予選編

第六話 未だ過去は忘れられず(上)

 ミーシャさんが言ってくれた通りに、キッチンへ向かうとそこには山盛りに積まれた食材の数々がこんもりと置かれている。

「ミーシャさんの言っていた事は本当だったんですね…」

「ん?うちはじゃないか、リビングで待っていてくれて大丈夫だよ?」

 私がキッチンに居る事を、ミリオンさんは不思議そうに思っているが、彼だけでこの食材たちを使いきるというのは、恐らく不可能であろう事はわかる、だからこそ私が言うべき言葉は一つだけ。

「私にも手伝わせてください」

 私は深々と頭を下げる、しかしミリオンさんは遠慮するであろう、だって私達はミリオンさんが直々に呼んだ来客なのだから、しかし私にはここに呼ばれた事とは別に二つの手伝うべき理由がある、断られた場合にはそれを言ってしまえばいい話だろうが、最初からその話をしてしまうと、失礼に当たる気もして言うのは、躊躇ためらわれた。

「そう言われてもな、君達を招待したのは僕だし…」

 やはり私の刀を見てくださいという、いきなりの話にも了承してくれた人だ、心から私達には楽しんで欲しいと思っているのだろう。だけれどそう思っているのは私も同じだ。

「ミリオンさんがミーシャさんを祝いたいと思っているのと同じ位、私も武蔵君を祝ってあげたいと思っているんです、彼に戦って欲しいとお願いしているのは、私ですから」

「でも…、自分が呼んでおいて来客に手伝わせるのは、何というか…その…」

「いいんです、なにより刀の感想も聞かせて欲しかったですし、それにこれはミーシャさん直々に頼んできた事でもあります」

「あぁ、えっと、ミーシャが…、なんて言ってた?」

「そのままお伝えしても?」

 ミリオンさんは構わないと言った様子で頷き言葉を待つ。

「何も考えずに、食材だけを買ってきたと」

 その言葉を聞くやいなや、予め用意していたのかシェイカーらしきものを持ち、リビングへ向かうミリオンさん、少しミーシャさんと世間話らしい世間話をして不思議がられていたが、不思議な事は何もやっていない。

 だからこそ不思議な事をしかけているのだろう、ミリオンさんが戻ってくるやいなや、何かを吐き出すような音と共に、ミーシャさんの罵声が聞こえてくる、やっている事は酷く老獪ろうかいきわまる様だが、これが恐らく彼ら兄妹の関係性の良好さを示しているのだろう、少しだけだが、羨ましく思う。

 自らがそうなろうとしていない所為もあるが、武蔵君と、彼と、このような関係性になれるとは思えないからだ、彼とはどこまで行っても小さい頃からの昔馴染みで、今は友人それだけなのだから。

 私が一歩進めばいいだけなのかもしれない、彼が私に対して一歩進んだ感情を持つだけでいいのかもしれない、だが私達二人にはそれができない、だって当たり前だ、昔馴染みで今は友人という関係性に満足してしまっている、決して相容れない二人がそうなっているのだから、私達は…、それ以上を求めはしないのだ。

「うちは?」

「あぁ、すみません、少し考え事をしていました」

「考え事って?僕にも話せる内容なら、話してみて欲しい」

 そう言われると少しだけ、恥ずかしく思う、言ってしまえば家族でも無い者が、家族と言う関係性に憧れているという話だ、自分の家族でやってくれと言う話だ、私は武蔵君の家とは違い家族仲は良好で、実家に帰ればこのようにではないかもしれないが暖かく迎えてくれるであろう。では何故私は、彼らの光景に憧れを抱くのであろうかと少し考え、その答えはすぐに降ってくる。

