ろ側に沈む。

 ブクブクと体に残った息を吐き出していき泡とする、残った息が少なくなると同時に泡の出も悪くなっていき、体が空気を求めて苦しくなるが、まだ顔は湯から出さず、ぼーっとお湯で揺れに揺れる天井を見る、少し雑念が晴れていくのを感じ無くなった空気を体全体に取り込むように、水面から上昇する。

「ふはぁー、すぅーー、はぁーー」

 水面から上昇した私が最初にしたことは、胸一杯に空気を取り込む為に深呼吸をする事だった。しかし雑念は取れはしたが、このどうしようもない疲れがそんな一瞬で回復するはずも無くもう少しお風呂を楽しんでから今日は早く寝ようそう考える。

「明日も朝から武蔵君の予定がありますしね…」

 今日は何とかヘマはしなかったが、いつかはきっと彼自身が思い出す事になるだろう、あの出来事を私から伝えるべきかを湯船から上がる直前に考える、別に話すのをもったいぶる訳でもない、ただそんないい話では無いと言うだけ、忘れていられるなら忘れていた方がいい記憶なだけだ。

「これを覚えているのは、私だけでいいんです」

 そう口にし、風呂場を後にした。


 走る、走る。

 息も散り散りとなりながらも走る事を止めない。

 走る、走る。

 怖い、怖い、足を止めるのが怖い、化物の様なモノから逃げて、逃げ続ける、あれが何かはわからない、だからこそ怖い、怖いから、死にたくないから逃げ続ける。

 自分は何も悪い事はしていないのに、と心中でそう言い訳をしながら逃げ続ける、子供の足では逃げきれないのはわかっているけれど、それでも息を切らせながら走って逃げる。どれ程走っただろうか?どの位の時間が経っただろうか?それはわからない、ただ走って、走り続けて、逃げ続ける。

「ハッ…、ハッ…、ハァッ…」

 心臓が張り裂けそうなほど痛い恐怖による緊張と運動によって上がった激しい心拍数による動悸、寒気を肺一杯に詰め込んだ事による胸の痛みと血の味のする唾をどうにか堪えながら、固唾を呑みながら私は走り続けた。

「お父さん、お母さん、助けてぇ」

 ここには居ない父と母に精一杯の救援を求めたその時だった、思いきり自分の足につまづき盛大に転び立ち上がれない間も周りを見渡す、誰かに助けを求める様に…。


「ハッァ…、ハッァ…、ッハァ…、はぁぁああ」

 目覚めは最悪だ、最近は見る事の無かった、小さい頃に酷い目に遭った時の夢を見た。恐怖という形無きモノに追われながら延々と逃げ続ける夢、最後は決まって転び、立ち上がれないから誰かに助けを求める様に辺り一面を見渡したところで目を覚ます。

 昨日考えすぎた所為だろうか?それともトラウマとして私に、根強くへばりついているのだろうか、答えは前者であり後者でもあるのだろう。

 私はあの出来事を今でも、昨日の事のように思い出せる、けれど夢があの様にして思い起こさせるのは、それはあの時の恐怖という一点を抽出したからこそであろう。

 確かにあの出来事は、私にとってのトラウマだ、私が経験した中で一番怖くて、一番思い出したくない事、けれどあんな怖さだけを抽象的に取り出した物では、正しく夢と途中で気づいてしまうから、だからこそ体には不具合は起きない。

 私にとって、怖い怖いトラウマであると同時に、今の私を作っているのもあの出来事であると私は知っているから、私はこの悪夢を拒みはしない。


 着替えをしながら、通信端末を起動させメッセージが入っているかを確認するが、今は何も入っていないという事から、今日の予定に変更は無いという事が分かる。

「ふーん♪ふふん♪ふーん♪」

 前回武蔵君達と偶然会った、デパートメントで流れていた曲を無意識に鼻歌に変えながら、着替えをする。

 そういえば、あの時武蔵君はミーシャさんと恐らくデートをしていたのだろうが、デートはどちらから誘ったのだろうかと少し疑問を抱き、考える。

「流石に武蔵君から誘ったという事は、なさそうですし…」

 となるとミーシャさんが誘ったという事になるのだろうが何を理由に誘う事が出来たのだろうか?自分はそういう事に不慣れなので少しミーシャさんに聞く、いや普通に今日武蔵君に聞けばいいかと考え、制服に着替えて寮を後にした。

