第四話 神童たる所以(中)

 私は特別優れた剣士では無い、心からそう思う。

 もしこの言葉を聞いた剣士が居たら、それは違うと言うのだろう、例えば武蔵であったら、「君程優れた剣士は居ない、の間違いじゃない?」と訂正を求められるのだろう、だがこれは真実だ。私は弱い、例え今どれ程剣舞ソードダンスで勝利を重ねても、一度も勝つことができない人間だっているのだから、相手がプロだから勝てなかったという訳ではない。私は相手がプロでも負けるつもりは無いし、事実勝敗で言えば私はプロ相手でも勝った数の方が、多いであろう。

 そんな私だけれど勝てない人間が居る、それは誰か?答えてしまうのは簡単だ、けれど今は少しだけほんの少しだけでいい、私の大事な記憶を掘り起こしてみよう。それこそ彼のブレインの様に当たり前の事をするだけだ、過去を思い出す。もう二度と変えられない過去を思い出す。


「ミーシャ?swordは持ったの?」

「もう、ママったらミーシャを何歳だと思っているの?ちゃんと持ったわよ!」

「まだ5歳でしょ……、じゃあ、これは?」

「あぁー、お弁当!」

 天真爛漫てんしんらんまんな娘で、両親は私を育てるのに大変苦労したのだと思う、まぁそれは今も変わっていない気もするが…、今は関係ないか。

 小さい頃から、剣舞に触れてきた、恐らく近くの子よりも誰よりも早くから。なぜ私がソードダンスに誰よりも早く触れたのかは様々な理由があるが大きく分けて二つある、一つ目は。

「お?ミーシャ今日も一番乗りか?」

「パパ!うん!今日もミーシャが一番だよ!」

「誰よりも強くなるんだもんな、でも残念だが今日は一番乗りじゃないぞ」

「えぇー?誰がミーシャよりも先に、朝いちばんに起きられるように、目覚ましも早くかけたのに」

 アーサー家相伝というとても強いとは言えない、剣舞が出来てから生まれた剣術を指南しているのが、私のパパであったから、誰よりも早く剣を握った。特殊な金属プロメテウスで出来た剣を握る前から、私は何度も剣を振るってきた。

 誰よりも早くから剣を握り、誰よりも遅くまで剣を振るってきた、それは何の為か?別に何の為でもない、自分の隣に剣が在ったから、何より剣を振るっている事が何よりも楽しかったから、私はずっと剣を振るっていた。まだ5歳の少女とは思えない程にマメを作ってきた、しかしその結果も相まってか、私と同じく早めに剣舞を始めた同級生には負けた事無い程の実力もついていた。

 これは無意識だったが、そのころから私の二つ目のブレインがずっと活躍してくれたのだろうと、今こうして思い出しているからこそわかる。

 これが一つ目の理由、そして二つ目の理由は…。


「ミーシャ、遅いぞ」

「お兄ちゃん?なんで?いつもは寝坊ばっかりしている癖に!」

「ミーシャの目覚ましがうるさいからだよ、それに気づかなかったのか?お前が起きた時間はいつも通りの時間だって」

「そんな事無いもん!ミーシャはちゃんと、目覚ましの最初の音で起きたもん!」

「俺が設定し直した目覚ましの、な」

 この時の出来事は今でも、昨日の事の様に思い出せる。私が誰よりも早く稽古場に向かって秘密の特訓をしようと考えていた、それなのにいつもはギリギリに来る兄が既にその場に居たのだ。その理由は至極簡単、妹の計画を壊すべく兄は私の目覚ましで早く起き、私が起きる前に目覚ましを止め、いつも通りの時間に設定して私を起こさないようにしたのだ。そんな事をすれば、どうなるかなんてわかりきっている。