「兄妹が羨ましいなって、少し思いました」

「?妹が欲しいの?あげる事が出来るのなら、あげたいくらいだよ」

「いえ、妹でも弟でも、兄でも姉でも、何か気兼ねなく物事を行える相手が居るというのは、居ない者からすると少しだけ、羨ましく感じたんです」

「それは…、ちょっと嫌味な言い方になっちゃったね、申し訳ない」

「いえいえ、いいんです。それよりも早く料理を完成させましょう、そうしないとミーシャさんにまた文句を言われてしまいますよ?」

 その言葉を聞き、自分のやった事を思い起こし後で、何をされるのか悟ったのか、それとも悟ってはいないが、自分がろくな目に合わないという事を想起させたのか、少し苦笑いになるミリオンさんを見てやはり私はこう思う。

 少しだ、本当に少しだけだけど、羨ましいなぁと。


 ―コツンコツン―と野菜を切る音や、―ジュワァ―というお肉を焼く音で充満する台所を前にして、互いが互いに頼まれた事を淡々とこなしていく、そこに会話という物は産まれなく、ただただ目の前の作業を一つ一つ終わらせていく。

 リビングの方からは、不気味な笑い声が木霊こだましてくるのに、耐えきれなくなったのか先に口を開いたのは、ミリオンさんの方だった。

「少し作業中だけれど、いいかい?」

「構いませんよ、余程平常心を乱されるような事を、口にしなければ」

「君の和泉一文字についてなんだけれど…」

「それは…、少し包丁を使う手が速くなるか、私の左手がボロボロになるかもしれませんね」

「やめとくかい?」

 否、ここで聞かないのは、勿体ない。少なくても武蔵君の前では聞かせたくない話だ、私の刀が仮にだが、仮にもし彼が使うに値しないレベルのみすぼらしい刀であったとしても、彼は私が打った刀を使い続けるであろう、それが私との約束だから…。

 しかしそれが私から打ち直したいというのであれば、話しは別だろう、その場合であれば彼は快く私の提案を受け入れてくれるであろうから、だからこそ彼には聞かれたくない、もうすぐ剣聖祭予選が始まる。打ち直すとしても時間が無い、であれば今日聞くしかない、そしてそのチャンスは彼がミーシャさんと何か話し合っている今しかないのだろう。

「いえ、お聞かせください、私の刀は端的に見てどう思う出来だったでしょうか?」

 その言葉を聞き彼は一度、火を止めこちらに向き直る。だからこそ私も手に持つ包丁を置く、ミリオンさんがこちらを見て話してくれると言っているのだ、ならば私も正面を向き話を聞くのが礼儀という物だろう。

「じゃあまずは客観的に見て」

「はい、どうだったでしょうか?」

 客観的に見てと言う事は、ミリオンさん個人として見た場合少し思う所があるという事か…、しかし後ろを向いている暇は無い、それが解決可能である内容であれば今日からでもそれにあたる、学園から出た後のswordは基本的に学園に仕舞われる、そして鍛冶師だけは寮内に鍛冶場で、swordの調整をする事が可能だ。まぁswordを使っている本人の了承や、そもそもswordを生み出す等と言った事は、もっとちゃんとした施設がある場所、例えばあの時、ミーシャさんや武蔵君と偶々出会ったsword販売店の様な場所にいく必要性はあるが…。

 基本的にと言ったのは、それに捕らわれない人が居るから。例を挙げてしまえば私や、ミリオンさんと言った人達だろう。基本的学生の身分であるからして、相当な腕が無ければ一からswordを生み出すと言った事は容易ではない、プロだとしても市販品をお抱えの鍛冶師に改造してもらう人も居るぐらいだ、その位本来実践足りうるswordを生み出すというのは難しい事なのだが、ミリオンさんや、私の様に出来てしまう人間もいる。そう言った自らが生み出した物に関しては、作った本人に所有権がある。だからこそ、その気になれば武蔵君の了承も無しにswordの設定を変える事も可能だ。

「客観的に見れば、大した知識も無い人が見ても、知識ある人が見ても大した刀だよ、うちはの刀は」

「本当ですか?ミーシャさんを優位づける為の方便ではなく?」

「そんな嘘は、元剣舞ソードダンスプレイヤーとしても吐かないよ」

 意外だ、ミリオンさんが剣舞の競技者だったなんて、あの鍛冶師として生み出したswordを見ても、私と同じように始めからswordを作っている人間だとばかり思っていた、ミーシャさんという圧倒的な実力を前にして剣舞という競技を辞めてしまったのだろうか?それは流石に今聞くところでは無いのは確かか…。

