第一話 天才東雲武蔵と神童ミーシャ・アーサー(下)
―模擬戦場控室
「本当にやるんですか?武蔵君」
心配そうに和泉さんが聞いてくるが、もう自分の中ではとっくに割り切れている、親と被るから倒すのでは無く、いつも通りに挑戦者を叩く、それだけの話だ。
「おいおい、俺達の剣聖様を心配しているのか?和泉」
お抱えの鍛冶師の一人がそう答える、確かに和泉さんは心配してくれているのだろう、仮にも腐れ縁の幼馴染が抱え続けた本音が、本人の口から飛び出したのだ、あの話はまだあの場に居たものにしか聞かれては居ないだろうが、明日には全校生徒に知れ渡るだろう、その程度にはなりうる程の問題発言だ。仮にも剣聖が剣聖であることを望まないなど…。
「少し試合まで時間ある?和泉さん」
「あ、えぇ時間はこちら側に合わせるとの事なので大丈夫だと思います」
「そう、ありがとね」
それだけ伝え控室を後にするし外で新鮮な空気を吸いたかった、しかし剣舞プレイヤーである者同士、同じ事を考えたのか、これから戦う彼女もそこに居た。
「何か用かしら?」
酷く冷たい態度で、応対する彼女。無理もないか、剣聖祭の王者の姿がこれだとしったのだ、どれ程憧れを抱いていたかは知らないが、心底がっかりしたのだろう。
「理由は、ミーシャさんと同じだと思うよ?」
「可笑しい事言うのね、武蔵。剣舞《ソードダンス
》を大嫌いな貴方が、私と同じ事をするですって?ありえないわ」
自嘲気味に笑って見せるが、昼間見せた明るい表情は無く、朝にも見せた酷く眼つきの悪い顔でそう答える彼女は、どこか寂しそうな様子が見て取れた。
「可笑しくはないよ、剣舞は大嫌いだけど、剣舞の試合には誰よりも本気で望んでいるからね」
「どういう事?」
そりゃあ、意味が分からないのも無理はない、何故先ほどあれ程嫌いと言っていた剣舞を、どうして本気でやっているのかわからないのであろう、でもそれは答えた筈だ。俺には剣舞しかないと。
俺には剣舞しかないのだ、剣舞でしか人を喜ばせる方法を知らないのだ、剣舞以外で交友を築く事ができない、剣舞以外で対話をする方法が疎い、剣舞以外の全てに疎い。だってそれ以外の事を教えられて貰えなかったから、それ以外のモノは無駄だと排除されたから、剣舞から離れたいと思うと同時に、こうも思う。剣舞を失った自分には、何が残るのだろうかと。
「言ったでしょ?剣舞しかないんだよ、俺には…」
だからかな、本気で負けたいと思うし、負けたくないと思い続けている、だから調理する事を恐れている、これ以上不味くなったらどうしようと。
「理解できないわ」
理解できなくていい、理解してもらわなくていい、彼女というこの競技を愛し続けている人間が理解するべき感情ではない。
「言うかどうか悩んだけどやっぱり言うわ、《
「驚いた、ダブルブレインなんだ」
本当に驚いた、テレビや映像では見た事があっても、実際にダブルブレインである人に会うのは初めてだ。ダブルブレイン、産まれつき一つのブレインを体に宿し、
「一つ目の《運命の決断》は、カウンターを必ず成功させる能力、二つ目の《強制》は相手の行動を命令して制限する能力」
「どうしてそんな事を教えるの?」
「私が武蔵のブレインを知っていて、武蔵が私のブレインを知らないのは公平じゃないでしょ?」
「それもそっか」
先ほどとは打って変わって彼女は気軽に打ち明けてくれる、恐らく朝剣舞後、聞こえた声は彼女のモノであったのだろうと納得していると、すぐに先ほどまでの鋭い眼つきに戻る。どれ程彼女にとって剣聖が大切な物だったのかは知らないが、それを自分は侮辱したのだ、もう仲良くなることはないだろうから、だからここで優劣をつけておいた方が、自分達の為になるのだと、そう言い聞かせる。
