第五話 誓い(上)
―剣聖祭予選演習試合4日目―
今日という日を私は、数年と感じる程長い年月を待っていた気がする。
長らく待っていた所為か、それともピクニックに行く子供の様だったのか、私は目覚ましよりも少し早く目が覚める。
―♪―
酷く劣化した目覚ましの音が鳴った瞬間に、目覚ましを切る。
どれ程待ち望んだであろうか、今日は芽生との
「その笑い方…、止めなって、ふぁあ」
「あら、ミリオン起きたの。珍しい事もあるのね」
「その笑い声を聞いたら、嫌でも起きるよ」
そんなに私の笑い方は変なのであろうか?それは自分でもわからないが、でもまぁミリオンがそういうのであれば、何か変な特徴でもあるのであろう。
「でもしょうがないじゃない?だって久しぶりに全力で戦える相手が居るのよ?」
「へぇー?誰なの?」
「
「剣ヶ丘…、あぁあのミーシャが憧れている人の妹か…」
意外だ、ミリオンが誰かの事を事前に知っているだなんて、そういうのにはてっきり疎いモノかと思っていたのだが、実際はそうでもないらしい。
「知っているの?」
「まぁ剣ヶ丘
「まぁ武蔵といい勝負をしていたから、出せるかもしれないっていう可能性の話よ」
実際戦うまでは、わからない。本当に本気で全力を出して戦う事の出来る相手なのか、それとも今まで戦ってきた人間同様、そもそも勝負にすらならないかもしれない。そういう可能性だってまだ存在はする、けれど…。
「恐らくは全力で戦えるわ、まぁ勝つのは私だけど」
「そう思えるぐらいの相手ではあるという事か……、なら少しだけアドバイスを出して置こう」
アドバイス?また余計な縛りの間違いではないのか?昨日の完全な能力、流派の不使用も元はと言えば、ミリオンのアドバイスと言う名の縛りから来ている、だから今回も余計な縛りを持って戦わされるのかと思っていたが、今回はどうも違うらしい。
「《
「珍しいわね、ミリオンがまともなアドバイスをくれるだなんて」
「僕のアドバイスがまともじゃないみたいな言い方はやめてくれるかな?」
「実際その通りでしょ?」
私の為だと言って余計な縛りを持ってきただけだったミリオンが、いきなり普通のアドバイスをくれる、変だと言われてもおかしくない行動をしてきたのはミリオン本人の責任だろうに、まぁそんな事はどうでも良い。腹が減っては戦は出来ぬという言葉があるように今は、次なる戦いに備えて英気を養うとしよう。
精神を統一し、己が剣クラウ・ソラスを手に持つ、少なくても相手は武蔵を倒した相手、油断はできない、だがやはりクックックと笑いを堪えずにはいられない、どれ程の強敵を前にしてもそうだ、私は剣舞を愛している。人殺しの模倣を愛している歪な人間だ。だけれど人に殺されそうになる感覚こそが自分にとっては生きている心地がするから、だから私は懲りずに剣を握るのだろう。
―予選会場―
ここまでの4日同様、今まで稽古してきた模擬戦場とは違う会場に一歩ずつ歩みを踏みしめて向かう。一人会場で
「どうしたのかしら?武蔵」
「いや、剣ヶ丘先輩と戦うって事だから、奮い立ちすぎてないかと思ったんだけど…、大丈夫そうだね」
「私を誰だと思っているの?貴方を倒したミーシャ・アーサーよ?精神もコントロールできない軟弱者ではないわ」
「じゃあ、アップを終えた俺が来たのも余計なお世話だったかな?」
そんな事は無い、武蔵の顔を見ると不思議と心が落ち着く、まるで実家に居るような、ママに抱かれているようなそんな安心感がある。何故だろうか?と考えるのはまた今度でいい、今は剣舞の事だけを考えていたい。
「えぇ、余計なお世話よ。ここに来て私に構ってくれるぐらいなら、少しでも自分が負けないように策を練りなさい」
「そこまで言う?まあいいや頑張ってね、ミーシャ」
「言われるまでも無いわ、そっちこそ頑張ってよね、武蔵」
そう告げると同時に彼はこの会場を後にする、それと同時に開始の時刻が近づいてきたのであろう、彼と入れ替わりの様に生徒や観客が入ってくる、流石に
そして会場から聞こえてくる、物音とは別にコツン、コツンとゆっくり近づいてくる足音を聞き、振り返る。
「待っていたわ、さぁ始めましょうか、芽生」
「望む所だ、アーサー!」
「クラウ・ソラス」
「
開始時間になり芽生が抜刀し自分の太刀の銘を告げると同時にカウントダウンが始まる。
―3
漸く戦える。
―2
全力で戦っても、文句の言われない相手と。
―1
戦う事が出来る事に感謝して。
―0
始めから全開で行く!
