第一話 天才東雲武蔵と神童ミーシャ・アーサー(上)
寝転がり空に手を伸ばすが、そこには何もない。虚空を虚しく掴み、何か口惜しむかのように、少年はただただ腕をだらりと下げる。
春も終わりを告げ、少しずつ夏の暑さが体をひしひしと蝕む、今日この日。
広い広い大海原に囲まれた人工島、そこで一人孤独に佇む男が居た。
「つまらないなぁ」
なにもかも投げ出したいと考える。けれどそれを、神は知ってか知らずか、逃げ出させまいと、自分をこの場に束縛する。逃がさないと、逃げる事は許されないのだと、それが上に一度立ってしまった者の宿命だと言わんばかりに、少年をそこから離そうとしない。
この島は、俺にとって
―カシャン
降ろした腕に何かが当たったような音がし、その方向を見る。あぁお前か、何度も何度も寝床を共にし、何度もこの手で握り、使い続けた刀。自分に用意された手錠、昔は好きだったと、別れた恋人を想うかの様に、その刀を女々しく想い、一度鞘から抜刀し、刀を空へと掲げる、お前もこんな人間に使われて可哀そうに。心からそう思う。
「無明」
刀の名を告げると、返事をするかのように刀は淡く発光する。そして名を呼んだのが、持ち主本人と認識したのだろうか?刀は発光を止め、綺麗な刀身を露わにする、それにしても無明とは、なんとも俺にあった名前をした刀なのだろうか。
無明、それは無知である事を意味する。この島に居ながら、何一つ知ろうとしない自分には、よくお似合いの名前だ。
横に置いていた鞘に刀を戻し、今度は刀を持ち上げ立ち上がる。
ここ
だからかは分からないが、今日は転校生がやってくるらしい、なんでも海外の一線で活躍した女性らしく、周りからはまるでこの剣舞をする為に、産まれてきた神童とも騒がれる程の逸材らしい。どこか親近感が湧くが、しかし自分とはまるで違うのだろう。望まずこのスポーツを、惰性で続ける俺と、国を背負ってこの国に転校してくる令嬢とでは、同じ存在と言うには、なかなかに傲慢が過ぎる。
立ち上がり学園へと向かう、今日も楽しくも無いが、一つだけ興味が湧いた学園へ。
―剣ヶ丘学園前
ここ剣ヶ丘市にある唯一の高等学校、人工島で尚且つ数十万人を抱える島に置いて、高等学校一つは少なすぎはしないかと、疑問にも思うが。そもそもここ、剣ヶ丘市は、剣舞に関わる人間、そしてその家族等が住んでいる島。故にそもそも自分自身が通っている剣ヶ丘学園も、約千人と言う生徒が居る、そしてこの学園は基本的には全寮制であり、小さい頃からここに住んでいる人間はごく稀だろう、剣舞に関わる人間の単身赴任先か、剣舞のプロが集い興行試合をするのがこの市の特徴だ。来訪者といえば、今日の様な転校生か、それとも剣舞の自分の企業傘下のチームに入れようとするスカウト、
「おはようございます」
挨拶をしてくる生徒がいる、彼は恐らく鍛冶師コースに進んだ生徒であろうか、自分という少なくてもこの学校の実力者に少しでもすり寄り、
swordというのは、鍛冶師が生み出す刀剣そのものであり、その形は多種多様だ。俺が持つ刀の様な形もあれば、騎士剣の様な形もあったり、レイピアだったり、ダガーであったり、果ては弓であったり、swordといっても特に剣である必要は無いのが、剣舞の特徴の一つでもある。要は弓であろうがなんであろうが、刃が付いていればいいのだ、弓に刃が付いていなくても、矢に刃が付いているのであれば、それはswordと言い張れるのだ。
だからこそ、その魂胆が透けて見える生徒にはこう返す。
「おはよう」
それだけ返し、早々に相手の前から消える「あっ」という声と共に残念がっているが、当たり前だ。ただでさえお抱えの鍛冶師が数名居る、これでも頑張って減らしたのに、自分の称号の所為かこのように諦めずにすり寄ってくる生徒は少なくない。
鍛冶師というのは、剣士、つまりは自分の様な刀を持ち剣舞を行う選手とは違い、選手をサポートする存在、刀を強化したり、刀の整備をしたりしてくれる謂わばトレーナーとも言える、選手専属のサポートをする事を、専門としている人間の事だ。
そんな事を考えている内に剣ヶ丘学園内部に入り、靴を上靴に履き替えると。
「「「おはようございます」」」
望んだ訳では無いが、その称号の所為で手に入れてしまった、お抱えの鍛冶師達が、まるで偉い人を前に、朝の朝礼をするかのように挨拶をしてきてくれる、その光景を見て、「憧れるなー」と呟く人間も居れば、権力の象徴を見るかの様に気に食わないのか、舌打ちをして去る生徒様々だが、だが好意で挨拶をしてくれている人間にはこう返さなくてはならない。
