第一話 天才東雲武蔵と神童ミーシャ・アーサー(中)

 ―2年A組教室内

 ワイワイガヤガヤと騒ぐ声が聞こえる、けたたましい騒音を後目に、自分の席である一番端の一番後ろ、隣には誰も居らず大変過ごしやすい場所だったのだが、何故か隣に新しく一つの席が増設されていた。

「えっとぉー」

 記憶を振り絞る、何かあったはずなのだ、今日という日に特別な何かが、と必死に頭を回転させるが、朝の剣舞ソードダンスの所為か、睡眠不足の所為か、よく頭が回らないと言うか眠い。そもそも今日、自分はなんであんなに速く起きたのだろうか?自分を劇的に変えうる何かが近づいてきているのだろうか?劇的な変化という言葉と共に思い出したと同時に声を掛けられる。

「今日は転校生が来る日ですよ、剣聖さん」

「和泉さん、そうそれを今思いだしたよ」

 和泉いずみうちはさん。俺とは昔からの腐れ縁で、俺の鍛冶師の一人でもある彼女が忘れていた事を、わかりやすく教えてくれる。だがその剣聖さんと言うのは、やめてほしいのだが、まぁ言うのは彼女だけでもないし、彼女だけをとがめるのは違うかと飲み込み席に座る。

 席に座り窓から学園の外を見つめるように、HRが始まるのを待っていると。

 ―ダンッ

 と扉を勢いよく開く音がし、教室は先程までの喧騒はどこへやらと静まり返る。すると先ほどの模擬戦の前にすれ違った、赤毛の女性がその目をギラつかせ立ち尽くす。

 然程さほど高くは無いが、女性の平均は優に超えているであろう身長と、比べてしまうのは、失礼だが、和泉さんと比べると悲しい程小さいバスト、だがそれでいてスタイルはいいのか全体的にまとまっている印象を受ける。

 そして何よりも目が怖い、不機嫌なのか、それとも元々そういう眼つきなのかはわからない、だがその眼つきを以てしても、美しいと評さずにはいられない女性が、そこに立っていた。

「2年A組はここであっているかしら?」

「あっていますよ」

 和泉さんが物怖ものおじせずに案内し、貴方の席はここですと。俺の横に誘導してきて隣に座らせ、それじゃあと言った感じで彼女も自分の席へと戻る。気まずい、なんとも気まずい、しかし自分も物怖じする訳にはいかない、女性と余り話した事は無いが気にするな、挨拶だけはしっかりやると、自分でも決めている筈じゃないか。

「おはよう」

 勇気をもって話かけるが、全く相手にされず、自分は撃沈げきちんし朝のHRを迎えた。


 教師が教室に入りHRの時間を迎えると同時に、紹介を行う。

「皆も知っていたでしょうが、今日からこのクラスに新しい仲間が増えます。イギリスから来たミーシャ・アーサーさんです、ハイ拍手~」

 なんとも気の抜ける教師の言葉を合図に皆で拍手を行うが、彼女はそれが気に入らなかったのか、それとも興味が無いのか。

「ミーシャ・アーサー、よろしく」

 それだけ言うと俺の隣である席に戻ってくる。

「それじゃあ武蔵君、アーサーさんにこの学校の案内よろしくね?」

「先生、聞いていないんですけど?」

 言ってなかったかしら?と笑いながら次の話に進んでいるが、それどころではない、この怖い女性の案内を自分にしろと?それは無理な相談だ、テキトーに理由を付けてバックレよう、転校生である彼女に興味を持つ人も多い事だろうし、俺以外にもその役割は事足りるであろうと思ったが、現実はそう甘くはない。

 彼女の第一印象が悪すぎたのか、誰一人彼女に近づこうとしないのである。普通であれば、海外からの転校生で、尚且つ神童ともうたわれる、人間に近づこうともしないとはどういう了見なのだ?と疑問に思ったが、今自分が想い描いている感情そのものが答えなのであろう。怖い、たったそれだけの感情が自分を支配していることが分かる。


 昼になり昼食を食べる時間になるが、未だに彼女に話かけようとする生徒は現れない。どころか彼女は既に避けるべき対象の一人となっているようだった。流石に話しても居ない人間を第一印象で決めるのは、無礼千万、失敬千万。そのような態度を取ってよいはずも無いと考え、もう一度彼女に話しかける。

「あのアーサーさん?」

「なにかしら?」

 朝とは違い普通に応対してくれている、やはり朝は不機嫌なだけだったのだろうか?

