第五話 誓い(中)


 自分は何がしたいのだろうかと改めて考える、剣舞ソードダンスを辞める為に剣舞をやっている、誰にも文句を言わせず辞める為に、ミーシャ・アーサーと言う最強に挑むがべく、剣聖祭優勝を目指している。だがその行為は剣舞から逃げたくないと言っているようにも感じる。故に思う自分は何をしたいのだろう?大嫌いな剣舞から逃げる為に、大嫌いな剣舞を磨き続けている、今日だってそうだ、信辰との試合に挑む必要は無かったのだ、なんなら演習試合なんて全部棄権してもよかった、なのに何故自分は態々わざわざ全試合戦っているのだろうか?


―控え室―

「刀の調整は終了しました。武蔵君?」

「………、ん?何か言った?」

 和泉さんに話しかけられ、遅れて反応する。どうでも良い事を考えて、サポートをしてくれている和泉さんの話を聞いていないなんて馬鹿のやる事だ、ぼっーっとなどせずに集中しなくては。

「いえ、刀の調整は終わりましたよという報告をしただけです」

「あぁ、そういう話ね、ごめんちょっと考え事をしていた」

「何を考えていたんですか?」

 この気持ちを彼女に話すか少し悩む、和泉さんは俺が全力で剣舞をやってから、この競技から足を洗うという事を納得してくれた。そんな彼女に今から試合を棄権しても良いかなんて聞くのは失礼な気がしたから。だが彼女は、自分の事は理解していると言わんばかりに、内情を言い当てる。

「試合に挑みたくないんですか?」

 顔に出ていたのだろうか?それとも気づかない内に口に出していたのだろうか?それはわからないが彼女は淡々と話しを続ける。

「出来る限り、剣舞を続けて欲しい、戦っている所を見ていたいというのは本心ですが、そうする事が武蔵君の負担になるのであれば、止まってもいいんですよ?」

「でも…、それじゃあ、約束をたがえちゃうから…」

「違えちゃってもいいじゃないですか、自分を一番に思ってください。武蔵君の目標はなんですか?」

「剣聖祭優勝をして、後腐れなく剣舞を辞める事…」

「そうです、でもこれは剣聖祭ではありません、休んでもいいじゃないですか?」

 確かに和泉さんの言う事も一理あるが、だからといって戦いからは逃げたくない自分が居る、その自分が居る事に違和感が拭えないのだ、剣舞から逃げたい筈なのに、戦いから逃げたくはない。そんな良くわからない矛盾を今は抱えている。

 そして和泉さんはそれすらも理解していますと言わんばかりに、話しを続ける。

「その感情を作り出してしまっているのは…、私にも一因があります、だからこんな事を言う資格は無いかもしれませんけど…、頑張れとしか私には言えません」

 この感情の一因を作った?それはよくわからないが、自分でもわからない感覚なんてものは他人からしたら、じゃあ頑張れとしか言えないであろうことは簡単に予想は着く。

「そうだね、この奇妙な感覚を今すぐにはどうにもできないだろうし、一先ず頑張るよ」

「その意気です、それじゃあ私は観客席で応援していますね」

「わかった、俺はもう少しだけここで精神を研ぎ澄ませているよ」

「わかりました」

 そういい、和泉さんはこの控え室を後にする。時間にはまだ余裕はある、この奇妙な感覚は、今はどうでもいい、精神を研ぎ澄ませる事を優先しよう。


 深い水の底に落ちる感覚を持つ、何も抵抗せずにどんどん水の中に落ちていく、途中息が苦しくなって浮上したくなるが、その気持ちを抑えて更に底へと沈んでいく。

 ふとした時、これ以上はもう落ちられないという合図とともに底に着く、この場所に居るのは気分が良い、だけれどその気分の良さは、長くは続かない。一度も息継ぎをしていないのだから当たり前だ、ふとした瞬間に現実に戻ってくる。だがそれでも先ほどまでとは違う、集中が出来ている。今の自分であればなんでも出来ると思えるかのように…、準備はできた、いざ行こう信辰が待っている。