「それは…ありがたい限りです」

「それに、ミーシャは自分がボコボコにされる事を望んでいるんだ、そうなるかどうかは置いておいてね」

 ミーシャさんからは何処か、自分を破滅に持って行って欲しいという願望が見え隠れしている様な気がする、だからこそ本来は敵であるはずの武蔵君の特訓にも付き合っている、絶対に勝ちたいと思う人間がする事にしては、少し違和感を覚える。

 負けたいと思っている訳ではない、限界まで追い詰められて勝ちたいのではないかとそう思う。

「確かに、少なくてもミーシャさんが負けている姿は、私には想像できません」

「そうかい?昔のミーシャは今以上に弱くて、よく僕に負けていたよ」

「そうなんですか!?」

 冗談だろうか?少なくても本当の事とは、思えないミーシャさんが弱くて、しかも負けている姿なんて想像できない。

 だからこそ私は口に出してしまう、失礼に当たるかもしれない、私が今日話したばかりの人間だからこそこういう話をしているのかもしれない、だけれどもそれが嘘であれば、冗談であるのであれば、私はミリオンさんに苛立ちを向けずにはいられない、だって武蔵君を倒した人間なのだ、あの負ける事を辞めた武蔵君を…、だからこそ問う。

「それは、冗談で言っているんですか?」

 冗談っぽく言えただろうか?苛立ちを隠せただろうか?否、恐らく隠せていない、何故ならば彼は私の瞳を見てポカンと口を開けたまま動こうとしない、どれだけ取りつくろう事が出来たとしても自分自身の心である、瞳を自分自身があざむく事は出来ないのだろう。

 失敗した、心からそう思う。もう少し冷静に取り繕う事ができればと後悔しても、もう遅いと思った矢先の事であった、ミリオンさんは信じられない事を堂々と告げる。

「本当だよ、僕は剣舞を辞めるその時まで、ミーシャより強かった、これは確かだよ」

 これでは、認めるしかない、ミリオンさんが彼の瞳がこれは本当だと言っている、嘘等ない、だが少しの後悔と嫉妬が入り混じった瞳で私をじっと見る。

「すいません、ちょっと出すぎた真似をしました」

「いいよいいよ、嘘だと思われるというのは知っていたから」

 ミリオンさんは少し遠くを見るような顔でこう続ける。

「そうか、ミーシャはもうそこまで行ったのか…」

 今度は瞳は見えない、けれどもどこか嫉妬を感じる声でミリオンさんは呟く、その時私は悔やむ、悔やんでも悔やみきれない程に悔やむ、普通剣舞を続ける者にとって、剣舞を続けられなくなるという事は酷く悔しい事の筈だ、それを私は掘り起こし、あまつさえ否定しようとした。

「ごめんなさい、折角刀まで見てもらったのに、こんな事を言ってしまって」

「んーや、気にしていないよ、どの道今のミーシャを見る限り、何時かは負けていたさ」

 これは恐らく、本心だろう。ミリオンさんが何時まで剣舞を続けていたのかはわからないが、どれ程の怪我をしたとしても、それでも剣舞を続けようと思いさえすれば、趣味レベルであれば続けられたかもしれない、けれどそれもやらずに今、ミーシャさんのサポートに徹するというのは、どこかでなにかを見て区切りを付けられたのだろう。

「あっ、今の話。ミーシャには内緒ね、今のミーシャには勝てないなんて話を僕がしたなんて、言ったらミーシャは一週間怒鳴り散らかすか、一週間口を一切聞いてくれないかのどっちかだと思うから」

