第21話 判明
小銃から連発して討ちだされる5.56㎜弾は、射線上に現れた人間たちを穴だらけにしていく。
折り畳まれた銃床のせいで安定しない銃口だが、5~6メートル先にいる人間に対してならどこかには当たる。
廊下の先は一瞬のうちに血だまりと化し、弾切れになった小銃が鳴り止む。
弾倉を素早く交換し、チャージングハンドルを引いて次弾を薬室内に送り込んだ。
「先に進むぞ」
土井は転がっている人間たちが死んでいるのを素早く確認すると、先に進んでいった。ちなみに彼は自分の拳銃を持っているようだ。たぶんGlock系のコンパクトモデルだな。
俺も死体を飛び越えて、先に進んだ土井を追いかける。あの様子だと…
「クソ、やっぱりいねえか」
土井に追いついて、広いコンクリート張りの部屋に出る。もぬけの殻、というほどではないがそこには誰もいなかった。あるのは、部屋の隅に積まれているいくつかの黒い袋。まさかな。
「まあいい、下っ端でも数人いたってことは…ああ、あるなPCだ」
土井はすぐに部屋の奥に置いてある1台のPCに目を付けた。電源が付いたままなのはさっきの奴らが何かしていたからだろうか。
カタカタとキーボードを操作する土井が、不意に机をドンっと叩いた。
「クソっ!パスワードだ。ちっ、さっき全員ぶっ殺しちまったじゃねえか」
「だから言ったじゃ…」
俺がそう言って土井へ近付いて行こうとした瞬間、部屋の隅に積まれていた黒い袋が動いた。
いや、黒い袋の陰から人間が飛び出して来たんだ。土井に向かって飛び掛かろうとしている。
俺は言葉を発するよりも早く、拳銃を引き抜いて撃つ。
―――――タンタンタンッ―――
3発のうち、どれが当たったのかはわからないが、飛び出して来た人間はバランスを崩して地面に横たわった。その手にはナイフのような刃物が握られていた。
「危ねえ…」
「助かったぜ、良い腕だな」
「好きで上手くなったわけじゃねぇ…」
皮肉なもんだ。こいつらの組織に教え込まれた技でこいつらを襲撃してるわけだからな。
土井は倒れ込んだ人間、男、いや違う女だ。そいつを無理やり起こして、落ちたナイフを蹴って部屋の隅へと追いやった。
銃創は腰側面にあった。俺が横から撃ったんだから、体の側面に傷があるのは当たり前か。
「女ァ!パスワードを知ってるよな?死にたくなきゃ答えろぉ!」
土井が女の付けている覆面を取り払って怒鳴りつける。その手には拳銃が握られていて、女の首元に突き付けている。
事情を知らぬ者から見れば、どっちが悪人かわからないだろう。
「うっ、うぅ、痛い、痛いぃ」
「はぁ?何が痛いだてめぇ!てめぇらが殺めた人たちはもっと痛みに苦しんで死んでいったんだぞ!」
土井は容赦なく女の顔を殴りつける。事情を知らぬ者から見れば、悪人は土井だろう。
鼻血が出ようが容赦のない殴打で、女は意識が朦朧としているようだ。
「パスワードは!早く教えろ!」
「ひっう、もぅ、いやめてぇ、パ、パスは…7・6・5・9・2・3」
土井はパスワードを聞くとすぐさま女を突き飛ばして床に倒し、PCに向かった。キーボードの音が断続的に聞こえ始める。どうやらパスワードは合っていたらしい。
女はコンクリート張りの床に倒れこみ、鼻血をだらだらと流しながらすすり泣いている。
事情を知らぬものが見れば、いや、もういいか。
「あった。これだ。奴らは日本のいくつかの場所に拠点を置いている。こんなちっぽけな場所じゃないデカくて、もっと田舎で人口が多くない場所だ」
「なんでそんなところに…?」
「奴らの目的は自分たちがアダムとイブになることだ。とち狂った考えだが、自分たちがすべての人間の始祖になるためなんだとよ。そのためにバイオテロを起こして今の人類を滅亡させる。そして自分たちは生き長らえて新たな人類の始祖になるつもりなんだ。意味わかんねえって顔してんな、俺も意味がわかんねえよ」
