第四話 神童たる所以(上)

 始めにこの勝負を見て私が思ったのは、楽しそうという感情だった。どれほど実力が拮抗していれば、このような勝負になるのだろう?それだけが私の脳内を支配する。その考えを放棄するのは、簡単な事ではあったが放棄してはいけないのだと私は思う。しかし武蔵はどこか辛そうに剣舞ソードダンスをやっている。

「武蔵は今楽しい?」

「えっ?」

 うちはが、疑問気にこちらを向く。そんなに私の感想は不思議だっただろうか?楽しそうに、やれていない彼を見て思わず聞いてしまいたくなった。

「ねぇ、うちは。貴方から見て武蔵は楽しそうに見える?」

「それは…」

 言葉が詰まるうちは、やはり武蔵はこれ程拮抗した勝負でも楽しいと思えないのか…、彼は言った自分には剣舞しかないんだと、なのにどうして彼は剣舞から逃げようとするのだろうか?それがわからない。まぁそれを探るのは、私がやるべきことではない、それは本人の口から教えてもらう事であろうから。

芽生めばえ先輩の《斬撃支配スラッシュショット》やはり、武蔵君とは相性が悪いのでしょうか?」

 不安気にこちらに問うてくる、うちは。さてどうなのだろう?そもそも武蔵は本気を出しているのだろうか?これが全力なのか?それが疑問に浮かぶ、何故ならば彼は、本来と比べれば相当劣化したとはいえ《習得し尽くした瞳ラーンド・アイ》というブレインを持っているのだ、その技術を使えばこの程度の状況くらいは、簡単に打破できるのではないだろうか?

「うちは、《習得し尽くした瞳》についてどれだけ教えてもらっているのかしら?」

「《習得し尽くした瞳》についてですか?記憶に残っている限りの事を再現するとしか」

 なるほど私と同じ程度の情報量という事は、本当にその通りの能力なのであろう。記憶に残っている技術だけを再現する能力、ならばそれこそ。

疑似・プロミネンスプロミネンス!」

 そう、私の技術は覚えている筈だ、それを使えば…いや、成程。武蔵のいう劣化の意味が分かった、再現できる完成度も劣化しているのか、だからこの前の事件の時も撃ち負けたのだろう。

「だったらこの勝負、少し厳しいかもしれないわね」

「だったらとは?」

「うーんなんて言えばいいか…、簡単に説明すると武蔵のブレインは、想像以上に劣化しているって事かしらね」

「それだからこそ、武蔵君は剣術の急成長を望んでいる訳ですか…」

「まぁ、そういう事みたいね」

 そして劣化した私のプロミネンスでは、少し強ければ属性攻撃で相殺されてしまう。そして案の定ブレインに属性を乗せた一撃に撃ち負ける、でも。

「もう一度狙うならここかしら」

「疾風……決まるでしょうか…」

 人の試合を観客席から見る事は滅多にない光景だった、大体は関係者席からか、テレビで放送された物を見ていたからでも、観客席から見ているから。こそわかる事があった。それは、属性と属性がぶつかった時の戦った当人同士の動き。

「放送されている物と、観客席は違うのね」

「そうですよ?観客席は戦っている人達が見えないという事をなるべく排除していますからね」

 うちは、鍛冶師だからこの景色を何度も見ているのだろうか?剣士としては意外という一面が多い、放送されている物であればセンサーで剣士がどこに居るのかは分かるが、ここまで透けて見えるなんて事は無かった。関係者席は正直控室と言った感じで、試合の情報は最低限しか元々見えない構造だったし。

「決まらないわね」

「避けられていますね」

「それだけじゃないわ、これは……」

 カウンターが武蔵のお腹に直撃する、これでは特殊な繊維ヘファイストスも大部分が削られているだろう。

 これでは、彼の負けは必至だろう。だけれどなんだろうか?この得体の知れなさは…、まるでここから逆転するすべが彼にはあるという、なんとも理解しがたいこの得体の知れない何かは…。ここから勝つ可能性はゼロだ、勝てるとしたら彼の求めている疾風が正確に決まった場合…。だがあの疾風という技術はそう一朝一夕で達成できる目標では無いという事は、一番近くで受け続けてきた私が一番知っている、可能性があるとしたら…。

「ダブルブレイン」

「えっ?」

 彼女が驚愕してこちらを見ている、それはまるで何故その事を知っているのか?ともとれるような表情でこちらを見ている…、まさか?彼も持っているのか?私と同じもう一つのブレインを…。

 ―キィィイイン―

 武蔵の刀と芽生の太刀二つがぶつかり合う、それ程の余力はもう武蔵には残っていない筈なのに、芽生の一撃は武蔵には届かない。

「ミーシャさんは気づいたんですか?それとも偶然?」

 うちはは、何を言っているのだろうか?まさかこの不気味な違和感の正体は武蔵のダブルブレインだと本当に言うのか?

