第四話 神童たる所以(下)
私の目の前で豪快に吹き飛ばされ倒れる芽生、なぜこのような状況になっているのだろうか?いや正しくは何故ここまでしてしまったのだろうか?なのだが…、それを語るにはもう少し時間が必要だ。
―6月某日―
いつも通りの退屈な座学を右耳から左耳へと聞き流す、今の授業は現代社会、こんなものが何の役に立つというのか、少なくてもここ数十年、世界は
「~であるからして、ここを……、ミーシャさん答えなさい」
「えっ」
「おいおい、幾ら今の時点でプロも内定できるような、人間でも一般教養位はないと内定も取り消されるかもしれんぞ?」
すると隣に座る、武蔵がワザとらしく咳払いをし、ノートをこちらに見せている、成程これが答えという訳か…。こういう事もあるのだったら、しっかり話は聞いておかなければとは思いはするが、思うだけだ。実の所私はどうしようもなくダメ人間であるらしく、剣舞以外の事となると急激にやる気が無くなる、これでは兄と同じだ、何とかしなくては…。
そんな事を思っている内に帰りのHRの時間になる、この時間になるとどうしようもなく眠たくなる。
「~~~、なので、~~~ください」
担任が言っている事も、よく聞かずに私は夢の中へと入り込む。自分の都合の良い事が起きない夢の中へ。
「……シャ、…―シャ、ミーシャ!」
「何?ママ、まだ学校の時間じゃないわよ……むにゃむにゃ」
何処からかはわからないが、私を呼ぶ声がする、どうせママだろうからテキトーにあしらって、再び夢の中へと思った瞬間だった。
「起きてください、ミーシャさん」
んん!?明らかにママじゃない声がする、どこか暖かさを感じる声色だが、その内面は少し怒っている様な気もする。嫌な予感からくる冷や汗を何とか引っ込めさせ、目を開く、そこ居たのは…。
「うちは?」
「そうですよ、私は貴方の母親ではありませんよ」
その言葉を聞いた瞬間、顔が真っ赤になる。自分は何を口走ったのだろうかと考える、自分は彼女の事をママと勘違いして答えたのだろうか?いやそれはない確かにミーシャと呼ばれたはずだ、ならば一体誰が?
「ミーシャさん、今日は貴方から稽古の約束を取り付けた筈なのに、どうして寝ているんですか?」
「ヒッ」
少し怒りを含んだ声に、思わず
「武蔵、怒ってた?」
「いいえ、全然怒っていませんでしたよ」
それならば少し安心するが、けれどあの寝言は武蔵に聞かれてしまっていたのであろう、そう考えるとまた顔が熱くなるが、この熱が冷める事はないであろうから、私は荷物を
走り、走り続け、武蔵の元へと着く前にどうにかこの顔の熱を取ろうとする、この顔の熱は何故冷めないのだろうか?ただただ恥ずかしいだけならば気持ちを切り替えればいいだけの筈だが、なんとか
―模擬戦場―
しかしその顔の熱さもswordを持った瞬間に薄れていく、理由はわからないが、でもミリオンにも言われた事だ、最近は雑念が多い、だから今一度精神統一をする。大丈夫だ、
「ごめんなさい、待たせたわね」
「あぁ、ミーシャかいいや全然待っていないよ、それで試したい事って?」
「対して試したい事は無いのよ、でも一つだけ気になることがあったの」
「気になっている事?」
武蔵は良くわかっていない顔をしているが、貴方の事なのだから、すぐに自分の事だと察してほしいのだけど、この鈍さも貴方の美点なのかもしれないわねと思っていると、彼の口から思いがけない言葉が出てくる。
「ミーシャの新技?」
どうしたら、私の新技を貴方で試さなくてはならないのか…、まぁ武蔵が言っている事も嘘ではない、新技はミリオンと話して考案はしているが。今回は違う。
「違うわよ、なんで期待している武蔵に新技を正面から見せないといけない訳?」
「それもそうか、てっきり剣聖祭予選の演習の為に何か最終調整するのかと思ったんだけど…」
待って?剣聖祭予選の演習?なんだ?その話は全く知らない。そんなものがあったのか?そういえば帰りのHRの時に担任がそんな事を言っていた気もしなくもないが流石に情報量が少なすぎるので、武蔵に説明を求める。
「武蔵、ごめんなさい。剣聖祭予選の演習って何?」
「えっ?今日の……、あぁー、そういえばミーシャは夢の中だったね」
その言葉を言われた瞬間、再び顔に火が灯るように真っ赤になってしまう、出来る限り思い出したくないというのに、この人って奴はーっと思考が、乱れに乱れるが、今はそれより考えないといけない事がある、雑念を振り払い今一度武蔵に聞く。
「それで?剣聖祭の演習って何なのかしら?」
「なんで眠っていて、聞き逃したのにそんな上からなの?それと予選の演習ね」
「どっちでも変わらないでしょ?」
「変わるよ、そもそもの話として予選はリーグ戦、本選はトーナメント形式それはわかってる?」
「馬鹿にしないで、勿論わかっているわよ」
全く知らなかったが問題は無い、どうであっても負けるつもり等一切無いのだから、たかが対戦回数に誤差があるだけだ。ならば何も問題は無い。
「それなら、良いけど……、本選はトーナメントだから言わずもがなだけど、予選は剣ヶ丘学園内だけで行われる10人一組のリーグ戦だから1年生とか、それこそミーシャみたいな転校生がリーグ戦に慣れる為に、その半分の5人一組のリーグ戦が来週からの一週間行われるんだよ」
成程それは、確かに予選の形式を知らない私からしたら大変ありがたい事だ、だがそれは詰まる所、本番を前に手の内を明かすという事にも繋がるのではないだろうか?
