第二話 無能な剣士(上)

 全ての人が俺の事など、もうどうでもいいと考え会場を後にする。もうこんな壊れたおもちゃは要らないと、投げ捨てる子供の用に。壊れ始めてもまだ捨てないでと声をあげる者が居る、俺だ。俺だけが、まだ捨てないでと願い続けている。

何の為に、ここまで頑張ってきたのだろう?と考える。

 負けたかった筈だ、この重苦しい称号を投げ捨てて、皆と同じ存在になろうとした。そうなる事ができれば、皆と一緒になれると信じ、疑っていなかったから、なのに現実は非情だ、皆と違った俺は、皆と同じになった瞬間、誰でもない誰かになったのであろう、剣聖であったからそれが、俺がこの場に居られた理由だ。それが誰でも代用が利く存在になったからこそ、誰でもいい誰かになったのだ。

 震える手で、無明だった破片を拾い上げる。それをミーシャが悲しい目をしながらこちらを見てこの場に、別れを告げるように立ち去る。あの目はなんだろうか?同情かそれとも、剣聖でもなくなった自分を見限ったのか、答えを知りたい。

 ―待ってくれ―そう言いたかった。今の勝負にケチをつける訳では無い、ただ知りたかった、どうしたらこうならずに済んだのかを。

「どうしたら、よかったんだよ…俺は…」

 誰に向けても話していない自分の声が無情に響く、その言葉が自分の耳に入ってきた時、その言葉が言い訳に聞こえ嫌な気分になる。嫌な記憶は忘れようと言わんばかりに必死に保っていた意識は遠のく。最後に見えたのは、俺と同じく立ち尽くす、和泉さんの姿だった。

 あぁ彼女も自分を見限ったのだろうか?そう思いながら。


「武蔵は凄いわ」

「武蔵は天才だな」

 そう褒めたたえる両親の顔が思い浮かぶ、あぁこれは夢だ、悪い夢以外の何物でもない。何度も同じ光景を見たからこそ、これが夢だとわかる。恐らく叱りに来たのだ、凄くなくなった自分を、天才とは言えなくなった自分の事を。

自慢の息子だと褒め立てる、周囲に、親戚に、そして赤の他人にさえも…。その行動が気持ち悪かった、それが自慢の息子と呼ぶ俺をどれだけ苦しめるか知らずに、何度も、何度も自慢の息子だと他人に自慢する。

 自分は名家の出ではない、名家を何として決めるかはわからないが…。こと剣舞ソードダンスに置いても、間違いなく凡夫の家庭だった、選手ではあったがパッとした印象も成績も残せなかった剣士の父と、その父を支え続けた鍛冶師の母、そんな東雲しののめ家に産まれたのが自分だった。両親は、自分達が一線で活躍できなかった事が、余程のコンプレックスだったのか幼少期から、小学生にもなっていない子供がやるには、厳しすぎるトレーニングを自分に強いてきた。だがそれを異常だとは、その時は毛ほどにも思っていないのを覚えている。自分には才能があったのか、それとも早熟だっただけなのか、はたまた父の剣舞の腕が思っている以上に低かったのかは、それはわからないが、その過剰とまで言えるトレーニングにも着いていけてしまったから、そしてそのトレーニングをこなすごとに、両親が自分の事を天才だと褒め立ててくれたから、それが異常だとは思えなかった。

 異常であると知ったのは、小学生になって、ちゃんとした剣舞に触れた時、誰も自分の域に達していないと知った時、その時初めて自分の家庭が異常な事に気づいた。

 産まれた時から刀を握ってきた自分にとっては、刀は体の一部の様に扱えた、けれどその時に気づいたのだ、自分はブレインすら使っていないのに、なぜ周りに勝ててしまうのだろうかと、それから相手に合わせる事を覚えた、勝たないようにした、そうしないと孤独になってしまうから…だが父と母はそれを叱責する。

「どうして、手を抜くんだ?」

「どうして、真面目にやらないんだ?」

「どうして、本気で相手と戦わないんだ?」

 どうして?どうして?どうして?と何度も叱る、それが周りの目のある場所でもお構いなしに、だからこそ気付かれてしまう、自分が手を抜いている事を、数少ない友人にも、ただの同級生にもバレてしまい、風当たりが強くなってゆく。

 だから高校はこの剣ヶ丘学園に来たのだ、ここにならば自分より強い人が居て、自分も普通になれると信じていたから…。


 真夏の朝の様に寝汗に寝苦しさを感じながら、ついでに酷い悪夢を見ていたからか、勢いで布団を強くめくるようにして、起き上がる。

「ハァ…ハァ…ハァ…」

 嫌な夢を見たと言う事と同時に、辺りの景色を確認する。

 ここは病院だろうか?白い部屋に白い布団、色が失われたかのように全てが白い部屋で、目を覚ます。

 扉から勢いよく出ていく、看護師だろうか?の背中を横目に写し、その場から起き上がり下にあったスリッパを履き、窓へと近づく。病院という事はわかった、だけどどの病院だろうか?