「名は《無神むしん》能力は…」

「《無神》……」

 能力を話そうとした瞬間にその必要性は無くなった、何故ならば見ていればわかる事だったから、それ位わかりやすい能力だ。

「相手のブレイン、属性の全てを打ち消し」

 次の瞬間だった。

「身体能力を、極限まで向上させる」

 武蔵の求めていた、我流東雲がりゅうしののめ・居合、疾風はやてが芽生をほぼ同時に二方向から切り裂いた。


「決まりね」

「武蔵君の勝ちですか?」

「いいえ、逆ね。武蔵の負けよ」

「えっ?」

 武蔵の姿を見ればわかる、彼はもう意識を保てていない。その場で何とか奇跡的にバランスを保てているだけだ、だから私はやるべきことをしよう。

「どこへ?」

「少しだけ、手を貸してあげるのよ」

 観客席を降り、試合会場へと入り武蔵の元へと駆け寄る。

「アーサー?」

「おめでとう、貴方の勝ちよ」

「勝った気がしない」

「それでも、勝ちは勝ちよ。今の内に噛み締めて起きなさい」

 武蔵を背中に乗せ、何とか持ち上げる。流石に背格好は似ていたとしても、男性と女性とでは体格そのものが違うからか少し重い、これも彼に芽生との勝負をさせた者の役目であろうから。

「お疲れ様、武蔵。我流東雲…、見事だったわ」

 一歩ずつ踏みしめ会場を後にする、恐らくこの状況を見たうちはが、救護班を呼んでそのまま病院送りであろう。全く彼はこの短い期間の内にどれ程病院送りになればいいのかと、少し笑みも浮かべられる。

「武蔵……、貴方にとって全力を出して二度目の敗北だけれど、貴方はどう思ったのかしら?」

 聞こえていないであろう問を投げかけるが、彼はワザとらしいとまで感じる寝息を立てながら目を開くことは無い。

「武蔵…、今は精々ゆっくり休みなさい、いいわね?」

「うん」

 やっぱり起きているんじゃないか、だったら自分で歩いて欲しいものだ、しかし歩きたくてもあるけないのはすぐにでもわかるわ、悔しいのでしょう?全力を出しても勝てなかったのだから、私も同じ経験を昔したからわかるわ…。だから精々今は休みなさい、それ位の面倒は見てあげる、その悔しさが貴方を更に強くするのだから。剣舞が嫌いなんて言っても、貴方は相当な負けず嫌いなのね、肩に当たる水気が貴方をそう語っているわよ。


「疲れたわ、同じような背格好でもやっぱり男女で違うのね」

「ありがとうございます、ミーシャさん後はこちらにお任せください」

 そういい担架に乗せられた武蔵がうちはと共に、学園の外へと運ばれていく、それを見送っている時に後ろから声をかけられる。誰かなどは後ろを振り返らずともわかる、芽生だろう。

 凡そ先ほどの言った言葉の真意を聞きに来たのだろうが、そのままの意味だ。勝負に絶対は無い、だから今ある勝利を噛み締めておくべきなのだ、特に彼には…。

「アーサー…、先ほどの言葉はどういう事だ?」

 ほら、やっぱりきた。

「言葉通りの意味よ、芽生…勝ちというのはどれ程辛勝であっても、今噛み締めるべきなのよ」

「そういう意味には取れなかったがな」

「ええ、貴方の思っている意味も込めたわ」

「それは、私が東雲武蔵ともう一度勝負をしたら、私が負けると?」

 そこまでは言っていないのだが、まぁそれ程追い詰められていた事を理解しているのであれば、次の勝負も良い接戦になるだろう事は確定しているか。

「武蔵の成長が、私が思っている物を凌駕りょうがした時には、それもあるかもしれないわね」

「そこに、私の成長は計算されているか?」

 そういえばしていなかった、そうだな…、芽生がもし武蔵の疾風と互角以上の速さの攻撃を獲得した時はそれならば…。

「どうかしら、でもその答えを今行ってしまうのはナンセンスね」

「そうか」

 その言葉を最後に、私から立ち去る芽生、どの道この学園にいる楽しみが増えた事は良い事だ。

「楽しみね、次に本気で戦えるのは…、武蔵か…、それとも芽生か…フフッ」

 一人の女性の余り聞いてて気分は良くならない笑い声が、模擬戦場と学園を繋ぐ廊下で木霊こだまする。まるで次の獲物を待つ肉食獣のような唸り声にも、聞き取れるそんな不気味な笑い声が響き渡った。


