なんかムカつく

入間しゅか

なんかムカつく

私のことをよくバカにするけど、きみは三角食べが出来ない。お箸が上手に持てない。テーブルマナーを知らない。口をくちゃくちゃ言わせて食べる。食べながら喋るし、よくこぼす。そんなきみが嫌だったから、私は校長室に呼び出された。お昼休みを校長先生と過ごした。


「どうして吉田くんの席に画鋲なんて仕掛けたんだ?」校長先生は口元に優しい笑をたたえて言いました。まるで立てこもり犯を説得する刑事のように。

「さあ、知りません。ムカついたからじゃないですか?」

「自分のことなのにわからないのかい?」

「では、校長先生は自分でどうしてこんなことしちゃったんだろうって分からなくなったことがないんですか?全部説明できると?」

 校長先生はポリポリと頭をかいて、首を傾げた。やれやれと聞こえてきそうな、いや、聞こえてきた。まあいいよ。先生方にどう思われたって授業の号令の時、前を座るきみの椅子に画鋲を仕掛けたの事実なんだから。

「後藤先生から山根さんは成績もいいし、皆勤が続いてて非常に真面目な生徒だって聞いていたから私も今回のことにはびっくりしたよ」

 後藤先生とは私のクラスの担任だ。担当科目は数学。やたらと背の高い女性。それ以上特筆すべきことはない。そうですか。成績がよくて真面目ですか。随分、表層的な評価で後藤先生らしいですね。成績、素行、出席率。この三つが高水準だと学校では簡単にいい子になれる。社会人っていうのそんなに単純な指標でものを測るのだろうか。家では親に暴力振るってるかもよ?ネットで男探してイケナイお小遣い稼ぎしてるかもよ?どっちも私はしてないけれど、短絡的にいい子の烙印を押すのは如何なものかと。それにしても、校長先生直々に呼び出されるとは思っていなかった。しかも、なぜか一緒にお昼ご飯食べてるし。

「なんにせよだね、きみがやったことはよくない。それはわかるね?」校長先生の口調は穏やかだったが、脅迫しているように聞こえた。私はすぐには返事をしなかった。考え込むふりをしていた。わかってますよ校長先生。小学一年生でもきっとわかります。イジメはよくないですか?って訊かれたら、ほとんどの人はよくないと答えるだろう。それと同じです。人の席に画鋲仕掛けることはよくないことに決まってます。では、よくないことをさせないために何をすべきかを考えるのが大人の責任ってやつなんじゃないですか?それなのに校長先生、よくないことをしたのがわかるかですって?何も質問してないようなもんです。でも、そんなこと言っちゃいけないと空気を読むのが生徒の役目なので、「はい、わかります」と言う。

「では、」と言って校長先生は原稿用紙を三枚差し出した。

「これに反省文を書いてきなさい。吉田くんにもちゃんと謝罪するように」

「はい、わかりました」

「でも、きみは吉田くんと仲がいいと後藤先生から聞いたんだが」

「はい、とても仲のいい友達です。ムカつくくらいに」

「じゃあ、なんで?」

「それはさっきお答えした通り私にはわかりません」

 校長先生は、頭をポリポリとかいて首を傾げた。困ったなぁと聞こえてきそうな、いや聞こえてきた。先生にはわかりませんよ。人間って複雑怪奇なんですよ。私はきみととても仲がいい。それは認める。付き合ってるんでしょ?って訊いてくる無粋な輩にきみが狼狽しているのを見かけたことがある。でも、人間って複雑怪奇なんですよ。きみは覚えているだろうか?クラスメイトの男子に私のことでからかわれた時、きみがなんと言ったか?多分覚えてないよね。きみはこう言ったんだよ。「俺は別に好きで一緒にいるんじゃない。気づいたらなんというかこう……席もほら後ろだし……」って言ったんだよ。それを聞いて男子たちが囃し立てた。「好きなんだろ?」とか「告白しろ」とかね。きみは真っ赤になって「そういうのじゃないから」って必死に誤魔化してた。私はね、これを教えてくれなくていいのに噂好きの女生徒から聞いた。その場に私が居合わせたらきっと画鋲なんて仕掛けることなかった。噂話に出てくるきみに私は腹が立った。どうしてそんなに有耶無耶に答えたの?「興味無いよ」って一言言えば済んだことじゃない。席が後ろだったらなに?いつも私をバカにするみたいにみんなの前でもバカにしてよ。そしたら、私だってあいつは食べ方が汚くて無理ってみんなに言えたじゃん。でも、ごめん。画鋲仕掛けたのは本当にごめん。これできみとは友達じゃなくなるかな。

「校長先生、私、反省文なんて書きませんよ」

「な、何言ってるんだきみは」校長先生は語気を強めた。わかりやすく怒るタイプですね。

「もちろん、謝罪もしません。私は吉田くんと仲がいいけど、本当は嫌いなんです。あいつ食べ方汚いから。ムカつきます。そんなやつに謝罪なんてしませんよ」


 私は食べ終えたお弁当を片付けて勝手に校長室を出た。校長先生がなにか怒鳴っていたが、もう私には関係がなかった。そんなことより早くきみに会いたかった。会って、どうするんだろう?わからない。わからないけど、わからないまま、私は教室へ向かった。昼休みの賑やかな教室へ。きみの背中が見えた時、私は心音が高鳴るのを感じていた。謝らなきゃって思ったのに、私はきみの頭を後ろから引っぱたいていた。

「痛ってぇ!」と呻いてきみは振り向き、「何すんだよバカ」といつものように私に毒づいてみせた。

 謝ろうと思ったのに口から出た言葉は

「わかんないけど、なんかムカつく」だった。

「なんだそれ」ときみは何食わぬ顔して、何事もなかったかのように笑って、私は少しだけ胸が痛むのを感じていた。周りの男子が囃し立てたので、「こいつなんか嫌いだよ!」って私たちはハモった。やっぱムカつくって私は思った。


 おわり。

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