 ―予選会場―

 歩みを進め、予選が行われる会場と廊下を繋ぐ出口を境目に視界がくらむように明るくなり、視界が真っ白になると同時に酷くうるさ騒音そうおんに悩まされる。

「棄権されるかと思ったよ…、東雲」

「棄権したいのは山々だったんだけどね…、君と戦うと考えたらできなかったよ、信辰君」

 本当は違う、よく分からない感情に悩まされた結果、今は逃げないと決めただけだ。

「それはそれは『元』剣聖様に言われるだなんて、光栄の限りだね」

 彼は自分に劣等感を抱いているのだろうか?だからこそ自分に突っかかってくるのかもしれない、しかし申し訳ない、今の自分には正直ミーシャ以外は目に入らないのだ、あの強烈な獣の如き獰猛どうもうさと、綺麗な赤髪を前に目を離す事ができないのだ。そこは少しだけ申し訳なくなる。

「まぁいいや、それじゃあ戦おうか、信辰」

「まぁ待てよ…、この戦いは正しく剣聖祭予選の演習だ、実況のアナウンス位は聞いてやるぐらいの余裕はあるだろう?」

 ああ確かに、この試合は実況があるという事前情報があった気がする、まぁ剣舞中の選手に実況の言っている事なんて耳に届く事などない…、それを聞く事で観客が喜び、剣舞というスポーツは人気を保てているのだろう。だから手にかけた刀から手を離し、実況が開始の合図をするのを待つ。

『神童に敗れた元剣聖!ブレインを失い、無能となってもここまで3勝無敗!東雲しののめぇー武蔵むさしぃー!』

 元剣聖である事は否定しないが、そもそも無能ではないしミーシャに敗れたという情報も余計なお世話だ。まぁいちいち訂正を求めたりはしない。

『織田家という長年続く良血児!その確かな血統とその実力を手に、今度こそ元剣聖に届くのか?織田おだぁー信辰のぶたつぅー!』

「余計なお世話だ!」

 そういう反応を返すべきなのかな?なんて思っていると同時に、一度途切れた集中をもう一度刀を抜刀する事で集中状態におちいる。

「和泉一文字」

 自分が持つ刀の銘を告げ、そのどこまでも精巧で美しい刀身を、淡く光る光の中から露わにする。

三弾竜さんだんりゅう!」

 信辰の持つ、swordと言う名の銃が足に付けたホルスターから露わになる。

「前から思っていたけれど、それでswordは無理があるよね」

「煩いぞ、認められているんだから、文句を言われる筋合いはない」

 それもそうだ、そこに文句を言うつもりもない、ただ銃を剣と言うのはどうなのだ?という単純な疑問であり、好奇心である。正直言うとカッコいいし一度は使ってみたいのだが、いざ持つとなると少し躊躇ためらいがある。

 そして両者が、位置に着くと同時にカウントダウンが開始する。

 ―3

 試合が始まる、前回戦った時はあった《全てを習得する瞳オールラーニング》は無い。

 ―2

 でも前回までは無かった流派を自分は獲得している。

 ―1

 だから勝てるという訳ではないけれど…。

 ―0

 ミーシャに勝つその時まで、もう負ける訳にはいかないから…。


 開始の合図がなった瞬間に仕掛けたのは信辰だった、最速で自分の有利な展開に持っていきたいと考えていた事が良くわかるその動き。

「織田流相伝、影縫いッ!」

 信辰も日々成長している事が理解できるその流派の技、前回までは止まった状態でしか使う事が出来なかった筈なのに、今は動きながら自分の動きを封じようと、無数の影がこちらに忍び寄る。

 この影縫いに対処する方法は、自分で使った事があるからこそわかる。動きは止められても重力の影響は受ける、しかもこの技は精密操作が求められる技、だからこそ前までの信辰は動きを止めないと発動する事が出来なかった。