「じゃあ俺は会場で待ってるよ、そっちの都合で来ていいから」
「それは…ありがとう…」
彼女の元を後にし、準備の控え室に戻る廊下を歩いていると控室の方から、話声が聞こえる。
「実際海外の神童と戦ってどっちが勝つと思うよ?」
「俺は流石に剣聖だと、思うけど…」
「僕は神童かな?」
「和泉はどっちだと思う?」
その言葉に少しドキリとする、彼女はどちらが勝つと思っているのだろうか、だけれど彼女は答えずに、部屋を後にした。
まるで信じられないと思ったような顔をして、俺の刀と試合用の
―ドテッ、カランカランという音と共に、俺とぶつかり、刀を地面に落とす和泉さん。
「大丈夫?」
「武蔵君!?すみません大事な刀を…」
彼女は申し訳なさそうに刀に異常が無いかを見て確認しようとするが、そんなプロメテウスで出来た刀が簡単に曲がったりはしないのに、と少し暗い感情に支配されていた自分を救い出してくれるように、少しだけ面白い光景を見せてくれた。
「ハハハ、気にしないで和泉さん、負けても和泉さんの所為になんかしないから」
「先ほどの話まさか聞かれてっ?」
そう告げる口を開かないように、指でシーっとやり彼女を静かにさせる、ここに俺が居たと言う事がバレれば彼らも気まずい思いをしてしまうだろう、だからこれを知っているのは、俺だけでいい。
「気にしないでいいよ、和泉さん。それにいつも言っているでしょ?負けるつもりは無いって」
「そうですが…」
心配そうに見つめる彼女は、本当に優しいのだなとわかる、自分を傷つけないように細心の注意を払い、まるで刀を扱うように扱ってくれている。彼女も俺の本音を聞いて幻滅したのだろうか?数少ない友人である和泉さんも失うのは少しだけ堪えるが、まぁ彼女は表だって感情を出すことはないだろう。そこだけはわかるのが少し救いかな?などと考えていると、模擬戦場には彼女が降り立ったようだった、模擬戦場が喝采と声援に満ち溢れている。先に行っている、なんて言って待たせるのは忍びない。
「
すると彼女も鍛冶師の顔に戻る、この顔に戻ったと言う事は万全を期していると言う事だろう、彼女がそういう顔をするのならば安心だ。だが今一度声を聞かせて欲しい、本当に大丈夫なのか、納得して戦う為に。
「無明は万全の状態です、ヘファイストスはこちらに」
愛刀を手渡され、腰に差し、ヘファイストスの薄い布を着るように被る。
「じゃあ行ってくるよ、いつも通り…ね?」
「はい、いってらっしゃい」
その言葉を聞き俺は会場へと歩みを進める。
―模擬戦場
『ここで剣聖東雲武蔵の登場だぁぁぁぁ』
「ごめんね、待たせて。少し話していたら、遅くなっちゃった」
「構わないわ、それより始めましょうか、私達の剣舞を…」
彼女は息一つ乱さず、こちらをじっと見続ける。まるで餌を求める獣の如く息を潜ませ、鋭い眼光で射貫くは俺の命か、はたまた俺の称号か。
「無明」
「クラウ・ソラス」
互いに武器を目の前に出す、彼女の剣は身の丈程もあろうかという、巨大で分厚い騎士の剣、通常であれば、あんな武器は振るう事等出来はしない、だからこそ彼女が規格外の存在であるという納得もできる。
武器を出した事による両者の合意を以て、カウントダウンが始まる。
―3
集中しろ、負けたら意味は無い、負けに価値等ない、全てを否定するのが俺のブレインだ、受け入れろ…東雲武蔵。
―2
お前が倒すべき相手は一人だ、一人でいい。あの神童と言われる少女を、完膚なきまでに…。
―1
一生、剣舞が楽しいなんて思えなくなる程に…。
―0
倒せ!