「よくもやってくれたわね!勝負よ」

「へっ、望むところだ!」

「こらこら喧嘩は、やめなさいって」

「「パパは黙ってて」」

「はい……」

 それがこの家族の、強いては、私達兄妹きょうだいの日常だった。何か理由を付けて戦い、戦って勝者が正しいそんな歪んだ喧嘩をしていた。

 私が自分で特別優れているとは言えないのはこの喧嘩に理由がある、それは簡単な事だった。同級生に勝てても、兄には一戦も、一度も、一瞬であっても、勝つことができなかった、だからその日の秘密の特訓も元はと言ってしまえば兄に勝つための特訓だった。

 ―キィン―・―キィィ―ンー

 剣戟がぶつかり合う音が一つの道場内で響き渡る。私は必至な形相で兄に剣撃をお見舞いするのに対し、兄は読めているよ、と言わんばかりに私の剣をいとも容易く受け流す。

「クッ…」

「その程度かい?ミーシャ」

「なめないで、アーサー家相伝!」

「「イン・ネティブル!」」

 全く完成度、同じ制度の不可避の連続攻撃が全く同じ角度から飛んできて、それを全て両者ともに受け流す事しかできない、必ず当てる事を目的としたこの技の唯一の弱点だ。といっても、そう簡単に受け流せるなんて事はないのだけれど。

「ハァ…、ハァ…、やるわね。ミリオン!」

「ミーシャは相変わらず成長出来ていないね」

「なにおぉ?」

 舐められたものだ、私がどれだけミリオンに勝つために特訓してきたかなんてミリオンは知りもしないだろう、だからこそこの一撃は必殺の一撃になると思っていた。

「プロミネンス!!」

 私が考案した、兄に、ミリオンに勝つために編み出そうとしている、一撃。未完成だけれど……、舐め腐ったその顔面に一撃入れる分には丁度よい筈だ。

「アーサー家相伝」

 何か溜めようとしている、でも私のプロミネンスは炎の飛ぶ斬撃、パパが見せてくれたアーサー家相伝の中には飛ぶ斬撃は奥義以外ではパパでも習得するのが難しかったといっていた…。

「クロモスフィア」

 しかない筈だった、しかしミリオンがそれを撃ってきたという事は…。

「キャーー」

「そこまで!」

 未完成ながらも強力な一撃を誇るプロミネンスが打ち負けた?それよりもクロモスフィアって…。

「ミリオン、その技!」

「へへーん、習得しちゃった」

 得意気にこちらにピースを向けてくる、この時悟ったのだ、私はそこまで優れた剣士ではなく。神童・天才こういう言葉を背負うのは兄であるのだと、悔しかった。道場から逃げ出して近くの森に逃げ出してしまう位には悔しかった。でも小さい子が森に入っていい事等一つも無い事もわかっていた。私はいつも来慣きなれている森で迷子になってしまった。


 森で迷子になったら、動いてしまっては更に遭難が悪化する事になる、だから私は動かずにその場にたたずむむ。佇んでパパとママそしてミリオンに謝る、ごめんなさいとこんな娘で申し訳ありませんと何度も謝ったそうしていれば神様が許してしれて、パパとママが見つけてくれるだろうと思っていたから。

 だけれど遭難した人間を簡単に見つける事はできないのだ、そして私は思った以上に奥に入り込んでしまったのか、それとも神は私を見放したのかそれはわからない、けれどわかるのはきっと罰があたったのだろうという事、だからこれはしょうがない事だと思い剣を構える、相対するのは自分の体よりも何倍も大きい熊。

「グァ」

 大きく飛ばされる、剣を振れば斬り落とせるそれ程の代物を手に持っている筈なのに、私はそれを振り下ろせない。怖い、熊が…怖い、自分の手で命を奪うのが…怖い、けれどももう家族に会えないのも…怖い。

 私は意を決する、この熊を殺す事で自分が居るべき場所に戻ると………。

熊を殺しその返り血で真っ赤になった私は、頭がスーッとクリアになり自分が居るべき場所はここじゃないと剣を捨てて必死に元居た場所へと走る、ママが、パパが、ミリオンが居る場所に帰るんだと言わんばかりに走り続けた。


 運よく森の外へ出るとママ達が私を抱きかかえる、でもミリオンが居ない、ミリオンは何処?