 つまり上からの奇襲攻撃を当てながら、影縫いにさえかかってしまえば即座に脱出可能となる。

 ならば自分のやるべき事は一つ。

「《習得し尽くした瞳ラーンド・アイ》!」

 今の自分で、一番記憶に残っている空中攻撃を脳内で検索し、より詳細に思い出す。

疑似・プロミネンスプロミネンス・エア!」

 空中から地上に向かって突き刺す、プロミネンス。普通のプロミネンスとは違い、落下点に大きな炎の火柱を上げるこの一撃。これならば途中影縫いに捕まったとしても、攻撃という目的は達成される。

 さぁ、どうする信辰、自慢の影縫いを続ければ攻撃は確実に当たるかと言って、今から回避を取った所で、火柱による追加攻撃からは逃げられない。

「僕が何時までも、影縫いに拘ると思っているのか?」

 冷静にこちらに問いかける、つまりはそういう事か。これは自分のミスだ、信辰も日々精進しているという事を忘れてはいけない、剣聖と言う称号を貪欲に求め続ける人間が成長しないなんて事はあり得ないのだから。

「バレットを装填、水属性に変更|増幅する銃弾《ファントムバレット》!」

 一発の銃弾が無数の銃弾に分裂して、こちらの攻撃を相殺する。

 どれ程こちらに勝つために戦略を練ってきたのかはわからない、舐めているつもりは無かった、けれど心の奥底では剣ヶ丘先輩じゃないのなら、ミーシャじゃないのなら勝てると心の中でそう思っていたのだ、だがそんな慢心はもうしない。

「ひひひっひひ」

 何故だろう?自分が負けそうな位の強者を前にすると自然と笑いが出てくる、へんな気分だ。まるで自分が何かになっている様な感覚を、覚える。

「なんだ、その気持ちの悪い笑い方は…」

 本当に気味が悪いのか、怪訝けげんな目でこちらを見てくる信辰。

「ごめんごめん、不思議と笑いがね…、でも今からは慢心もしない全力で行くよ」

 刀を納刀し必殺の居合の態勢に入る。

 1撃目の狙いは喉元、2度目の狙いは背中を…、正しく剣舞と言うスポーツではなくては、特殊な繊維ヘファイストスが無くては、必殺になりうる攻撃。我流東雲がりゅうしののめ居合いあい疾風はやての構えに入る。

「いいのかい?そんな見え透いた攻撃をしても」

「受け流せるものなら、受け流してみなよ」

「じゃあ遠慮なく」

 信辰は何か、あれは属性?わからないがそれを胸の内に秘める様におおい隠す、早く決着をつけるべきだったのかもしれない、だがその見た事も無い光景を前にしては、刀を抜刀する事さえ、ままならなかった。

「織田流…、奥義!影籠かげかご!」

 胸にナイフを突き立てたように、血がまき散るさまをさせながら、自らの影を増幅させ自らを覆い隠すようにフィールドに影が充満させる。

「奴を捕まえろ!影たち」

「なっ?」

 凄い速さで影が向かってくる。

 流石にこの速さでは居合を解除せざるを得ないと思ったが、影が自分に絡み始めても、動きを制限される事はない。じゃあこれは何の為の技なんだ?という疑問はすぐに解決する。

 銃を真上に向け―パァン―と言う一発の銃声が響く。信辰から伸びている影を伝ってこちらへ銃弾が飛んでくる。

「これを避けられるか?《増幅する銃弾》!」

 信辰から伸びた影を沿ってあらゆる角度から、銃弾が降り注ぐ。

 まとまってくるのとは、違う。あらゆる方向、あらゆる角度から銃弾が降り注ぐ、これでは銃弾の砂嵐だ。

「―っクッソ!」

 既に全てを落とすのは不可能と確定している、しかし全てを受けてしまうのはマズイ事だ、全てを受けてしまえば恐らく《無神むしん》を使用してしまう。使えば勝てるだろうが、使う訳にはいかない、あれは特殊な金属プロメテウスの肉体強化の増強と言うよりは、プロメテウスの肉体強化はそのまま、脳のリミッターを外せば可能な動きをさせているに過ぎないのだろう。

