第10話 調達

 俺と村雨さんは避難所を出て、すぐに付近にあるビル下のコンビニへと向かった。さすが東京のど真ん中だけあって徒歩数分圏内にいくつものコンビニがある。


 コンビニには今も電気が通っている様子で中は明るいが、先日の爆発によってガラスは全て破壊されている。残念ながら涼むことは出来なさそうである。


 警戒しながら店内に入ると、床には割れたガラス片と血痕が残されていた。爆発に巻き込まれた人が何人もいたのだろう。空調から出てくる涼しい空気が外との蒸し暑い空気と混ざり合っている不思議な空間を進んでいく。


 どうやら未だ略奪は受けていないようではあるが、商品棚からいくつか商品が落下しているのが見受けられる。爆発の影響や逃げる人がぶつかったのだろう。




「全部残ってるようですね」




 俺は店内の奥を確認しに行った村雨さんが戻って来たのを確認して、半分独り言を漏らす。俺らが最初の略奪者になる、のか。




「ええ、日本人の良いところです。非常時でも略奪行為に手を染めない国民性に、我々は助けられることも多いです」




 確かに、海外で災害が発生した際に店舗などが略奪に遭うというニュースは稀に目にしていた。それも老若男女問わずにだ。なんなら政治不安やデモの暴徒化でも略奪が起こる国もある。日本は災害大国であるが、非常時でも最大限法を順守する国民が多いのは、災害対応をする自衛隊に取っては幸運だっただろう。




「今も助けられてるってことですかね」




 俺は雑談を止め、店内の物色を始める。


 まずはレトルト食品、缶詰めをバックパックに詰めていく。ただしコンビニにあるレトルトや缶詰めの数などたかが知れている。レトルトカレー30個、その他のレトルト30個、缶詰め50個ほどで大した数にはならない。それにレトルトカレーは1つあたりのカロリーは200キロカロリー程度しかない。缶詰めもトマト缶やコーン缶を含めた数のため、カロリー源としてはやはり小さい。ただ、この真夏の環境下でも腐敗しないよう密閉されているのは良いことだし、比較的かさ張らない。


 次に目を付けたのはスパウトパウチに入れられている飲むゼリーだ。これも1つ当たり200キロカロリー程度ではあるが、ビタミンミネラルを含み、水分補給も可能だ。これも全てバックパックに詰める。数は20個ほどだ。


 次にシリアルバーも全て持っていく。チョコタイプの物は既にやや溶けて柔らかくなっているが、それ以外の物は特に問題もない。これも腹に溜まるし、栄養素も調整されている。品揃えもよく数も多い。合計で60本ほどを確保した。


 ちなみにだが、コンビニ弁当、おにぎり、パン、サンドイッチ、コンビニスイーツは全て全滅している。外気温に晒されれば瞬く間に腐っていくのも当たり前だが。それらからは目を逸らすしかない。こんな時でも勿体無いなと思ってしまうのは俺の貧乏性か、日本人の性さがか。


 他にもカップ麺やらスナックは大量にあったが、かさ張る物は避けた。




 これでバックパックの容量は80パーセント程度になった。800人分の食料にはまだまだ到底及ばないが、このままいくつかのコンビニで調達をしていれば、800人分の1日の必要カロリー量の3分の1程度ならなんとか賄えるかもしれない。




 それから避難所とコンビニを行き来すること3回。成果はレトルト食品100個、缶詰め180個、スパウトパウチ入りゼリー50個、シリアルバー150個となった。


 これだけ保存食を集めても、800人という大勢の腹を満たしきることは不可能。やはり人手が足りないと言わざるを得ないだろう。








「向井さん、ご協力感謝します。かさ張らず保存の利くものがこれだけあれば、非常に助かりますよ」




 とは多田野さんの言葉だが、半分本音、半分建前だろう。実際、バリエーションに乏しい避難所の保存食とは違い、これらの食料は避難民に喜ばれた。特に、暑い日中でも屋外の仮設テントにいる子どもや老人、体調不良の人はスパウトパウチ入りゼリーは好評だった。




「いえ、俺も食べる物ですから。ですが、やはり食料の調達には人手が足りません」




 俺は調達してきた物を報告するついでに、人手不足について多田野さんに伝えるが、彼は渋い顔で答える。




「ええ、それは承知しています。ですが、今は生存者救出が急務。72時間の壁、という言葉を聞いたことはありますか?」


「確か、災害救助での生存率に関わる時間、でしたか」


「ええ。この暑い季節ですから、特に重視する必要があるでしょう。今のところ水道と電気は止まっていませんが、このインフラもいずれは…」




 そうだった。インフラもいずれは止まる時が来る。無人でもある程度の期間はなんとかなり得るインフラだが、やがては必ず止まる。それが今日なのか明日なのか、数日後なのかはわからないが、そう遠くないうちに止まるのは確実だろう。となると、多田野さんの言うように生存者の救出を優先するべきなのは事実である。


 そして、俺はそこまで考えて気付く。




「…では、なぜ俺と村雨さんを生存者の救出任務から外したんですか」












「いえ、あまり言いたくはないのですが…」




 多田野さんの顔が曇り、数舜の沈黙が流れる。




「私はあなたを警戒しているんですよ、向井さん」




 え?




「あなたは冷静です。私や他のどの隊員よりもです。それが私の目には異常に映っていると言わざるを得ないんですよ。先ほど、拳銃を渡した時もです。あなたは臆することなく手に取って、装填手順を戸惑うことなく行いました」












「あなたはいったい、何者なんですか?」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る