第三話 和泉一文字(中)
夢を見る、夢と言っても前の様な悪夢ではない、これは恐らく悪い記憶だが、良い記憶なのだろう、剣聖祭で戦っていた時の間違いなく良い記憶。死力を尽くして刀を振り、死力を尽くして刀同士でぶつかった、何度も何度も、両者がフラフラになりながらも自分がギリギリの所で勝ったそんな良い記憶を見た。
気持ちの良い風が肌に当たり、くすぐられるような感覚にいい加減嫌気が差し目を覚ます、見覚えのある天井だ。だが自室ではない、何故ならばこのような夕日は自室からでは見られないから、ならば何処だろうか?答えは単純だった、恐らくミーシャに負けた後に担ぎこまれた病室と一緒の部屋であろう、不自然なほど白い天井と床、違うのはカーテンで自分の姿が覆い隠されているだけか…、なにか布が擦れるような音を聞き、よく耳を澄ませる。
―スル―スルル―
これは服を着ているのだろうか?でも前回と同じ病室なら、個室の筈だ。ならば一体誰が?一末の不安を抱え白いカーテンを強く掴み勢いよく開く。
「誰だ!」
何か危険な目に遭った場合でも、声を出せるようにと、声を出しながらカーテンを開くと、そこには…。
「武蔵?あら起きたのね」
服を脱ぎ下着を
「早く服を着て――――」
すると彼女も自分の姿に気づいたのか、あっという声と同時に手に持っていた衣服を落とし何か声にならない声で叫んでいた、全くミーシャの色々な所を見れて、仲良くなれそうな事がわかった、良い一日なんだか、強盗に襲われると言う悪い一日なのかがわからない、そんな大変疲れる一日であった。
「それで?なんでこんなところで着替えていた訳?」
「ごめんなさい…」
ミーシャは先程から、顔を真っ赤にさせてそれしか口にしていない、そんな表情でも彼女の赤い髪とマッチして美しく見えるのは本当にずるいが、だからといって許す自分ではない、確かな状況説明と、何故あのようになってしまったのかの心境を教えてもらわねば、納得できるものも納得できまい。
「謝ってばかりじゃなくて、なんで俺の病室で着替えていたの?痴女なの?」
「ち、痴女!?わ、私が?」
そう言われても仕方の無い事を、ミーシャはやっていたんだよと言うのだけは勘弁しておこう、痴女と呼ばれて彼女の意識が遠のいている。
戻ってこーいと言わんばかりに訂正をする。
「ごめん、痴女は言い過ぎた、変質し、いや変た、いやとりあえず貞操の危機を感じた」
「変質者…、変態…、貞操の危機…。」
言いかけた事、全てが彼女にクリーンヒットしてしまったのか、ミーシャはこの世からの生を手放し天へと昇ろうとしている姿を見て、必死に止める。
「ごめん、ごめん、ごめん言い過ぎた…」
「いや、いいのよ。私がやっていた事は確かに武蔵の言うそれだわ…」
何を血迷ってこのような事をしてしまったんだろう?と。ハハハという笑い声にすらなっていない笑い声を出し、遠くを見つめてしまっている。
「嘘だって、そんな事思ってないから…」
「本当?」
涙を
「本当だって」
「フフ、優しいのね。武蔵って、そんな風に気遣ってくれるなんて…」
しかしミーシャのドンよりとした表情は変わらない、だからこそ話題を変えよう、疑問というか、一つ言いたかった事があったのだ、それを今思い出した。
「ミーシャ、話は変わるんだけど大丈夫?」
「え?大丈夫だけど…」
ミーシャに言わなければならない事、それは文句だ。
「プロミネンス撃ったの、ミーシャだよね?」
「あっ」
その話は聞かれたくなかったのか、ミーシャは露骨に目を逸らす。鳴らせもしない口笛を吹きながら、話題を逸らそうとするが、残念だがその手には乗らない。
「ミーシャだよね?」
「えーっとぉーそれはぁー…」
「ミィ・イ・シャ?」
この件に関しては話を逸らす気はない、その俺の想いの強さが届いたのか?それとも笑顔を向けていたので、ミーシャは心から安心して話を聞けるようになったのかは、わからない。だけどこれで彼女に言いたい事が言える。
「熱かった」
「うぐっ」
「死ぬかと思った」
「グハァ」
自分の一言一句に、丁寧に反応してくれるミーシャ、この態度を見るに彼女も相当に反省しているのだろう、鍵のかかった店を強引に開けるとは言えやり過ぎたと。