 つまりはそれに頼り続けていると、まず間違いなく剣聖祭を勝ち進む前に自分が潰れる、だから使わないで勝つ方法も磨くしかないという事は、入院中嫌と言う程考えさせられた。

 ―シュ―スパン―キィン―

 高速で目の前に、真後ろ、真横にやってくる銃弾を斬り落として行くが、致命打に至らない攻撃だけを受けて、居てもまず間違いなくこちらのヘファイストスが無くなり敗北する。

ならば、できる事はただ一つ、銃弾を振り切る速度で斬りこむ

 刀を納刀し、居合の態勢に入る。

「我流東雲・居合、疾風!」

 一瞬の隙を何とか生み出し、猛進する。

 しかし信辰は、この攻撃の方向に銃弾を撃ち込む事で、こちらの攻撃を回避する。

 信辰はこの攻撃に合わせて、いや違う。信辰は自分の技の弱点を自らで理解してこの対抗策を生み出したのだろう。

 そもそもswordで放つ銃弾は実銃と違って、少し遅い。だからこそ自分は速度重視の疾風で銃弾を振り切ろうと思ったのだが…。

「その攻撃は確かに速い、けれど自分の元に来ると分かっていればこっちも打つ手はあるんだよ」


確かにその通りだ、そして止められた瞬間に全ての銃弾が自分の下へ降り注ぎ始める。

 やはり《無神》に頼るしかないのか…。

 銃弾が体に当たり、衝撃が何度も体を襲う。

 もう負ける、そう思った時だった。

『けれど自分の元に来ると分かっていれば…』

 あぁそういう事か、ならば…。

 これは賭けだ。特訓もしていない、そもそも今思いついた事であって、前から考えていた事でもない。

 しかし逆転の目があるとすれば、もうこれしかないのもわかっている。

 納刀はしない、元々抜刀状態で放っていた技を連続で出すそれだけの話だ、ならば今はそれをやるのみ、行くぞ?信辰。

 刀を体の横に構え、刃を相手の方に向け、重心を少し下げる。これで疾風の二段目を撃つ前という再現は整った…。

「猪突猛進な攻撃は!無駄だと…、なっ!?」

 信辰とは関係ない所に斬りこむ、次は信辰にかするように、その次は信辰の腹を切り裂くように…、それを完全にランダムで…、疾風二段目の速度を維持し続けながら、何度も何度も斬りこむ。

「はぁぁぁぁアアアアッ!」

 何度も何度も、踏み込む。限界を超えて完全に信辰の弾丸を振り切りある程度の時が立った時元居た場所へと戻る。

「はぁ…、はぁ…、はぁ…」

 何度も何度も同じ場所を通ったからだろうか?それとも地面で無理な切り返しをし続けた結果だろうか?地面は抉れている。

 もう意識は残っていないかもしれない、けれどもこれは決意表明だ。もう二度と負けないと自分の心に誓ったのだから。

「信辰…、今日の勝ちで確信したよ…、俺はもう誰にも負けない、あの化獣ミーシャに勝つまでは」

 そう言い放ち、刀を徐々に納刀しながら、この技の名前を考え、すぐさま名づける。

「我流東雲・飛燕ひえん!」

 それがこの技の名前だ。

 ―チン―

『勝ったのは、元剣聖。東雲武蔵だぁああああああああ!!』

 刀を納刀し、倒れた信辰の方を見ると同時に自分が何をしたのかの景色を見る。実況の声とは別に、観客は皆絶句と言う表情だ、歓声の一つすら上がらない。その観客を目の前にして自分は何を思ったのだろうか。

「ひひひっひひ…」

 今度は自分でもわかる、気味の悪い笑い声が響く。まるで次の獲物を探すような獣のようなうすら寒い表情と、気味の悪い笑い声だけが、自分一人佇む場所、誰一人拍手も送れない程静まった予選会場に木霊こだました。

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