「プロミネンス!」
開幕からの全開の一撃、まずはこれを防いでくれないと、話しにならない。
「《
水を纏った斬撃と、私のプロミネンスのぶつかり合い、これに勝ち負けは無く互いに相殺し合って消えるだけだ。
「よかったわ、これで終わってくれなくてっ」
全力で首元を狙う。どれだけ死なないと分かっていても人は急所を攻撃された時、防御に徹する。だからその隙を突いて。
「甘く見られたものだな…」
居合の態勢に入り真っ向から勝負する気か?だけれど、言っておくが私にはそれを対策する為のブレインがあるのを忘れているのではないか?
「《
ブレインを発動しようとした瞬間その判断を
「開花」
その言葉と同時に芽生を覆うように何重にも重なった飛ぶ斬撃がこちらを狙い、横殴りの雨の様に降りかかってくる。
しかしただそれだけだ、一個一個が武蔵が放つ疾風の如く速い訳でも、私のプロミネンスの如く凄まじい威力の一撃と言う訳でもない。
しかしこの質より量と言うより、間合いに入った者に無差別に攻撃を行う連続の居合これには少し、否実際に目で確認した事は一度も無い、だけれども、この目で何度も見た攻撃だ。
「狂い桜…、居合…」
「なんだ、知っていたのかアーサー」
「そりゃあ、小さい頃に録画データが壊れる程、何度も見た事を覚えているわ…」
「それは姉さんに聞かせたら、喜ぶだろう。あとで教えとくよ」
余計なお気遣いどうもと言う気力も無い、今の今まで武蔵と同格と思っていたが、私との相性を考えると武蔵よりも強いかもしれない…。
「ごめんなさい、正直貴方の事、舐めてたわ」
「その口ぶりから察するに、今は舐めてないと?」
「そうね、でも今は…」
その最後の言葉は口に出す必要は無い。なぜならば行動でそう示せばいい。
「プロミネンス!」
大きな弧を描く炎の塊を芽生目掛け飛ばしてみる、その居合を解除するのかそれとも…。
「《斬撃支配・開花》」
居合のままかならば。
プロミネンスを打ち消すのにコンマ何秒かかるかは知らないが、狙ってみるのであればここであろう。
―キィィイイン―
刃と刃が交差し
これも防ぐとなるとこちらも打てる手が減りつつある、けれど恐らく芽生が打てる手よりはこちらの手の方が豊富であろうから、こちらから先制攻撃をしかける。
鍔迫り合いの状態から、力ずくで無理やり押し込もうとするが、基本である肉体強化をはっきりと理解している芽生には特に意味のない行動だったかもしれない。
ならばプランBだ、鍔迫り合いを解除し、しかし再び納刀できないように、何度も、何度も攻撃を畳みかけるこれであれば、開花は使えまいと踏んでいたのだがそうでもないようだ。
「イン・ネティブル」
「開花!」
回避不可能の連続攻撃を抜刀した状態のまま完全なるカウンターをし続ける、今度は《斬撃支配》が乗っていないという事を考えるに。
《斬撃支配》を乗せた開花は納刀状態でしかできないという事か、と言っても芽生にこれ以上の選択肢は無いのだろう、開花というカウンターに《斬撃支配》を乗せた一撃が通らなかった以上、これから芽生が有利になる展開は無い。
「諦めるか…、アァァーサァー!」
一度体制を整える為に、一度間合いを離した瞬間であった。
「《斬撃支配・開花》!」
本来カウンター技である筈の開花を攻撃技として撃ってくる。
残念だわ、芽生。本当に残念だわ。
「やっぱり同じ技は習得出来ても、思考までは習得できないのね」
「なにが!」
無数に迫る斬撃を目の前にしても、私は冷静で居られる。確かにアドバイス通りだ、早くに《
「《強制》…」
酷く冷酷な口調でそう告げる、審判の結果を告げるように冷静でいて、他人事のように。
「芽生…、その使い方は間違っているわ『元の使用法に戻しなさい』」
そう告げた時には既に勝負は決していた。
「プロミネンス」
「なっ!?」
いきなり自分の技が放てなくなったのだ、その
「っく、《斬撃支配・水》!!」
最初同様に相殺され、その場には大きな炎の塊も、水の斬撃も残らない、そう何も残らないのだ。私の姿も……。
その視界になっている事を確信した。だからこそ芽生にこの言葉を送る。
「跪きなさい、私こそが
自分の出せる最速の速度で、芽生の後ろに回り込む。
まだ芽生は私が既に後ろを取っている事を認識していない、認識するまで待ってもいいが、これでは武蔵の試合に遅れてしまう可能性もある。
「プロミネンス・クロス!」
「ガッッ」