 ―病院内―

「武蔵の様子は?」

「今はすやすやと眠っています、面会なら簡単にできますよ?」

「それじゃあお願いしてもいいかしら」

「わかりました、少々お待ちを」

 放課後と呼べる時間も終わり、既に下校時刻になっているが、私は武蔵が運ばれた病院へと向かった。

 待ち時間は暇だと、椅子に座り通信端末を開くとメールや留守電が溜まっている。ママ…、幾ら娘が異国の土地に居るからと言ってそう毎日安否確認をする必要も無いと思うのだけれど…、しかも今は病院だ。余り通話をするのは、はばかられる。今日ばかりは兄にお願いしようと思い、兄にメールを送る。

 これで良しと、後は今日するべき事も無いのでニュースでも見ていようか、剣舞の情報が載っているサイトに出向き、上から順に確認していく。世界大会予選…、日本の剣舞についてと下に下がって行くと、ふと気になる話題を見つけた。「昨年度の剣聖祭優勝者までもが、神童ミーシャ・アーサーに敗北」いつもであれば自分が乗っている記事など見ない、見るとしてもそれは両親や兄が見てくれるから、自分で見る必要も無かった。だけれど今回は武蔵が乗っている。日本で武蔵がどのような評価を受けているのか知りたくて、興味本位で見てしまった、今思えば見ない方がよかったのだろうか?それとも見たからこそ、武蔵をもっと知れたと、理解できたと前向きに捉えるべきだったのだろうか?それは私には、わからない。記事としては特にたいした事は書かれていないモノだった、まぁどこまで行ってもプロ以下の学生の全国大会。熱の入り方もこのレベルであろうと思ったが、違和感に気づく、コメントの数が異常に多い。

 たかが高校生の剣舞にここまでのコメントが付くだろうか?まるで剣聖祭決勝の様に、剣舞を対して知らない人でもコメントしているレベルで存在するこのコメント群そこには…、「漸く負けたかあのコピー野郎」「去年からいけ好かなかった、クソガキをようやった、海外の神童!」「人まねしかできない人間じゃあ、この程度だよね。去年のレベルが低すぎただけ…」そのような武蔵に対する誹謗中傷とも取れるコメント群が、ぎっしりと画面限界まで埋め尽くされる。

 なんなの、これ?

「あ、ミーシャさん。ここにいらしたんですね」

 陽気にそんな事を言ってくるうちはに対して、行き場の無い怒りが湧いてくる。彼女が悪い訳では無い、だが彼女はこのコメント群を知っているんだろうか?いや武蔵を献身的にサポートしているうちはの事だ、知っているのであろう。そして武蔵自身も…。

 だけれど、なぜ黙って言わせているのだろうか?それだけは知りたかった。

「ねぇ、うちは」

「なんでしょう?」

「貴方達はこの事をどう思っているの?」

 この事とは、なんでしょうか?と言わんばかりに知らぬ存ぜぬを貫き通そうとしている、うちはを見て、思わず声を荒げてしまう。

「この、武蔵に対する罵詈雑言ばりぞうごんはなんなのよ?仮にも一世代いちせだいを背負わせた剣聖なのでしょ?」

 すると酷く冷たい顔になり、その事は話たくないと言わんばかり、歩みを進めるうちは、それ以上は答える訳にはいかないと言わんばかりに。だが一つだけ彼女は私に教えてくれる。

「人の技術を、努力を、嘲笑あざわらうかのようにその技術を完成へと持っていくことができる人間が世の中に現れた時、その人間は好かれると思いますか?」

 その彼女の答えこそが正しく答えだ、そんな人間は疎まれるであろうことなどすぐにでもわかる。

「納得は出来ないけれど、理解はしたわ」

「そうしてくれて、何よりです。では私は先に寮へと帰らせていただきますね」

 礼儀正しくお辞儀をし、この場を立ち去るうちはに私は、何も言えないが。わかった事が一つだけある、彼女もこの待遇に納得していないのだ、なにより私以上に武蔵の努力を鍛冶師として見て来たのだろうから。


「失礼するわね」

 そういうが返答は返ってこない、本当に疲れていたのであろう。無理もない私との特訓の後に全力試合を一戦しているのだ、我ながら武蔵には無茶を言ったものだ、反省しなくては。少なくても兄であれば私にこのような事を言う事は無いだろう、まぁそれで私が強くなれるのであればいうかもしれないが…、考えるのは止めておこう。考えるだけで身震いが止まらない、本当にそのメニューを組まれそうだ。

 すやすやと眠っている武蔵を後目に、病室から窓の外を眺める。

「武蔵、今日の試合で確信したわ」

 武蔵の耳元へ囁くように小さな声で、彼が聞こえていようが聞こえていまいが、関係は無い。

「武蔵……いつか私を倒してね」

 そんな悲痛な少女の願いを、彼は叶えてくれるだろうか、いや叶えてくれるだろう。なぜならば私が見込んだ人なのだから…、だから途中で潰れてくれないでね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る