「おはよう」
と、挨拶をされたら挨拶をし返す、それが基本であり、人間社会のマナーと言っても過言ではないだろう。人の好意を無下にはしては、何時か罰に当たるそう考える。
「今日も良いご身分だね?武蔵君」
「望んでやらせている訳ではないよ」
挨拶を見て、羨ましがるでもなく、手が届かないものとして目を逸らす訳でもなく、噛みついてくる者も居る、それがコイツの様な存在。まぁ全員が畏怖して近づいてこないよりは、敵意丸出しでも近づいて来てもらえる方が多少はありがたい。
「おい、剣聖様に失礼だぞ」
お抱えの鍛冶師が自分と、相手の間にそう口に出しながら割って入るが、お前には用はないと言わんばかりに、押し退け更に一歩近づいてくる。
「どうしたんだよ、……
少し名前を思い出すのに、時間を割いてしまったが、それが彼の劣等感を刺激したのか、胸倉を捕まえ、こう言い放つ。
「ッ
ここまで言われれば、もう自分でも分かる、要は勝負しろという事だろう、一度時計を見ても朝のHRまではまだ時間があるし、何より教室に居ても居心地が悪い。
ならば受けようじゃないか彼の挑戦を、相手は勝てば自分の全てを奪っていく狂熱の如き獣で、こちらは勝った所で何も得る者は無いが、それでも戦いを挑まれたのなら、余程の事が無い限り、断りでもしたら逆に自分を
「いいよ、勝負しよか…織田信辰君」
朝の剣ヶ丘学園に、今戦いの火蓋が切って降ろされる。
―
「いいんですか?あんな相手無視しても、誰も文句を言わなかったのに」
「構わない、それにこの学校の校訓は切磋琢磨だろう?」
そうですが…と言い黙ってしまう、確かに鍛冶師達本人は戦ってほしくはないだろう、なにせ少なくても学校一の生徒が負ければ、自分達の経歴にまで傷がつくかもしれないのだ、ならばできるだけ戦わずにちゃんとした、公式戦や、負けても言い訳の付く演習試合で戦って欲しいものだろうが、正直彼に負けてこのままこの称号からも、手を離せるなら、願ったり叶ったりだ。とはいえ全力でやらないと彼らからの、非難も絶えないだろうから真面目にやるが。
「それより特殊な
プロメテウスと、ヘファイストス、2010年頃に発見された金属と繊維の名。プロメテウスという金属の発見によって剣舞の基礎とも言える人が持っている可能性の能力、ブレインを引き出し、物理法則を無視して地水火風と光と闇の6つの属性を発生させる金属。
そしてヘファイストスは人の目には見えないレベルの薄さでも極限の防御性能を見せる繊維、特に斬撃に対しては無類の強さを誇りどれだけ斬ろうが傷一つつかない、それこそプロメテウスの様な特殊な金属でもない限り…。この二つがほぼ同時に発見され、尚且つ両方が簡単に量産可能であった為、世界からは劇的に死亡事件が減った、それ故にできたのがこの剣舞という競技、人の内に秘めた闘争という本能を、どうにか抑える為にこの、傍から見れば殺し合いにも見える競技が成立している。そしてその成立にはこのヘファイストスが大きな貢献を果たしている、何故ならば片方は切れ味が鋭く、人に人ならざる能力を与える金属に対し、アンチプロメテウスと言わんばかりに、そのプロメテウスの効力を抑えきる事ができる、地球上もっとも防御に特化した繊維ヘファイストスがこの剣舞というスポーツを作り上げていた。
「それならば、どちらも準備完了しています」
男はそう言いとても薄い布のような物と、愛刀である無明を手渡してくる。
スポーツというからには殺し合いは出来ない、人を実際に斬れる刀を持って戦っているのに何を言っているのかともとれるが。この競技は実に安全性に配慮されている、まずこの制服は全てヘファイストスで出来ており、しかも制服程厚いヘファイストスであればプロメテウスで出来た剣でも斬る事は不可能であろう。そしてどれだけ薄くてもヘファイストスはどれ程の威力を受けても、必ず一回は完全に防御できる特性を持っているため、余程の事が無い限り、もしも…が起こりえないのだ。
もしもの事が起こりそうな場合でも、それを行おうとした者は、剣舞会場にある自動で動くスタンガンのような物で、拘束される仕組みにもなっている。
「お気をつけていってらっしゃいませ」
「そんな硬い言葉使わなくていいよ、少なくても今居る学園の人には負けないさ」
そう告げ、模擬戦会場がある場所まで、ヘファイストスをかぶりながら、無明を腰に差し歩いてゆく、途中この辺りでは見ない、赤毛の女性とすれ違ったが、彼女は誰だろうか?少なくても自分の記憶には、彼女の様な人はこの学園に居なかったはずなのだが…。海外のスカウトだろうか?