でもそれは恐らくそれだけ自分を、助けようとしてくれたことへの証明なのだ、だから自分から言うべき言葉は文句でもなんでもない。
「助けようとしてくれて、ありがとうミーシャ」
誠心誠意、真心を込めた感謝を伝える、彼女の行動は結果的には被害を拡大させるだけで無意味な事だったかもしれない、けれども。彼女が自分を救おうとしてくれたのは紛れもない真実。それだけで、自分の心は何よりも温かく温もりを感じる。
「こちらこそ、ありがとう武蔵、あの時の貴方は…、……………………た」
え?最後の方に行けば行くほど声が小さくなり、貴方は以降の言葉が聞こえなかった。
「それじゃあ明日ね、武蔵」
最後何と言ったのか聞きたかったが、それよりも先に彼女は病室を出て行ってしまう、ならば仕方がないこれは今度聞くことにしよう。
そう思い今日も、普段とは違うけれど。もう寝慣れたベッドで一日を終えた。
―月曜日
今日も学校へ遅れて登校する、なんだか最近学校を休んだり遅刻したりしているが、出席日数に後々響かないだろうかと思いながらも、教室を開けるとそこには。
「東雲君、ブレイン無しで、強盗のブレインをうち破ったって本当?」
「ミーシャさんとの戦いで、ブレインが消失したって聞いたけど大丈夫?」
「あの場面には友達も居たんだ、本当に感謝しているよ」
あの手この手でもみくちゃにされる、なんなのだろうか?凄い今までの対応とは違う感じで、違和感が凄い。
自分はこんなにクラスの人気者のような立ち位置では、無かったはずなのだが…。何かドッキリを仕掛けられているのでは無かろうかと、不安に思うが、そこに和泉さんが割って入ってくる。
「はい、武蔵君も戸惑っていますから、一度説明の時間を取らせてもらいますねー」
そう和泉さんが告げると、クラスの皆は「えー」っという声が聞こえる。本当に先週からの今日で何があったのだろうか?
「その様子じゃ、まだ気づいていないんですか?」
「気づいていないって?」
「武蔵君がブレインも無しに、果敢に強盗に挑んだ英雄だって話です」
英雄?誰がそんな話をしたんだ?自分は英雄なんかではなく、ただミーシャやあそこにいた人達を助けるという当たり前の事をしただけなんだが…。
「そもそもブレインも無しにって?どういう事?」
「武蔵君言っていましたよね?ブレインが消失したって」
あぁ、確かに和泉さんにはそんな事伝えたきがする、という事はこの話を広めたのは和泉さん?まさかな、彼女がそんな事をする必要性を感じない。ならば誰が?まぁそんな事はどうでもいいか、今は事実を述べる事が先決だ。
「ブレインは無くなったって思ったけど、なんとか弱体化して残っていたみたい、まぁほぼ無いのと変わらないかな?」
それを伝えると「ブレインは使ってるのかー」等という落胆にも近い声が聞こえるが、それでも友人が助かった、知り合いが助かったなど感謝を伝えてくる人も少なくはない、なんだか今日はいい日だと思った。
―放課後―
「ミーシャ少し、時間ある?」
「あるけど…、何か用かしら?」
「ちょっとだけ試したい事が出来たんだ」
「試したい事?剣舞で?」
珍しいと言う顔をして、こちらを見てくる。確かに剣舞が嫌いだと言っていて、辞めたいとまで言っていた人間の発言とは思えない、だが昨日の戦いで一つなにかを掴めた様な気がするのだ、だからこそ剣ヶ丘学園に居る間は、剣舞を行う剣士として
「まぁ、ちょっとだけ事情が変わったからさ」
「私も丁度剣を振りたいと思っていたし、属性無しの模擬戦でも構わない?」
「あぁ、それでお願いするよ」
模擬戦場へ向かう最中、身の丈程もある剣を片手にこちらにミーシャが話かけてくる。
「それで?やりたい事ってなんなのかしら?」
「あぁそれは、剣術を新しく作ろうというか、なんというかね。俺には流派やそれこそミーシャみたいな
「流派はそんなに簡単に生み出せるものではないと思うけれど…、まぁ武蔵がやる気になってくれたのであれば、私も嬉しいわ」
何故かミーシャが、世間一般でいう所の母親みたいなことを言っているのが、気にはなるがそれは、まぁ今気にするような問題でも無いだろうから気にはしないが。