「ねぇ、ママ」

「なぁに」

 ママは頭を撫でながら、森に入った事も、熊を殺した事も怒らずに聞いてくれる。

「ミリオンは?」

「ミリオンは貴方を探している間に少し怪我をしちゃったのよ、でも今はいいの…、無事に帰ってきてくれてありがとう、ミーシャ」

 その夜だった、ミリオンが車にかれてもう剣舞は出来ないかもしれないと言われたのは…。

 これが二つ目の理由にして、私が剣舞という競技を辞められない理由。自分より才能のある芽を潰し今は私が競技を続けて、ミリオンはサポートをしてくれている、一時は歩けなくなるかもしれないとまで言われていた、だけれどもミリオンは歩けている、それだけが私にとっての救いだ。

 だから私はこう続ける、私は特別優れた剣士では無いと。なぜなら私より優れた人間を少なくても私自身が知っているから、私が奪った、兄の未来を知っているから。

 それからは、兄の分まで私は頑張った、兄なら上級生にも負けないと分かっているから、負けないように努力してきた、努力は裏切らない、努力した分だけ自分の元へと帰ってくる。ずっと勝ち続けると周りから不平不満が湧くが、それを兄自身が私をかばってくれた、兄自身も勝ち続けた者だからこそ、わかるのだろうか?

 家族全員が私を庇ってくれた、ママは私の同級生の両親の風当たりが強くなっても、パパは自分の家の剣術の生徒が居なくなっても、私を庇い続けた。だから私はそれに応えるようにもっと、もっと強くなると誓いその誓いの通りに勝ち続けた。いつしか誰かから神童と呼ばれるようになり、戦うものが居なくなれば、自分より年下の者には負けないと思っている人間を叩きのめした、年齢が上がるごとに同世代と戦える事は減った。誰かが言った「貴方は天才だから、私達の気持ちなんてわからないよ」そう言われた、確かにわからない、一度叩きのめされただけで、たった一度実力の差を見せつけられただけで、心が折れる人間の気持ちなんてそんなのわかる気もない。だって私はその気持ちを何度も味わい、味わい過ぎて逃げた結果がどうなったかを経験したのだから。


 ―♪♪♪―

 昔から使っている目覚まし時計の音を聞く、酷く劣化が進み元の綺麗な音などもう思い出せない程、古くから使っている目覚まし時計の音を聞いて目を覚ます。

「夢だったのね」

 こんな過去の思い出の夢を見るのは、久しぶりだ。小さい頃は兄への罪悪感で、何度も吐きながら夢を見た。その度兄にお前の所為じゃないと慰められながら。

 ―コポポポ―

 朝食前に紅茶を二つ用意する。一つは自分の為、もう一つは同じ部屋に住んでいる兄の為に。まぁ兄が目覚ましで起きた試しはあの一件を除き殆ど無いが…、それでも出来る限りは兄を寝かせて待つとする。

 紅茶を飲みながら一つの記事をネットから引っ張り出す、丁度今から十年前の剣聖祭、ある偉業が成し遂げられた、剣ヶ丘つるぎがおか開花かいかの3年連続剣聖祭優勝という偉業が乗った記事を引っ張り出す、3年連続剣聖祭優勝そして3年間の剣聖の称号の維持それはつまり3年間の無敗を意味する。これを祖国で見た時思ったのだ、私と対等に戦える人が日本に行けば会えると。