極限の集中力が必要とされるであろうこの戦い、先に動いたのはミーシャだった。
猪突猛進とも言わんばかりの、真っすぐな攻撃だがそれが、ただの真っすぐな攻撃ではない事など、火を見るよりも明らかだった。
恐らくこの場に居る誰一人として、目で追えていないであろうその攻撃を俺は寸での所で受け流す。
―キィィィンという甲高い音共に、一度間合いを離すがそれを彼女が、ミーシャが許すはずもない、すぐさま追撃にかかる。
「プロミネンス!」
「《
その技を盗み取り、こちらも同じ技で対抗するべく、刀を上段に構え振りかぶる。
「プロミネンス!」
炎と炎の激突、場内は熱気に包まれここが室内では無く、まるで活火山の真上で戦っている様な熱気に体が焼かれると同時に、同じ質量のモノ同士がぶつかった為か対消滅して見せ、熱気は一気に冷まされる。
「やるわね、これ私の必勝パターンだったんだけれど…」
そんな彼女は余裕綽々な態度で言って見せるが、冷や汗が見えるどうやらこれが、必勝パターンというのは本当らしい。
「へぇーそう、必勝パターンね…」
良い事を聞いたと言わんばかりに、俺は左目を思いっきり開く。瞳孔も完全に開き視界にミーシャだけを捉えた。行ける!
「《全てを習得する瞳》」
先ほどの彼女同様、こちらが一度最速の突きをお見舞いし彼女がやった通りに…。
おかしい、俺は何故彼女が分かりきっている攻撃パターンで攻撃しているのか?その瞬間彼女の能力を思い出す。
「ダブルブレインッ」
「《強制》、これは勅命よ。『《全てを習得する瞳》で私と同じ行動をしなさい』」
そう彼女が口にしているのを今思い出す、何も違和感が無かった。それ程、冷静に互いがぶつかり合ったその瞬間に、そう口に告げていた。やられたと後悔するが気づけたのならばその強制力も意味を成さない。
「プロミネンス!」
そう全力でミーシャがやった通りに攻撃を仕掛けるが彼女は反撃をしてこない、どころかその攻撃を我が身で受けるとでも言うべき位に無防備だ。
「《運命の決断》!」
そう唱えるとミーシャへと直撃するはずの攻撃の軌道が少し逸れる。否、逸れたのではない、彼女が避けたのだ。カウンターを必ず成功させる能力。
「プロミネンス・エア!」
ミーシャは高く飛び上がり地面に攻撃を撃ち込んだ。俺へと目掛け、空からの完全なカウンターを仕掛ける。
「《全てを習得する瞳》!」
もう一度ブレインを発動し、地を目掛ける彼女に対しこの技を理解し、この技の到達点へと至る、地を割る急降下の一撃を、空を切り裂く急上昇の一撃へと作り変える。
「プロミネンス・エア」
今度ばかりは予想外だったのか完全に、同じエネルギーを持つが全く別の側面を持つ、一撃同士のぶつかり合いは、両者を吹き飛ばすには十分な一撃であった。
観客席に被害が及ばないように設置されているヘファイストスの天井と壁に互いがめり込む、コピーしといてあれだが、流石に神童と言われるだけの事はある。
どうしようもない程の一撃を受けて、立っているのが精一杯だったが、天井から落ちてくる、ミーシャへと駆け寄り、彼女の心臓を貫く!
―キィィィンとまた甲高い音が鳴る、彼女は何とか意識を保ち俺の攻撃を防いでいる、だがだから何だと言うのだ、何度も何度も彼女を斬り刻む、どれ程決定打にならなくてもヘファイストスの装甲を削りきってしまえば…。
「アーサー家相伝!イン・ネティブル!」
「《全てを習得する瞳》!」
ミーシャは決死の連続攻撃を繰り出すが、それを全てこちらで利用し完全に防ぐ。それでも彼女は諦めない、いつか来る一撃に賭けて、連続攻撃を仕掛け続ける。
―キィィーン
何度も何度も、甲高い鉄と鉄がぶつかり合う音が場内に響き渡るが、その現状を見てしまってはどちらが有利かは、すぐにわかるであろう。
必死の形相で、連続の回避不可能とも思える連続攻撃を仕掛けてくるが、全ては無情にも受け流される。回避不可能なだけであって、ならば受けてしまえばいい話だ。
だが彼女にも限界は訪れる、そんな巨大な剣を高速で振り続けていたら、ガス欠してしまうのは、俺よりも間違いなく彼女の方が先だ。
「限界が訪れるのは私だと思っていない?」
不意に彼女がそう
―ガギィィン
ポタポタと汗だろうか?いや違う、これは血の匂い?誰の?ヘファイストスの影響があって血を流すものなんて…。
「
「それはこっちの………ガッ」
ミーシャの右からくる一撃を全く回避できなかった何故?自分の足元を見るとそこに、血がポタポタと滴り落ちる、今の衝撃による鼻血?いや違う、これは…左目から滴る血?