「食堂に案内するよ」

「そう、ありがとう。でも必要ないわ、自分で作ってきた物があるもの」

 意外と家庭的な一面を見せる彼女。そして彼女は自分にとって、余り好ましくない質問を投げかけてくる。

「それより、昨年の剣聖祭けんせいさいの王者がこの学園に居ると聞いて、ここに転校してきたのだけれど、貴方知っている?」

 正直に答えた後の展開が目に見えているので話したくはないが、だからといって自分の話にも関わらず、知らないと口に出し嘘を吐くのも、躊躇ためらわれる。だがら自分が望まぬ反応が返ってくるとしても、ここは素直に話そう。

「それは、俺だよ…」

「そうなの?ごめんなさい。無礼な真似をしたわね、改めて私はミーシャ・アーサー、ミーシャでいいわ」

 思っていた反応と少し違った、ならばこちらもそれ相応の態度で返礼しなければ失礼だろう。

「俺は、東雲武蔵。よろしく、呼び名はなんでもいいよ、ミーシャさん」

「よろしく、じゃあ武蔵と呼ばせてもらうわね」

「うん、構わないよ」

 すると彼女はようやく見つけたと言わんばかりに、嬉しそうな顔をしてこちらを見る。そんな顔をされるとドキッとするからやめて欲しいが、そういう事は言ってはいけないというのは、理解している。そして彼女は語り出す、なぜ彼女はここまで辺境の土地にまで転校してきたのかを、それは凡そ理解できるものではなかったが、大体の事は知る事ができた。

 曰く彼女は大好きな剣舞をより高いレベルでやりたいと言う願いを叶える為、遥々はるばるこちらまで転校してきたそうだ、年に一度ある国同士の対抗戦では満足できなかったらしく、常日ごろから、強い猛者もさと共に研鑽けんさんを積みたいとの事だった。

 その、ご立派な考え方からなのか、彼女の日本語は、まるで長年日本に住んでいると言っても、不自然では無い程までに洗練されている。恐らく彼女が言う事は事実なのだろう。本当に剣舞という競技が好きで、好きでたまらないのだ。だからこそ家族を置いてこんな異国の地に足を踏み入れる事ができる。

 だが彼女もやっぱりと言うべきか俺にこう説いてくる。

「貴方は何の為に、剣を握っているの?」

 何の為に剣を握っているのか?そんなの考えたくも無い、ただただ惰性でやっている事を続けていたら、剣聖祭優勝の肩書を手に入れてしまっただけだ。勿論努力はした、努力もせずに負けて自分に言い訳をするのが嫌だったから。だけどこの競技を楽しいと思った事はない、ずっと親に強いられてきた事を、楽しいという人間がどこにいるだろうか?そんな子供居る筈がないのだ、親を喜ばせたい一心で精一杯努力もしたし、結果も残してきた筈だった、だから最初の頃は好きだったのであろう、でも親はそれすら満足せずに、自分を天才だ、天才だと持てはやし、自身の子供を使い自分が賞賛されていると勘違いし続けて、それを求める為にずっと自分に勝つ事を強いてきた。

 そんな親の教育を受けてこの競技を好きでいられるか?いられる訳がない、自分のブレインの特性上、どんなこともできたし、やれてしまったのだ、だからそれが嫌だった。

「俺には、特に理由は無いよ。…俺には剣舞しかないからこの競技を続けているだけ」

 彼女はふむふむと納得しているようだったが、彼女は何処まで行っても剣舞の事になると盲目的であった。自身がこれだけ楽しめる剣舞というスポーツを、苦痛と言いながらやる人間が居るなど考えられなかったのだろう、だからこそ自分の言葉の本質をまるで理解していない、見当違いの言葉がでてくるのだ。

「それって、私にとっては羨ましい限りだわ、自分には剣舞しかないなんて夢のよう」

 彼女の場合剣舞以外にも考えるべき事があるのだろう、俺にだってある。ただ俺はこの場から逃げ出したくても逃げ出せない、親と実績という二つの物に束縛されているのだ。夢の様だって?その夢は悪夢の間違いじゃないか?と聞きなおしたくなるが、それを言ってしまっては折角できた彼女との関係も崩れてしまう、何故かそれだけは嫌だったのだ。

どれ程頑張っても、自分が至る事の出来ない境地に居る彼女を見て、恐らく自分は羨ましいと思ったのだろう。だからこそこう返そう。

「羨ましいなんて、そんな事ないよ」

 しかし彼女はやはり剣舞に至っては何処までも、盲目的であった。それを失念していたというか、まさかここまでとは思ってもいなかった。

「いいえ、羨ましいわ。だって、貴方は剣舞の事しか考えずに、剣舞に打ち込めると言う事なのでしょ?」

 楽しそうにそのような事を言う彼女の、その言葉に不思議と苛立ちを覚えた。剣舞の事しか考えずに?無理やりそのようにさせられても、それは楽しい事なのか?剣舞に打ち込める?できる限り打ち込みたくはない。止められるならば今すぐにでも止めたいんだよ、その気持ちがアンタにわかるのか?

