第2章 東京脱出編

第23話 Revenge movement

 東京は渋谷、繁華街の一画。ゾンビとなった感染者が道路を徘徊している。


 俺はそれらに気が付かれないように歩き始めた。




 アウトブレイクから10日が経過し、感染者は纏まりなく散見されるようになった。自衛隊に先導された避難民たちが移動し、捕食する目標が見つからなくなったからだろうか、規則性のない動きでふらふらと歩きまわっている。


 8月の中旬、時間は午前7時半頃だが、気温は既に30度近くまで上昇している。流石はコンクリートジャングル東京だ。そんな中でも感染者はお構いなく動き続けている。




 感染者は主にその聴覚に頼って人間を見つけ出しているようで、大きな音を立てずに10メートル以上離れていれば気が付かれることはない。また視覚もあるにはあるようだが恐らく超ド近眼だ。つまり遠い場所は聴覚で、近い場所は視覚で物事を捉えている。


 そして運動能力だが、基本的には鈍足である。走る個体もいるが、それらはすぐに転倒するため歩いている個体よりもむしろ遅い。だが射程に入ると飛び掛かって来るのには要注意だ。転んでも噛み付ける距離が奴らの射程だ。腕力と握力は生前の最大出力くらいはあるだろうし、咬合力も同じだろう。








 大通りに出ると、片側2車線の道路は乗用車からトラックまでの様々な車に埋め尽くされていた。混乱の中車で逃げだそうとした人々が立ち往生したのだろうか。


 車はドアが開けっ放しになっていたり、事故を起こしている物もあった。そしてその車の列の中にも疎らに感染者が徘徊している。


 既に1キロほど徒歩で移動したが、所要時間は30分を超えている。なにもなければ10分ほどで移動できる距離だが、歩道も車道も放置された車両で埋め尽くされている上に、いつ死角から感染者が飛び出て来てもおかしくは無いのだ。慎重に歩かねばならず、感染者を見つけたら屈んで音を立てないように移動しなければならない。




 大きな交差点では正面衝突を起こした事故車両が未だに燻ぶっているのが見えた。そういえば、アウトブレイクから10日間、一切雨は降っていないな。そのためか、今でも遠くの方でいくつもの黒煙が上がっているのが見える。静かな都会の建物の隙間から見える夏の青い空と雲に立ち上る黒煙がとてもミスマッチだ。視線を少し下げると大量に放置されたままになっている車が見え、すぐに現実に引き戻されるが。




 そんな風に歩き続けること3時間。太陽は頂点に近付き、気温は35度を軽く越えていると思われる。ただ歩くだけで汗が溢れるほどだ。


 俺はそこで食料と水が尽きていることを思い出した。バックパックは非常に軽く動きやすいが、そろそろ水分補給しないと脱水症状を起こしそうだ。


 そこにちょうど良く、アパートの1階にあるタイプのコンビニを見つけ、そこへと立ち寄った。


 感染者はおらず、電気が消えている店内へ自動ドアを強引に抉じ開け入っていく。


 案の定、既に電気が止まっており様々な物が腐った匂いが充満しているが、俺は構わずにペットボトル飲料の置いてある場所まで行き、飲料水をバックパックへと詰める。水は1日あたり2リットル程度必要だが、夏場のため2.5リットルは欲しい。500ミリリットルのペットボトル入り飲料水を3日分の15本をバックパックに詰める。そして店内にある缶詰は全て持っていく。数は20個程度だ。




 ここで持ち物の確認をしておく。まず武装だが、89式小銃、P220が1丁ずつ、フル装填されたSTANGマガジンが合計5つあり、その中には150発の5.56㎜弾が装填済み、完全に空になったSTANGマガジンが2つ。P220のマガジンは既に最後の1つが本体に装填されている。そしてその空マガジンが1つだ。


 次に食料と飲料水は上記の手に入れた物がすべてだ。


 他には土井に渡された地図とコンパス。既に電源が切れているスマホ。何の役にも立たない財布。


 そしてそれらを収めている海外メーカー製の大型バックパックが所持品の全てだ。


 手に入れた食料品と飲料水を含めた全備重量は22キロ程度となっている。バックパックのおかげで大したことはないが、全力疾走は厳しい重量だ。より一層感染者に見つからないように慎重に行動する必要がある。




 俺は装備を確認し、バックパックを背負ってコンビニから出ようとした。しかし、入り口付近からの足音に気が付き、息を潜めた。


 ゴン、ゴン、ゴン、とコンビニの動かなくなった自動ドアを叩いている音が聞こえ始める。完全に扉を閉めなかったことで、コンビニ内の腐臭が外に漏れて感染者に気が付かれたようだ。ドアを叩く音が断続的に鳴り続けている。




 慎重にと気を引き締めた途端これだ。勘弁してくれと言いたかったが、自分がしっかり扉を閉めなかったのが悪かったのだと心の中で戒めてから、俺は音を立てないようにコンビニのバックヤードへと入った。


 そしてバックヤードの奥に扉があるのを確認してそちらへと向かう。扉は裏口になっていたようで、アパートの裏手に出ることができた。




 そのまま敷地を出て、感染者が追ってきていないのを確認し、俺は北西へと進路を取った。








 それから15分ほど移動すると、高速道路の高架下に出た。確か、ここは首都高4号線、だったはずだ。だから今いる高架下の道路は甲州街道のはず。


 高架下の道路はどこも同じように一般車やらトラックやらの放置車両に埋め尽くされているが、高速道路上はどうなのだろうか…。


 俺はしばらく高架下を進み、インターチェンジから高速道路へと上がってみた。


 高速道路は完全に封鎖されていたようで、放置された車両などは一切なかった。緊急車両や自衛隊の車輛を速やかに移動させるためにアウトブレイク直後から封鎖されていたようだ。料金所までは連なっていた車両が、そこからは一切ないということは、そういうことだろう。




 俺は何もない中央自動車道を下り方面へと歩き出した。これなら予想よりも随分早く、秩父まで辿り着けるだろう。


 汗ばむ中、バックパックから水を取り出して喉を潤しながら、普段だったらあり得ない高速道路を歩くという経験だったが、俺は路面から立ち昇る陽炎を睨みながらただただ歩き続けた。












ここからが、長い復讐の旅の始まりだ。












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復讐者のゾンビサバイバル @Mobyus

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