 自室を出て、少し寮の玄関で待つ。すると武蔵君が寮の前を横切り学校に向かおうとしている姿が見えるので、寮を出て彼の背中を追う。

「武蔵君、待ってくださーい」

「和泉さん?」

 そう私の名を呼び武蔵君は寮の方を見るが、この私達の住んでいる寮にベランダは無いという事を忘れているのだろうか?と思いそこそこ歩きの速い武蔵君に追いつこうと小走りで来たが、その瞬間武蔵君は歩みを止めこちらに振り返る。

「わっ、わわわ、わ」

「おっと危ない」

 武蔵君を押し出しそうになったが、流石は剣士をやっている生徒だと普通に受け止められてしまった。体制としては受け止められたというより私が抱き着き、彼がそれを何とか受け止めているといった、態勢を見せるがまぁそこはどうでも良い。

「ありがとうございます……、武蔵君?」

 私を受け止めたまま、動こうとしない武蔵君を見て不安な気持ちが勝る、どこか当たりどころが悪かったのだろうか?不安に思いながら声に出す。

「武蔵君?大丈夫ですか?」

「あっ、ごめんごめん、ぼーっとしていた」

 何故武蔵君が固まっているのか理由はわからないが、ぼーっとしていたのは恐らく事実であろう事は認識できる、しかし何ごとも無かったかの様に武蔵君は歩き始めた。

「ぼーっとしてたって、どうかしたんですか?」

「いや、和泉さんかわからないけれど、昔ああいう態勢になった気がして」

「だ、誰かに抱き着かれたんですか?それとも抱き着いたんですか?」

「前者だと思うけど、なにしろ記憶が朧気で」

 その答えに少しドキッとする、だからこそ話題を逸らさねばと考える。

「デジャヴってやつですか?」

 経験した事が無いはずなのに、経験をした事がある気がするというアレだ、正確に言えば武蔵君の記憶は確かで、確かにあの様な経験はしたことがあるというのは私が知っているけれども、それを思い出す事でドミノ倒しが如く全ての記憶が戻られても困る、その記憶に武蔵君は耐えきれないからこそ、自ら封じているのだろうから…。それを知っている私が記憶を思い起こさせる訳にはいかない。

「そうかも、記憶があるようで、無い感じがするし」

「…っ…」

 だが今の武蔵君を見て言える事が一つだけある。少しずつ、本当に少しずつだが、確かに記憶が戻りつつあるような気がする、それを吉と取るか凶と取るかは、私では無く武蔵君なのだが、私は今は時期では無いと考え別の話題を振る。

「それより、飛燕の弱点、言語化できそうですか?」

「それは、昨日寝る前にも考えたけれど、やっぱり見せた方が早いと思う」

「そうなんですか、じゃあ学園へ急ぎましょう!」

「なんか、和泉さんえらく陽気だね?まぁいいけど」

 会話は続けながらも、小走りで私達は学園へ向かうのであった。


 ―模擬戦場

「じゃあ見せるよ?飛燕の弱点」

「はい、じっくり見ます」

 その言葉を最後に武蔵君は、目にも止まらぬ高速の連続攻撃をダミーに向かって乱発する、しかし確かにこれは明確な弱点だという事が見えた、つまりは余計な攻撃が多いのだ、ランダム性と言えば聞こえはいいが相手に当たらない攻撃を生むという事は、つまるところただの疲労を蓄積ちくせきしているだけに違わない。

「わかった?」

「わかりました、つまり武蔵君の求める新しい技と言うのは確実性があって尚且つ読まれにくい技と…」

「いや、読まれてもいいんだ、要は剣舞っていのは相手に当てさえすればいいからね」

「読まれてもいいんですか?」

「そう、読まれてもいいんだ、これが殺し合いだったら相手に読まれない必殺の一撃を求めるけれど、そういう相手を殺す気で放つ一撃はミーシャクラスのバケモノじゃないと意味が無いだろうし」

 そういう物なのか、しかしミーシャさん相手ではそこまで、読まれずに相手を殺す?様な一撃を求めないといけないのか…。

 剣舞で殺す気の一撃…。

 本音を言ってしまうと少し怖い、自分が打った刀を持っている時はそうは思わなかったが、武蔵君が持っているとこれは、私が打った刀は、人を殺すものだと教えられている気がする、それはわかっている、わかっているのだけれど何かそれとは違った意味で怖い。

 その後は新しい技の発見には至らなかったが、武蔵君は次は居合に決めたという事らしく、その新しい技をどういう形にするか決めた時の彼はこのスポーツを本当に辞める気でいるのか?と思う位の表情で私に話してきた、その姿が今の私には不安に映る、少しずつだけれどあの頃の武蔵君に戻っているようで。

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