「おはよぉー、ミーシャ、ふわぁぁぁぁ」

 盛大な欠伸あくびをかましながら、のこのことテーブルに座る。今日この夢を見たという事は、私にこの事を聞けと言っているのだろう、答えはわかっているが確認として聞く。

「ねぇ、ミリオン?」

「なんだい、ミーシャ?」

「私の事を恨んでいるかしら?」

「またその話か、さては夢でも見たな?恨んでないよ、これっぽっちもね」

 その言葉を聞いて私は少しだけ、本当に少しだけ安心してこう言える。

「それじゃあ行ってくるわね、後片付けよろしくたのむわ」

「はいはい、行ってらっしゃい、とその前に最近swordの扱い雑だぞ」

 やはりバレているか、嬉しい事や誤算があって少し心が緩んでいるらしい、だから手のひらで両頬を叩き気合を入れ、もう一度言葉を出す。

「ヨシッ、行ってくるわね」

「行ってらっしゃい、ミーシャ」


 ―教室内―

 喧騒が響く教室内に入り幾人かに、挨拶をされ私も挨拶をし返す。そして無事に退院して隣の席に戻ってきた、私の期待を一身に背負う友人にも挨拶をする。

「おはよう、武蔵」

「あぁ、ミーシャか、おはよう」

 よく寝ていないのか、それとも眠り過ぎた結果なのかはわからないが、欠伸をかきながら、挨拶をし返してくる、武蔵。今見ている限りでは、全く強そうには見えないが、武蔵は唯一兄と同じ事をできた人間だからか、それとも私と同じダブルブレインだからだろうか?やはり彼に特別な感情を抱いてしまう、私の幻想の中に残り続ける兄を越えてくれるのではないかと…、それ以外にも感じている感情はあるのだが、それを表にするのはもっと彼と親しくなってからでもいい。

 だからかな、もっと親しくなりたいからこそ、私は質問をする。

「武蔵、体は大丈夫なの?」

 すると武蔵はまさかそんな訳、という顔をしながら私の方を見る、目と目が合うこの瞬間だけでも私は気分を高揚せざるを得ない、何時か兄を越えるかもしれない逸材が、私を正面から倒そうとする存在が、私と仲良くしてくれる。それだけで私は嬉しいの。

「聞いてる?ミーシャ?」

「ごめんなさい、考え事をしていたわ、それで?」

 彼はもう一度説明し直すのか、と言わんばかりに面倒くさそうな顔をするが、渋々もう一度話をしてくれる、やっぱり優しいのだ、武蔵は。

「だからね、《無神むしん》ていうブレインを使えたのはいいんだけど、もう全身が痛くて、痛くて仕方がなかったんだよ」

「それは、大丈夫なの?」

「とりあえず今は…、大丈夫かな?」

 なんだ、その曖昧あいまいな答えは?本当に大丈夫なのだろうか?と疑問に思うがそれは後で武蔵の動きを見ればわかる事だから今はもう一度彼に期待している事を伝える時間としよう。

「ねぇ武蔵?一つだけ頼みを聞いてくれるかしら?」

「何いきなり、俺に出来る事なら別にいいけど……」

 それならば大丈夫だ、貴方にしかできない事だから。唯一兄と同じ行動を取った貴方にしか。だから期待せざるを得ない、武蔵がダメだったらもう私を追い詰める人はもう居ないだろうから。改めてあの晩寝ている彼に言った言葉を口に出す。

「武蔵は、私の事を限界まで追い詰めてね…」

「なにそれ?」

「言葉通りの意味よ」

「なに、限界まで追い詰めて負ければいいの?」

 そうは言ってはいないが、まぁ絶対負ける気が無いのだし、その通りでもあるかと考え直し、改めて口にだす。

「そうね、私を限界まで追い詰めてから、私にむざむざと敗北してくれる?」

「嫌だね」

 あら、断られてしまった。武蔵であれば絶対に了承してくれると思ったのだが…。

「ミーシャを俺は倒すよ、絶対にね。だから負けてあげない」

 そういう事か、負けるつもりは無いと。クックックとまた自分の悪い癖が出る、気味の悪い笑い声、獲物を狩る前に舌なめずりをする獣のような感覚、これは直すべき悪い癖。だが、まだまだ実力も伴っていない可愛い小雀こすずめに言われるのだったら話は別だ。

「いいわ、倒してみなさい、それまで私は一番上で君臨し続けてあげるから」

「いいね、その笑い方。俺は好きだよ」

 急に好きなんて言われると顔が熱くなる。だけれど冷静さは乱さない、それが剣舞の鉄則だ、でも今一度楽しみが増えたとフフフという笑いが止まらない、敢えて口には出さない。だけれども、楽しみにしているわ、武蔵。

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