「貴方のダブルブレインや
「だから演習なんだよ、演習だから手の内をバラしたくないのなら棄権すればいい、要はただの本番前の手順確認をしているだけだからね」
だからと言って私は一切棄権するつもりは無いが…。まぁ相手が棄権する可能性があるという事だけ覚えておけばいいという話だろう。
それさえ聞ければもう大丈夫だ、さっそく今日の本題に移ろう、貴方の我流東雲・居合の疾風は《
「それじゃあ武蔵、刀を抜きなさい」
「いきなり?」
いきなりでも何でもない、もう私は今日剣を握った時から既に準備は出来ている、それを剣聖祭予選の予行演習の話が出てきて少し話題がそれただけだ。元々の本題はこちらの武蔵があの芽生との勝負を終えてどこまで成長しているかの確認だ。
「さぁ打ってきなさい、我流東雲・居合、疾風を」
「わかった、行くよ!」
居合の態勢に入る、ぎこちなさも感じない相変わらず綺麗な居合の姿勢、剣舞という競技が芸術点を競う競技であれば、私は彼に手も足もでずに負けているだろう。だがこれは殺し合いの再現、一撃を防ぎ、防げなくてもカウンターを食らわせて、相手よりより強い一撃で潰せば勝ちという勝負。
だから…。
「我流東雲・居合」
来る!前までと変わらないのであれば、一撃目でも防げる。
けれどもし私が考える速度を
「疾風」
「クッッ」
前までの速度よりも数倍早く感じる、静から動の速度が別物と言えるまでに進化している。
速い!だがそれだけだ、あの時感じた、自分の喉元を噛みつかれるような不気味さは無い。これは《
「二撃目を!」
正面から…。
振り返らずに…。
受け流した時に、与えられた力を利用して…。
攻撃は必ず右肩から左臀部を斬るように来るから…。
だから右肩を守るように剣を背中に回す…。
―キイイイィィィィン―
甲高い音が響き渡る、背後から刃と刃がぶつかり合い、
―シュッ―
そのまま武蔵の首元に剣を向け寸止めする、この勝負は私の勝ちねと言わんばかりに自慢気な顔を武蔵に向け、それを見て武蔵はとても悔しそうな顔をするが、すぐに冷静さを取り戻し刀を鞘に戻す。
「負けたよ」
「当たり前ね、一度見せた技を、もう一度見せて通じると思っているのかしら?」
「ムカッ、あぁそうかい、そのとんでもないインサイドレンジの防御力に免じてこれでも流してあげるよ!」
「『何?ママ、まだ学校の時間じゃないわよ……むにゃむにゃ』」
待って、待って、待って、それは、それは、それはぁぁぁ。
「ごめんなさい、謝るわ、謝るからそれを、止めてぇぇぇぇ」
「本当の事を話してくれたら止めてあげるよ」
本当の事?本当の事って?貴方への期待について?それとも少し前の小テストの点数が人に
「兎に角、謝るわ、だからお願いそれを止めてぇぇぇ」
「えぇー、俺の疾風の感想をしっかりと教えて欲しいなぁー」
グッ、さっきあんな事言った手前、本当の事を言うのは少し恥ずかしい、二撃目は予定通りの防ぎ方をできたが、一撃目はしっかり受け流せるとは思っていなかったなんて、口が裂けても言いたくない、だが「むにゃむにゃ」それでも、「何?ママ」その
「……目は……れよ」
「何?なんて言ったの?」
「だから、一撃目を受け流せたのはまぐれよ!!」
「はい、ありがとう、例え嘘でも嬉しいよ」
その言葉を聞くと、通信データをこちらに送ってきて、武蔵は刀を完全に納刀してこの場を立ち去る。
「じゃあね、ミーシャまた来週。願わくば演習で当たる事を祈っているよ」
「っ、ええまた来週、本当に今度本気で戦うとき憶えておきなさいよ?全力で叩き潰してあげるわ」
「ハハッ、元はと言えば時間になっても寝てるミーシャが悪いんだよ」
その言葉には何一つ文句を言えないが、まぁ彼なりのお茶目であったのだろう、それすらも許してしまう自分がいるのだ、問い詰めるのもここまでとして、来週に備えて私も精々鍛錬をするとしよう。