「いや、待て、日本だけじゃないんだろ?このバイオテロは」
「日本で起きているのと海外で起きているのは同じバイオテロだが、実行犯は別々だ。ただ行動理念はこいつらと同じような奴らなんだろうな。破滅主義者か、選民思想に狂った奴、狂信者か」
「んな、馬鹿な」
「馬鹿なことだがよ、事実だ。もう既にほとんどの国の政府は機能不全に陥っている。テロ対策、核戦争対策してるアメさんだってホワイトハウスはもう落ちてる。韓国も青瓦台からの反応はねえ、中国は人民大暴走で何が何だかわっかんねえ、北朝鮮は最初っからだんまりさ。混乱が起きていねえのは北極圏の一部か、太平洋のど真ん中の島国か、南極くらいじゃねえかな」
そんな辺鄙なとこだって、外部からの供給がなければ持続した生活は不可能に近い。より原始的な生き方を試したとして、そこにいる人口を賄えるだけの生産力を保持し続けることは不可能だろう。だから奴らは手を出すこともしなかったわけだ。
「クソがっ」
思わず悪態が出る。ただそんなのはお構いなしに土井が続ける。
「この地図、持っていけ」
土井はプリントアウトした地図を渡して来た。関東圏にあるいくつかの組織の拠点が示された地図だ。それを受け取った俺は質問する。
「これをどうしろと?」
「まだ終わってねえんだ。奴らが他の生存者の殲滅を始める前に、どうにかしなきゃなんねえ」
「あ、ああ、そうだな」
「俺は南関東にある拠点を狙う。お前は北関東を頼めるか」
「俺たちだけでやるのか?公安の仲間とかいねえのか」
「信用できる奴らは数人しかいねえ。そいつらには関東以外の拠点を頼む。1人1地域だ」
「自衛隊は?応援を頼めないのか」
「自衛隊には良い返事を貰えなかったよ。あっちもあっちで最優先は民間人の保護だし、こっちを信用してくれていないんだろう。まあ普段の行いのせいだな」
なるほどな。本当に俺たちだけでやるしかねえってわけか。生存者狩りを組織が始める前に止めないとならない。
正直言ってやりたくはない。自分の身を危険に晒してまで他人を守ろうとするほどお人好しでは…
いや、どうかな、記憶を失くしていたとはいえ、自衛隊の手助けを散々した。ここに来る途中に見知らぬ親子も助けた。どっちも自分の身を挺してやったことだったな。
今更、自分の命欲しさを言い訳にする必要なんてないのかもしれない。
それにこの惨状を作り出した組織に、人質を取られて脅されていたとは言え加担していたわけだ。自分勝手だが罪滅ぼしくらいにはなるだろうしな。
「わかった、協力しよう。北関東、だな?」
「ああ、内陸部を中心に頼む。俺は南部から沿岸沿いに、だ」
「相手の規模とかわかるか?」
「さあな。そんな多くはねえはずだが、銃を持ってる可能性は高い」
「そりゃあ、まあ、俺も組織に銃の使い方を教え込まれたからな」
「よし、じゃあ頼んだぞ、俺は先に行く。他の仲間にもこの情報を伝えないとならねえ」
それだけ言うと、土井はすぐに早歩きで部屋を出て行ってしまった。
「ふぅ…さて、あんた、どうする?」
俺は銃創を負わせ、土井に殴られて床に倒れている女を見る。未だにすすり泣いているが、出血はそんなにひどくはない。弾が抜けているかはわからないが、このまま放っておいても数日は生きられるかもしれないな。
「お前らのせいで世界は滅茶苦茶だ。病院も機能しちゃいない。だからあんたの傷だと3日持たずに死ぬ。どうする、楽にしてやっても…」
俺が拳銃を引き抜いて、女に問い掛けている最中、部屋の隅に積まれていた黒い袋ががさがさと揺れた。
まだ誰かいるのか!
否、黒い袋の中身はおそらく遺体だ。
まさか、な。
そう思った時には、黒い袋の中から感染者が這いずり出て来ていた。
そして、その感染者の中には。
「悠陽…?」
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