左右両方に斬り払い、同時に2発放つプロミネンスを、ゼロ距離で芽生に直撃させるこれでも立ち上がれるなら、今度はゼロ距離でコロナ・バーストをお見舞いするだけの事よ。
「さて?どうかしら、まだ立てる?芽生…」
「………」
立てないわよね、そこまで派手に
「医療班!」
芽生がめり込んだ壁から、力なく落ちてくる。我ながら全力で戦い過ぎてしまったかもしれない、反省しなくてはと思いながらクラウ・ソラスを背中に装着しその場を後にしようとしたその時であった。
「まだ…、終わっていない……」
聞こえる筈の無い声が聞こえる、もう意識は飛んでいたはずだ、力なく地面に落下していたはずだ。動ける筈がないと自分に言い聞かせながら後ろを振り返ると…。
ふらふらになりながらもこちらを射殺すのではない位の瞳でこちらを見続ける芽生が居る、まだまだ自分はやれると言わんばかりに、まだ負けていないと言わんばかりに。
だから私はこうする事にした、友人に駆け寄るような感覚で、といってもおかしい話だ。自分がボコボコにした人間にこういう言葉をかけるなんて、相手からしたら嫌味以外の何物でもないだろうけど、この言葉だけは伝えたかった。
「楽しかったわ…、この続きは剣聖祭でやりましょう」
「……、本当に、生意気なや……っ……」
言葉を言い切る前に、芽生は意識から手を離す。本当に武蔵とは違う意味でこれからの成長が楽しみだ。
医療班に運ばれていく、芽生を見て改めてそう思った。
―別の予選会場―
控え室で着替えを終えて、武蔵の試合が行われる、私が戦った場所とはまた違う予選会場へと入る。私の時と比べて人数は少ないがそれでも決してガラガラと言う訳では無くどこに座ろうかと迷っていると遠くの方から声がかかる。
「おーい、神童―」
開花学園長が手を振りこっちだ、こっちと言うかのように言われ、折角憧れである開花に呼ばれているので、そのご厚意に甘えて彼女の隣に座る事にした。
「その神童って呼ばれ方、余り好きじゃないからやめてくれる?」
「そうか?まぁいいだろ、で?どうだった?私の自慢の妹は」
「まぁ将来が期待できる逸材なんじゃないかしら」
「おぉー、神童にそう言われるとは芽生も成長したものだ、昔はあんなによわっち勝ったのになぁー」
そうすると過去を思い
まぁ姉妹であるならば、それも仕方の無い事かもしれないと思っていると、恐らく武蔵の刀の最終調整を終えて観客席に戻ってきたのであろう、うちはを見つけ手を振る。するとうちはは、こちらの意を察したのか歩いてきて私達が座る席の前に座る。
「隣に座らないの?」
「流石に学園長の隣はちょっと…」
「そう…、それで武蔵はどんな感じ?」
「今は精神を集中させていると思いますね」
まぁ剣士が剣舞前にやる事と言えばそれ位しかやる事はないだろうか…、まぁ隣の誰にも聞かれていないのに妹の話をし続ける開花の様に、試合前にも関わらず妹に電話をして精神の安定を図る人間もいるには居るのだろうが、それも言ってしまえば一つの集中の仕方である。
「ところで」
いきなり妹の話を辞めると、きりっとした声になりこちらに質問をする。漸く聞かれていない事に気づいたのか。それとも単に自分の興味が別の方向に向いただけなのか、それはわからない。
「神童お前から見て、劣化した元剣聖はどうなんだ?」
「どうなんだと言われても、何を差しているのかで回答は変わるわ」
単純な剣術だけであれば、流派を獲得した事で更に磨きがかかっているだろうし、ブレインも《
そういう意味を込めて私は聞き返したつもりだが、開花はその答えを聞くとケラケラと笑いだす、私が言えた事ではないが何とも気味の悪い笑い方だ。
「お前が元剣聖にどれだけ期待しているのかは分かったよ」
ケラケラと笑いながらそう答える、今の私の返答でそんな事が分かるのだろうか?いや分かるか、期待等していなければ回答が変わるなんて答えはしない。
「自分の称号を奪った神童の期待を、一身に背負う元剣聖……ね、いいじゃないか私もこれからが少し楽しみだ」
場内のアナウンスが始まる、私と武蔵が初めて戦った時の様に剣聖祭予選の予行演習と言う事で実況も入るようだ、まぁ私からしたら在っても無くても構わないのだが、これで観客の盛り上がりも増えるのであれば、実施するべきなのだろう。
そして今一度あの日見た勝負の続きと言わんばかりに、剣聖の称号を持っていた者・東雲武蔵と、その元剣聖に良く突っかかる男・織田信辰の勝負が今始まろうとしていた。
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