その日の夜だった、来週の演習試合の相手がメールで送られてきたのは。武蔵は同じリーグには居ない、だけれども楽しめそうな相手は居た。
―剣聖祭予選演習試合一日目―
「よろしく」
「よ、よろしくお願いします!」
一日目は一年生との試合だった、ただまぁ相手の実力の方も一年生と言った感じだったが…。
「プロミネンス」
「キャー」
開始数秒としない内に相手を粉砕するという、なんとも味気の無い試合をしてしまったが、まぁいい。実力が離れすぎて勝負が、勝負にならないなんて事は慣れているし、今までもそうだった、むしろ武蔵という人間が
―剣聖祭予選演習試合二日目―
今日の相手は三年生の男性、三年生であれば全員が全員、芽生クラスとまではいかなくても少しは楽しめると思っていた、だけれど結果は…。
―ガギィィイイン―
剣が宙を舞い突き刺さる、勿論こちらのクラウ・ソラスは無事だ。宙を舞ったのは相手の剣先、武器破壊、これによって勝負は終わった。
「クッ」
「相手にならない、出直してきて」
「なっ、生意気な!」
「本当の事よ」
こちらに何か言いたげな男を後目に会場を後にする。相手にもならない、学園に来てからまともに剣舞を見たのが武蔵と芽生の二人だけだったのが悪かったのだろうか?もっと学園の剣舞レベルを確認して置くべきだったと後悔している自分が居る、少なくても明日の相手はもっと練習となるようにこちらが気を遣わなくては。
―剣聖祭予選演習試合三日目―
同級生の女子と、久しぶりにまともな剣撃をしている。戦っていて気持ちが良い、だが少なくても相手には申し訳ない事をしているなという自覚はある。接戦に見えて、この戦いは酷く一方的だ、何せやっている事は相手に対する公開処刑となんら変わる事は無い。
相手は全力を出しているのにも関わらず、こちらは流派であるアーサー家相伝も、ブレインの一つも使っていない。いわばプロメテウスの肉体強化と属性攻撃のみで戦っている現状だ、それなのにも関わらず相手は私を追い詰めるどころか、逆にジリジリと追い詰められている。
でも仕方がないじゃない、こうでもしないと練習にすらならないのだから、相手もそれが分かっているのであろう、だから自分と私の違いは何処かを探すために、どれだけ一番上と離れているのかを確認するために、悔し涙を流しながらそれでもと食らいついてくる。だから彼女には最大限の敬意を払おう、私の最高の一撃を持って、
「アーサー家相伝…奥義……コロナッ…・バーストッ!」
その一撃は彼女には余りにも大きすぎたのか、大きく吹き飛ばされて地面にへたり、立ち上がる事は無い。同級生の女生徒に近づく、一歩ずつ、一歩ずつ、そして手を伸ばす。彼女はこちらを見はするものの、手を握ろうとはしない、それ程悔しかったのであろう、だからこそ彼女にはこの手を取り、この言葉を受け取る義務がある。
「手を」
渋々ながら彼女は手を掴む、その座りこんだ体を起こし彼女を立たせ、私は膝を付く。
「貴方に最大限の謝罪と賛辞を…」
「何のつもり?」
「私は貴方に対してとても許されざる行為をしたわ、そして貴方はそんな私に敗れかかってもなお、前を向き続けた。普通に出来る事ではないわ、だから胸を張りなさい。貴方はこれから剣聖祭優勝まで勝ち上がる人間を前にしても一歩も諦めなかったと」
その言葉を聞くと、いたたまれなくなってしまったのか、それとも本当に私にやられた行為が辛かったのか、走り去ってしまう。良かった出力を抑えたとは言え、奥義。立てなくなっていたら、流石に私が私を許さないだろう。だけれど良かった彼女が歩き出してくれて、そして彼女が練習相手になってくれたお蔭で、私は…、明日全力で芽生と戦える。
第四話 完
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