「それって、そんなに楽しい事?」

 ほぼ笑えているかもわからない自分、必死に口を引きつらせ笑っているように見せ改めて、彼女に問う。本当にそう思っているのかと。

 彼女は笑って答えるであろう、引き返すのならば今だ。だけどそれを聞きたい自分も居るのだろうか?彼女と決別したくて、その言葉を聞きたいのだろうか?

「ええ、楽しい事に決まっているわ、だって剣舞なのだから」

 その言葉を聞いた瞬間、俺の心は彼女に対して敵対心を持つ、だって彼女は俺にとっての両親そのものに見えるのだから、剣舞を楽しいとこちらに言い聞かせ、支配しようとしてくる、それが彼女という人間だ。

 飛躍しすぎているかもしれない、だがそんな事しったこっちゃぁない。彼女は自分にとっての敵だと認識せざるを得ない。

「剣舞が楽しい?」

 改めて自分に問うように話しかける、楽しい訳がないだろう。

「そうよ、だって私にとって、唯一の希望なのだから」「私達にとって貴方が、唯一の希望なのだから」

 そう両親の声と彼女の声が重なった瞬間、耐えきれなくなる。呆れてモノも言えない、人を斬り倒す事の何が楽しいんだ?ずっと努力してきた人の、努力を踏みにじって何が楽しいんだよ。

「それは、ミーシャさんが異常なんだよ」

 え?と彼女はこちらを向く、その表情は笑っていない、彼女は裏切られたと言う顔をしている、それはこちらのセリフだ。彼女に裏切られた、神童と持て囃された彼女であれば自分と同じ苦悩を抱いていると思っていた。

 だがそれは違った、彼女は何処までも純粋で本当に、剣舞というスポーツを愛している。自分にそれが理解できないのは、恐らく過去の差であろう。

「楽しくなんてないよ、剣舞は」

 彼女が黙りこむ、信じられない者を見たかの様に、そしてその瞳は敵対心へと変わる。

「じゃあ、貴方は何のために剣舞をやっているのよ!」

 一際大きな声で彼女が叫んだ為、今この場に居る全員がこちらを見ている。目立つ事は嫌いだ、できる事なら穏便に済ませたかった、けれども彼女が理解できない、何の為にやっているかだって?いいよ、言ってやるよ、何の為にやっているかを。

「親のエゴだよ、親のエゴで嫌な事を続けさせられて、本当は出たくもない剣聖祭に出て、剣聖の称号を渡されていい迷惑なんだ」

 その言葉に彼女は激昂する。

「由緒正しき70年の歴史がある、剣聖祭の優勝者しか名乗る事の出来ない剣聖の称号が、いい迷惑ですって?」

 丁度彼女の逆鱗げきりんに触れてしまっていたらしい、しかしそれもしょうがない剣舞というスポーツに対し対極に位置する俺達は遅かれ早かれ、こうなっていたのだろうと納得もできるし、もう問題も無い。彼女とは相容れない存在だ。

「もう一度聞くわ、武蔵!訂正するなら今の内よ」

「訂正なんてする訳ないだろ?こんなスポーツが楽しいなんて思っているミーシャさんの頭を心底、心配はするよ」

「言ったわね?ふざけるんじゃないわよ!」

 彼女は更に激昂する、たかぶりしかしその瞳の奥は冷酷で、とても寒気がする。正直に言って怖い、だがそれがなんだと言うのだ。

「そんなに剣聖の称号が欲しいならくれてやるよ、ただし俺に勝ったら」

 すると彼女はニヤっと笑みを浮かべる、それ程自信があるのだろう、海外の神童さんは。このスポーツをやるべくしてやっている存在なんて、自分からしたら嫌悪の対象でしかない、理解できないし、するつもりもない。

「言ったわね、貴方を完膚なきまでに叩き潰して、貴方から称号を奪い上げる!貴方には剣聖の称号なんて相応ふさわしくない!」

「あぁ奪えよ、とっとと奪ってくれ、俺から全てを取り上げてくれ、そのためにならば俺はこの大嫌いな剣舞という競技を全力でプレイできる!」

 勝つのは、実績十分の天才か、それとも未知の要素が多い神童か、そんな事はこんなスポーツを楽しみに見ている観客共に口論させておけばいい、自分達は死力を尽くして戦うのみだ。

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