第9話 状況

「村雨、向井さん、2人は一度生存者の捜索救出任務を中止し、物資の収集をお願いします」




 物資の収集?ってことはつまり、無人の店から物を取ってこいということか。まあ、この状況だし、自衛隊に頼まれてるんだから罪に問われることはないだろう。




「必要な物資は何ですか?」




 俺が聞くよりも早く、村雨さんが質問してくれた。




「うむ、まず食料。備蓄食料は想定されていたよりも消費が早いようで、避難者がこれからも増えるとなると絶対に足りなくなる」


「となると、大量に必要ですが…車両とかってないんですよね?」




 今この避難所にいる自衛隊の装備には車輛がなかった。


 まず、無論のこと都内に即座に戦車が展開されることはなかった。これは戦車のある駐屯地が付近にないため致し方がない。では他の装輪装甲車などは…?




「実は、使える車輛は全て他の避難所で使用されている状況でして。こちらに回せる余力が一切ないのです」




 皇居という堀と城壁を有しているこの避難所では、最低限の人員と装備で守られている。


 他の近辺の避難所は、北が上野公園、南は芝公園、東は隅田川の向こうの清澄公園、西は代々木公園となっている。避難所として一定の広さを持つ場所にはなっているが、防壁となるものが一切ない場所であるため車輛はそちらに割かれている状況である。確かに、こちらに回せる余裕がないのも頷ける話だ。




「今いる避難民の数は把握していますか?」


「既に800人を収容しています。今も少しずつですが増えつつありますので、900人から1000人を見越しています」




 成人男性が1日に必要なカロリー量を少なく見積もって2000キロカロリーだとして、既に日毎に必要なカロリー量は単純計算で160万キロカロリーとなる。とはいえ、これは通常時の摂取目安であるため、現在のような非常時には800キロカロリー程度で凌ぐしと考えれば、64万キロカロリー程度となる。それでもかなりの量にはなる。




「厳しい…ですね」




 村雨さんも食料事情を理解したのか、かなり渋い顔をしている。そんな表情でも凛としているのは反則だろう。




「長期的な避難先への輸送はどうなっているんですか?」


「それ、なんだがね。各避難所がバラバラに行動すれば非常に非効率的になると予想されてね。各避難所が周囲の生存者を集め終わった時点で、付近の4つの避難所からこの皇居避難所に全員が移動して来ることになったんですよ。そこから一気にヘリで輸送する計画です。それまではまだ時間がかかりますし、立案も慎重に行わなくてはなりません。とにかく食料の確保を行って、時間を稼ぎます」




 確かに慎重にやる必要はあるだろう。だが、1000人にもなりえる避難民の食料を賄い続けるのにも限界が来る。物資の調達が必要不可欠なのは変わりないだろう。




「わかりました。まずは食料の調達ですね?」


「はい。保存食などかさ張らないものを中心にお願いします。生鮮食品も電気が止まっていない建物では大丈夫だとは思いますが…」




 確かに冷蔵庫や冷凍庫が止まっていなければ大丈夫だろうが、この季節だと少し心配になる。


 俺は保存食優先で、とだけ言い残して出発しようとしたが、そこで多田野さんに止められた。




「ああ、待ってください。向井さん、ちょっとこちらへ」




 俺は黙って頷いて、多田野さんについて行った。自衛隊用に用意されたテントの中で、彼は俺にとんでもないものを差し出してきた。




「これをお持ちください」




 テーブルの上に置かれたのは、小銃と拳銃、それに大容量のバックパックだった。


 小銃は言わずもがな自衛隊の主力小銃である豊和工業89式小銃。拳銃はSIG社のSIG SAUER P220をライセンス生産にて国内で製造された物だ。バックパックは…これ官給品じゃないよな?メーカーは知らないが、左右と前面下部に取り外し可能なポーチが備え付けられているタイプのものだ。40~50リットルくらいの容量だと思われる。




「え、ちょ、待ってください。俺は民間人ですよ?こんなことしたら、まずいんですよね?」


「ええ、平時でしたら懲戒免職処分に加えて実刑判決まで出るでしょうね」


「だ、だったら…」


「ですが、もう政府は機能していません。平穏を取り戻すにはかなりの年月が必要でしょう。数年か数十年先のことよりも、私は明日のことを優先します。我々は政府を失っても、民間人を守ることが使命なのは変わりません。あなたを丸腰で行かせるわけにはいきませんよ」




 確かに、言われてみれば政府は機能を停止していて、俺も今から店から物を取って(盗って)来ようとしているわけだ。もう法も秩序も崩壊しているんだと認識するしかない。




「でしたら、バックパックと拳銃だけでいいです。どうせ素人が持ったとこでたかが知れてます。それに取って来れる食料は多い方が良いでしょう。ライフルって重いんですよね?」


「ええ、そうですね、確かに、村雨が一緒ならこれはいりませんでしたね」




 多田野さんは苦笑いしながら小銃を下げて、拳銃を俺に手渡した。




「使い方はご存知ですか?」




 俺は拳銃を受け取って、弾倉を外してスライドを引いてチャンバー内に弾が入っていないことを確認する。弾倉には既に実弾が9発装填されているようで、弾倉を戻してもう一度スライドを引いた。


 これで発砲可能になっているはずだ。




「はは、良い手際ですね。こっちもどうぞ」




 俺はバックパックも背負わされる。今やる必要があるかと思ったが、肩紐、というかショルダーハーネスの長さを調節する必要があるようだった。


 俺は多田野さんが調整してくれている間、このバックパックの出処が気になったので聞いてみる。




「これ、自衛隊の装備じゃないですよね。どこから…?」


「ああ、詳しいですね。これは私の私物ですよ」




 あー、そういうことですか。明らかに迷彩色じゃなくてタンカラーっぽいんだけど、怒られないのか。防水仕様で型がしっかりしてるやつでフィット感があって背負いやすいから、俺はいいんだけど。




 そんなこんなで拳銃とバックパックを装備した俺は黙って準備を見守っていた村雨さんと一緒に、避難所の外へと向かって行った。






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