「《全てを習得する瞳》、その力は大変強力で真正面から火力対決をしても、勝てない事はすぐに分かったわ」
だからとミーシャは続ける。
「武蔵、貴方の限界が来るまで、私は回避不可能の一撃を与え続けた、貴方の特別な目を潰す為に」
この時に理解する、彼女の眼つきが異常に怖い理由が分かった、彼女はこの剣舞と言うスポーツを愛している、それと同時に獣の如き攻撃性も有しているのだ、だからこそ彼女の事はこう表そう。彼女、ミーシャは獣如きなんて生易しいモノでは断じてない、獣そのものだ。
「だからなんだよ?そのフラフラな体で俺に勝てるって?」
ミーシャが最後の賭けとして、大火力の属性攻撃を放とうが。俺には、彼女が使ってきたプロミネンスと言う強力な一撃もある。
「アーサー家相伝!奥義!」
奥義と来たか、それでもそんなもの俺には関係が無いのだ。全力出来ても《全てを習得する瞳》同出力で返してやればいい。
「コロナ・バーストォォ!」
確かに奥義と言うべき異常な出力を誇る一撃だった、それでもそんなものコピーし返し…て…?。
「《全てを習得する……ガッ……なんで左目が?」
「そうなる事を知っているから私はフラフラになるまでこの行動を取り続けたのよ」
冷静に俺の負けを告げる様に、または自分こそが勝者だと宣言するように。
「舐めないで、私が、私こそが
左目から血が止まらずコピーできない、なんで?これ程の一撃を食らってしまったら…。「負けた?」
そう呟くと同時に、彼女が放った火と光の属性攻撃に、俺は吹き飛ばされ…ない。
「まだ…だ…諦めて……たまるかぁぁぁぁあああああ」
そう叫んでもこの一撃の大火力に対する対抗手段は、俺の手の内には存在しない。無明で、刀で受け止め切ろうとするが、それは叶わず無明は、俺の愛刀は、ピシピシとヒビが入り始め、完全に砕け散ってしまった。
『な、な、なんとこの勝負は、ミーシャ選手の武器破壊により…神童ミーシャ選手の勝利だぁぁぁぁぁぁああああああ!!』
衝撃を受けきり、体が倒れる。なんとかまだ意識は保っているが、何故保てているのかもわからない。しかしわかる事が一つある、それは頭に響き渡る実況の声。
『これで武蔵選手の持っていた剣聖の称号は、彼女の元に!新剣聖、神童ミーシャ・アーサーの誕生だぁぁぁぁああああ!!』
そして観客の声が聞こえる。
「おいおい負けたのかよ?あれだけ見栄を張っておいて」
「噓でしょ?」
「ざまぁみろぉ」
罵倒する者、悲観する者、そして罵倒する者、好かれていない事は理解していたつもりだ、だけどこうも盛大に言われると心に少しクるものがある。
しかしそんな事をしている暇は無い、集めないと無明の残骸を……。
あれ?おかしいな、負ける事を望んでいた筈なのに、こんな称号手放したかった筈なのに、なのになんで、こんなに皆に罵倒される事が、苦しいのだろうか?
模擬戦場前の入口を見ると、自分達が整備した武器で、負けた事が許せなかったのか、お抱えの鍛冶師達が一人また一人と去っていく。
一人になりたくなかった、孤独になりたくなかった、だから負けて、皆と同じ場所に立とうとしたのに、その場に残されたのは俺一人。
俺一人だけがその場から動けずに、ただただ自分が失ったものを、今まで手に入れて来たもの全てが、失われる瞬間を見ている事しかできなかった。
第一話 完
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