 そんなミーシャさんは見て見たいというのと同時に、これ以上ミリオンさんに重荷を背負わせない為にそんな事は絶対に言わないと誓いの言葉を出す。

「大丈夫です、絶対に言いませんよ、何なら日本の伝統の約束をしますか?」

「なんだいそれは?是非しようじゃないか」

 そうして私とミリオンさんは日本の伝統、小指を握り合い行う指切りげんまんを行う、途中で「本当にやるのかい?」と心配されるが、その言葉には「まさか、しませんよ」と返して置いた、言った後に思うが嘘を吐かない様に互いの小指を斬り落とし、嘘をもし吐いたら針千本飲ますとは幾らなんでも猟奇的りょうきてきではないかとその時の私は思った。


「無駄話をし過ぎたね…、本題に移ろう」

「そうですね、客観的ではなく、ミリオンさんが視た違和感を教えてください」

 ミリオンさんは少し顎に手を当て考える、まるで信じられないという風に考えたのか、一つの疑問を投げかけてくる。

「一つだけ聞かせて欲しい、うちはは、どこまで武蔵の事を知っていたんだ?」

「すいません、質問の意図が分かりかねます、武蔵君の事は基本的にはなんでも知っていますよ」

 するとミリオンさんは質問の仕方が悪かったと、一度咳払いをし、改めて質問を投げかける。

「すまないね、でもこればかりは疑問に思うことしかできないんだ」

 そこまであの刀に特別な事はしていない筈なのだが…、それ程の疑問を覚える程のミスを私は気づかずに犯しているというのだろうか?ゴクリと固唾を呑み込みながら構える。

「刀を見せてもらった瞬間にわかった、うちは程の刀鍛冶はそうは居ないであろうと思った、けれどそんなとても凄いうちはが、普通ではありえない筈のミスをしている、だからこそ僕はこう考えたんだ…」

 そこまで褒められると少し、背中がむず痒くなってしまうが、そう思わせた程の刀を見せて、私はどの程度のミスをしているというのだろう?

「これはミスでは無く、これこそが仕様通りの形なのではなかろうかと」

 その言葉を聞いた瞬間に私は気づいてしまった、私はミスなどしていなかったのだと、人に見せておいて考える、確かに鍛冶師であればアレはあり得ない事だったから。

「何故あれほどの完璧な属性防御に対して、攻撃属性の乗りが異常に悪くなっているんだい?」

 やはりそれか、だがこれには一つだけ理由がある。

「それはですね…、武蔵君のブレインが無くなった事で流派に走るのではないかと思って…」

「それは嘘だね」

「わかっちゃいますか?」

 苦し紛れにしては上手い嘘を吐けたと思ったのだが、流石にミーシャさん専属の鍛冶師、そしてあのクラウ・ソラスという怪物を打った張本人、騙せる訳がなかった。

「ミーシャから武蔵の事は大体聞いているよ、学園を辞めたがっていたとか…、《無神むしん》とかね…」

「っ……」

 やはり全てお見通しらしい、流石だ。拍手を送りたいが、この場合は拍手を送る訳にはいかない。

「うちは、君は…、《無神》を知っていたね」

「そうですね、知ってはいました、その後の事は話さなくても大丈夫です、そしてその問いに、私は答える事ができません」

 ミリオンさんの言いたい事はこうだろう、何故、《無神》という異常なブレインに最高に適した刀を打てたのか、何故武蔵君ですら知りえなかった、ダブルブレインの事を知っているのか…、まぁこんな所であろう。

「すいません、見てもらったのに…でもどうしてもそれだけは答えられないんです、私と武蔵君の為にも」

「分かった聞かないよ、でもいつか聞かせて欲しいかな、うちは、君の信頼を得られた時に…、さ」

「そうしてくれると助かります」

「さぁ、作ってしまおう、腹をすかせた剣士様がそろそろ文句を言ってくる頃合いだ」

 まるで未来を察知していたかの様に、その言葉に合わせて一つ声が、この部屋を木霊する。

「ミリオン、ご飯まだぁ?」

 また私達が居る事を忘れているような声で、そう本当に年相応の少女らしい声で、腹を空かせた神童と呼ばれた少女が待ち望んでいる、ならばこちらが誇る天才もご飯をお待ちかねだろう、折角戦いたくないという苦悩を越え4連勝もしたのだ。

 腕を振るって今日は、豪勢な夕食にしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る