 わかっている癖に、わかっていないふりをしながら景色を見た。あぁわかっているさ、自分がどうなってここに居るのかも、自分の様に剣舞で負けて意識を失うのは、珍しい話ではない。特殊な繊維ヘファイストスで守られているとは言え、凄まじい熱気や水気に衝撃、etc…と剣舞というのは命の保証はされているとはいえ、生身で行う殺し合いには違いないのだ、だからこそ、自分の様に意識を失ってもおかしくはない。というか、剣舞の決着方法の一つが相手の意識を奪う事というルールもある為、気を失わせる為だけの属性攻撃を得意とする者も珍しくない。


 例えスポーツであっても、疑似的な殺し合いである事には変わりない、それを理解出来る様になった時、この剣舞という競技を自分は更に嫌いになってしまった、それこそ剣聖の称号なんて要らないと思ってしまうほどに。

 閉まっていた筈の扉が開き、医者らしき人が入ってくる。簡単に自分自身がどうなってしまって、ここに居るかの説明を受けたが、そんな言葉など何一つ聞き入れる気にはなれなかった。その位考えこんでしまう程には、嫌な夢を見た。


 時刻は夕方を過ぎた時。一人の来訪者が訪れる、その来訪者は意外な人物であったから、その日の記憶に良く残っていた。

「元気では、ないわよね…ごめんなさい」

「ミーシャさん?」

 そう自分が呼ぶと彼女は、ばつが悪そうに答える。

「そのミーシャさんって止めて、ミーシャって呼んで頂戴」

「わかったけど…どうしたの?」

 てっきり、自分の事はもう興味は無いのだと思っていたのだが、恐らく自分が剣聖であったからこそ、あの笑顔で話しに応じてくれたのだと思っていた、しかしミーシャは今も自分に笑顔を送ってくれる、自分は彼女が大切にしていたと思われる剣聖の称号さえも侮辱したというのに。彼女は昨日の昼と変わらずに話をしてくれた。

 その事が、どうしようもなく嬉しかったのは何故だかわからない。

「わかった、けどなんでミーシャがここに?」

 そう呼び捨てで呼ぶと、ミーシャは少し嬉しそうな顔をする、呼び捨てにされた事がないのだろうか?少し恥ずかしいという顔をしながら…にやけている、面白い顔になっているので思わず笑ってしまった。

「ハハハッ」

「なによ?」

「いや?少し面白い顔をしていたからね、つい」

「面白い顔って何のことよ…」

 今の自分の表情を気づいていないのか?ならばと、近くにある携帯のカメラ機能を使ってミーシャの顔を撮り、彼女に見せる。

「だってこんな顔を、しているんだよ?」

「こ、これが…私ぃ?」

 信じられないモノを見たと言わんばかりに、首を横に傾ける。いつまでもこんな話をしていたい、だが一応病院には面会時間というモノがある、自分には無いかもしれないが、でも彼女がここに来た理由も知らずにまた今度と言うのは、自分が納得できない。だから本題を聞き出す。

「ミーシャはどうしてここに?」

「どうしてって?そりゃあ、剣舞で戦った相手が入院したら、お見舞いに行くのは常識でしょ?」

 そんな常識聞いた事もない、彼女の優しさ故か、それとも彼女の祖国では当たり前の事なのか…それはわからないが、彼女が心の底から心配してここに来てくれた事は、すぐにでも理解できた。

「そうなんだ、ありがとうね」

 お見舞いに来てくれてありがとう、自分の思っていることを正直に伝えたつもりだったが、彼女はポカンとした顔をして、笑いだす。

「フフフッ、気を失わせた張本人にお礼なんて、武蔵貴方よく他人から変な人って言われない?」

 普通なら怒る所よ?ここは、と彼女は続ける。

しかし変な人とは心外だ、そんな事は言われたことは無いし、そもそもここまで気軽に話してくれる人も居なかったが…そんな事はどうでもいい、今はミーシャとの会話を楽しもう。


 そうしてミーシャと話す、剣舞についても、剣舞以外の事についても、日本の事、彼女の国の事、どのような違いがあって、驚いたなどそんな事を話し合う。

 とても楽しかった、彼女と本当の友人になれたようで、でも楽しい時間には終わりがやってくるものだ、彼女の携帯に一通の電話が入った瞬間、その楽しい時間は終わりを告げる。