「ミーシャはアーサー家相伝っていう流派だっけ?」
「そうよ、アーサー家相伝、まぁ知れ渡っている流派という訳でもないは、ただの一族が受け継いできた物を、より良くしていったっていう流派ね」
それでも剣舞という競技が始まって70年そこから代々受け継いできてあのレベルの流派はとんでもない物だとは思うが。まぁどちらかというと流派が優れていたと言うよりは、彼女自身が化物過ぎて、ここまでの流派に成りあがったという言葉が正しいのかもしれない。
「武蔵はどういう風に流派を作っていく気なのかしら?」
「それが何も決めていないんだよね」
「それなのに、私を誘ったの?全く…」
やはり迷惑だっただろうか?それでも恐らくただの打ち合いに置いても、実力は拮抗していた方がいいと思ったから彼女を誘ったのだが…。
それに彼女は自分の実力をフルに発揮している、レンジがある。恐らくはミドルレンジ、属性攻撃が主体な彼女の流派、ショートレンジは己が剣術でカバーできるからこそミドルレンジ以降が属性攻撃に割り振っているのだろう。
自分のレンジは恐らくショートだけれど、致命的な弱点がある。流派を持たぬ自分は決定打がないのだ、今まではそれを《
「それじゃあ、やるわよ!」
模擬戦場に辿り着き、ミーシャと戦いはするものの、今回は何も掴めずに終わった。
―帰り道
ミーシャとの模擬戦が終わった帰り道。
もう少しだけ、刀を振りたいと思い、帰り道にある広場に寄り刀を抜刀する。
―ッシュ―
上段から振り下ろす、中段から突く、下段から振り上げる、全ての技術は高い水準で
「
いきなり背後から話かけられ、身の危険を感じ背後の誰かに向けて刀を斬り払おうとしてしまう。
「おっと、危ない危ない」
後ろを振り返った瞬間、男はそれを
「転校生?」
「いや違うよ、
そして男は、「それに昨日もあっただろう?」と続ける、昨日もあった?少なくても自分の記憶には無いが…。
「昨日助けてもらったんだよ、君にね」
なるほど、確かに思い出すと彼のような青年も、人質の中に居た気がする…、余り覚えてはいないが…。それよりも、だ。いきなり刃を向けた事は謝らなくてならない。
「いきなり刀を向けて、ごめん。少し意識を集中させ過ぎていた」
本来であればこのような訓練は、模擬刀を使うべきなのだが、いきなり刀を振りたくなった為誰も居ない事を確認して、和泉一文字を振るっていた訳だが、どうやら確認不足だったらしい。
「すまない僕も命の恩人を、偶々帰ろうとした時に見つけてその少年が悩んでいる物だから、老婆心でついアドバイスをしてしまったよ、こちらの落ち度だ。謝らないでくれ」
気のいい青年との話は続き、何故居合がいいと思ったのかという話に移る。
「何故、居合を試した方がいいと?」
「あの時見せた居合は見事だったからさ、そう思ったんだ」
なるほど確かにあの時は、最速で拘束を解くために居合で全員の、拘束具を斬り落とした。
今までは主に防御に使っていたが、最速の居合は攻撃にもカウンターにも転じる事は可能か…。
「ありがとう、試してみるよ。それより君の名前は?」
「僕かい?僕の名前は
「大前か…、俺は東雲武蔵。よろしく」
そういい手を差し出すと、彼は気兼ねなくその手を握り返してくれる。
「それじゃあ僕は帰るよ、流石にもう帰らないと門限に間に合わなくなる」
「あぁ、観光目的じゃそれもそうか。もう少し話したかったんだが…」
「ハハッ、そう思って貰えて感激だが、それは次の剣聖祭までお預けだね。それじゃあね、東雲武蔵君、そう焦らないでゆっくり退学の事は考えるといいよ」
「ああ、それじゃあ?」
今何かおかしい事を言った気がするのだが、気のせいだろうか?いや考えすぎだろう。
それよりも退学か…、一体どうすればいいのだろうか、今のままでは認めてもらえる訳がない、だからといって残り二年間、無意味に過ごすつもりもない。だからこそ悩む。この和泉さんが俺の為に打ってくれたであろう、和泉一文字の事も含めて、今日寮に帰ったら少し考える事にしよう。
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