まぁそんな事はどうでもいいか、と考え一歩また一歩と模擬戦が行われる会場に歩いてゆく。
―模擬戦会場―
「遅かったじゃないか、逃げ出したのかと思ったよ」
「逃げ出せる程の勇気があれば、この称号も持ってないし、この学園にも居ないよ」
「その
もう化けの皮が剝がれたのか、相変わらず短気な奴だ。だが短気だからといって油断できる相手ではいない、少なくても織田信辰はこの学園でも上位に入る実力者であるのは、間違いないのだから、剣を抜刀し中段に構えると。相手もそれを待っていたかの様にハンドガンのような銃を構える。
「ブレインの使用は?」
「ありに決まっている」
ブレインとは、プロメテウスに触れた事により使えるようになる能力・スキルの事、例えば力を倍増させるだったり、動きを速くするだったり、果ては物理を無視して空中を飛んだり、ブレインというのは、人の数だけ違う能力がある。それ程までに多種多様だが、多くの場合は似たような能力の下位互換だったり上位互換だったりする事が多い、この競技をする者にとっては、このブレインをどう使っていくかが勝利への鍵である。
それとごく稀にだが、プロメテウスに触れる前から能力・スキルを持っている者が居てその人の事は、ダブルブレインと呼んだりするが、プロの中でもごく稀な存在であり、自分でも直接戦った事はない。
「じゃあ属性の使用は?」
「それも勿論YESだ。
属性は、プロメテウスで出来た物に触れている間だけ使える、能力の事。地水火風を操りそして、光と闇すらも物理法則を無視して作りだし、攻撃に応用する。等価交換も必要としない、ブレインとは違い全く解明されていない、未知の技術それが属性。
ブレインはその名の通り脳の使用率を各段に上昇させることで、超常的な現象が起きているらしい、脳が発達したからと言って、空を飛べるのかと疑問にも思うが自分のブレインで起こる事象を見れば確かにそう思えなくもない。
「準備はいいか?」
「無論、できている」
俺の問に、織田信辰は先ほどまでの血走った目を落ち着かせ、恐ろしい程に冷静な表情でこちらを見ている。
ゾクゾクっと背筋が凍るような感覚に襲われるが、これは高揚だ。今から戦うと知って肉体が緊張感を抱いているのだ、だからこちらも落ち着く。
―3・2・1・0
カウントダウンが0になった瞬間、全ては始まる。
最初に動いたのは、信辰だった。片手に持った銃をこちらに向け、一発また一発と打ってくる、斬り落とせる。だがその選択肢を選んだ瞬間、自分の敗北は近しいモノになる、だからこそ回避を選択しギリギリの所で避ける。
「《
そう信辰が口にするとともにブレインを使用する。銃弾がまるで散弾の様に弾け、分裂するが弾は小さくはならず、そのデカさのまま無数の弾丸となって襲ってくる、これがあるから彼相手の戦いはやりにくいのだ、相手は銃、プロメテウスの武器を持つことの副産物に身体強化があり、それのお蔭で弾を避けるという動作も、弾の軌道を見るという動作も対した不便はしない。
だが不便はしないと言うだけだ、銃弾は勿論早いし避けているだけでは、勝負は一向に進みはしない。だからこそヘファイストスの損傷具合で勝負を分ける時間切れ戦法それが彼の
「まだまだ行くぞ!織田流相伝!影縫い!」
そして更に厄介なのが、彼の実家に伝わる血統術…闇の属性で相手の影を縛る技、影を縛られると動けなくなる、どうにか回避をと思っても、本人ではなく影に回避行動を取らせなければならないので回避も難しい。
まぁだから何だと言う話なのだが。
影で縛られ動けなくなる、しかしそれを使っている間は無力になる、ならば簡単の方法がある。
「《
自分のブレインを発動させる、《全てを習得する瞳》。そのままの意味だ、相手の技術を盗み自分の物とし、その技術を術者本人よりも上手く使えるという、相手からしたら堪ったものではない能力、相手の努力を踏みにじるだけに存在するかのような能力こそが、俺の能力である。
「織田流相伝、影縫い」
信辰はこの血統術を止まったままでしか使えないようだが、この術の完成形は動きながら使う事。動きながら攻撃をしながら自分の影が相手の影を重なり合わせて無理やり、相手の動きを止めるもの、それがこの術の神髄だ。
「クッソ」
術の行使を止め回避運動を取るがもう遅い。お前はこちらの術中に
「お疲れ様、いい勝負だったよ」
彼の影と自分の影を繋ぎ合わせ、動きを強制的に止め後は、こちらがやりたい放題するだけだ、刀を鞘に戻し相手の銃を奪い取る。
その瞬間勝負は決したと告げるように。
いつの間にか身に来ていた生徒達がわーっと歓声を上げ、それと同時に上のディスプレイにはYOU WINと表示されていた。
「解除」
そう唱え影縫いを解除し、彼の銃を彼の元へと返却する。
「クッソガッ」
まだまだ口だけであれば威勢は良いが、その表情はまたやられたと後悔している真っ最中であろうことが伺える。だからなんだと、同情は哀れみを呼び、アドバイスは逆上を買う、勝者として織田信辰にしてやれる事それは、何も言わずにこの場から立ち去るそれだけだった。
「なかなかやるわね」
立ち去りながら、どこか美しい音色の声がそう告げる、しかし声のした方向を見ても、誰も居ないのであった。
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