「ごめんなさい、今日の事ママに報告しないといけない時間が来たみたい」

「それは、仕方がないね」

 ママ、その響きを聞いた瞬間、ミーシャの親との関係性は良好そうで安心すると同時に、自分とは違うのだという事を知り、少しの羨ましさというモノが生まれた。

「いいなぁ」

「何か言ったかしら?」

 思わず口に出してしまっていたらしく、帰る準備をしていた彼女が振り返る、しかし言った内容は聞こえていないようで、安心する。

 他人の両親を羨ましがるなんて、それこそミーシャに変な人と思われるかもしれない。何故だかわからないが、それだけは嫌だったのか、自分はここで一つ嘘を吐く。

「いや?ミーシャを見ていると両親を思い出すよ」

 どうしてこんな嘘を吐いたのだろう?決して両親の事など思い出さない、彼女の様に純粋に剣舞という競技を愛している人間と、妄信的に剣舞にすがっている両親、似ても似つく訳がない。

「そうなの?なら会ってみたいわね、武蔵の両親に」

「勘弁してくれ」

 本心でもあり嘘でもある、会わせたくないのと同時に会わせたくもある、これだけこの競技を愛している人を見れば両親も変わるかもしれないと思って。

「それじゃあ…いい夜を」

「うん、また今度」

 考えている事とは別に、彼女との今日最後の会話は、ごく普通なものであった。


 次の日は嫌な夢も見ずに起き簡単な検査をし、明後日には退院できると言う事を医者から伝えられ病室で時間を潰す。何をしようかと考えはするが、行動に移す気は更々無い。なんでか全てが面倒になり、やりたくなくなった、自分自身の価値が無くなったからだろうか?それとも剣聖の称号を実力で剥奪されたからこそ、安らぎを得たのだろうか?そんなどうでもいい事を考えながら、時間を潰し、時が刻一刻こくいっこくと過ぎるのを待つ。

 そして今日の夕暮れ時にまた、来訪者が訪れたのだった。


「武蔵君…失礼します」

「和泉さん、久しぶりー」

 昨日のミーシャに引き続き、和泉さんもお見舞いに来てくれる、中々自分に会いに来てくれる人なんて、珍しいので少し驚きを隠せずにいた。

 自分はこんなに人気者だったかと、やはり負けた事で普通になれたのではないかと勘違いしそうになる。

 だがそんな甘い話は無いだろう、彼女から伝えられるのは、現在の自分の立ち位置で自分から話せるのは自分がどうなったか、それだけだ。

「あの武蔵君…これ」

 そこには、転属願と書かれた数個の封筒がある、やっぱりねと納得し、あの時見た景色は、何も間違ってはいなかった、自分は、彼らの削り研ぎあげた魂の一作、無明という一本を粉々にしたのだ、それは納得できる。ならば彼女が来たのも…。

「和泉さんも転属?いいよ、でも今日は違う話をしたいかな」

「いや、違っ」

「俺の話をしてもいい?」

 彼女が言いきる前に、話を始め彼女は黙って話を聞く体制に入ってくれる。

「俺自身の事、と言っても対した話ではないんだけど…いい?」

「大丈夫です、どんな下らない話でも、私は付き合いますとも、えぇ」

 ならばよかった、ならば聞いて貰おう昨日も医者が言っていたがよく聞いていなかった話を。

「俺のブレイン、使えなくなっちゃった」

「え?」

 彼女は驚愕している。そうだろうとも、俺自身今日改めて聞いて驚いたのだ、彼女が知っていましたよと当たり前に流されてしまっては、俺のブレインも報われない。

「それはどういう?」

「えっとね、なんか俺のブレインは左目が重要だったらしくてね」

 一昨日の戦いで目を潰されたと言う言い方は悪いが、その出来事によって、俺のブレイン《全てを習得する瞳》は悲しいかな、失われてしまったと言う訳だ。

「それは治るんですか?」

 さぁ、ここの医者もこんな前例は見た事が無いと言っていたから恐らく治る事はないのではないだろうか?だがそこまで悲観する事でもない、これで普通に戻れる。剣士で無くても生きていけるし、剣舞の選手以外で食うすべを持っていない訳でもない、だから。

「今は明後日の事を考えるよ」

 学校はどうしようか、両親にはどう説明をすればいいかと、考える事を優先したい。そんなクヨクヨしている時間はない、ようやく普通の人として生きていける、両親もブレインを無くした自分に、まだやれるとも、天才だとも、言うことは無いだろうから。これで俺は…。


「前を向いているようで、安心しました」

 そう言うと彼女は満足したのか病室を後にする、しかし声が震えていた。流石にいきなり言うのは、まずかっただろうか?それだけが脳裏によぎるが。

 今は、学園を辞めた後の事を考えなくては。

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