第8話 束ノ間

 俺と村雨さんは暑さが本格化する時間帯になる前に、なんとか避難所へと戻って来た。生存者7名をテントへと送り、休憩を取る。


 また同じ班の秋吉近藤ペアが戻って来ていた。班長の泉武田ペアは戻ってきていないそうだ。




「向井さん、無事で何よりです。問題ありませんでしたか?」




 日陰で休んでいると、多田野さんに話しかけられた。問題大有りだ。俺はこの数時間のうちにあったことを詳細に説明した。




「そうですか、そんなことが。村雨は私の隊に来てからはまだ日が浅いのですが、熱心な奴なんです。それ故に暴走することもありまして…だから向井さん、あなたに頼んだんです」




 なるほど確かに、自分でも狂ってると思うほど冷静な俺だからこそ、事態を鎮静化させることができた。飛び降りた女性を助けるために自分まで落下しそうになった村雨さんの腕を何とか掴み、あの男をぶん殴ろうとするのも止めることができたのは偏に冷静さ故だろう。




「あなたに任せてよかった。さ、午後まではゆっくりしていてください。午後も一仕事お願いします」


「ああ、はい」




 さて、良い感じの木陰にいることだし、昼寝としゃれ込もう。ちょっとした疲れが、心地よく、夏の生暖かく青っぽい風の匂いに誘われ、夢の中へと落ちていった。












「…ださい」




 え?ださい?そうかな、割とお洒落な感じを意識したんだが…




「起きてください」




 ふあ?あ、ああ、夢か。昼寝してたんだったな…




 目を開けると村雨さんが俺の肩を揺らしているのが見えた。顔近っ!?




「え?うふぁい、はい、なんですか?」




 口がうまく回らないのを誤魔化すこともできない。




「お休みのところ、すいません。正午になったので、食事を」


「え、あ、そうですか。ありがとうございます」




 俺は村雨さんが持っていた缶詰めを受け取って、寝ぼけ眼を擦る。今回は2つの缶詰がある。


 そうしていると、村雨さんが俺の隣に腰を降ろし、缶詰めをパカァッと開けて食べ始めた。彼女が食べているのは五目飯のようだ。常温でも程よく出汁と醤油が香る。


 俺が受け取ったのは白飯、と書いてある。え、ご飯だけ?と一瞬戸惑ったが、もう1つの缶詰は味付牛肉と書いてある。わお、贅沢、やったぜ。


 さっそく白飯の缶を開け、牛肉缶も開ける。こんな状況でも美味しいものが食べれると分かると嬉しいものだ。


 ムッチャムッチャ、ちょっと粘っこい白飯だが味は普通だ。牛肉と一緒に食べれば牛丼みたいでとてもうまい。


 ふと隣を見ると、半分くらいまで五目飯を食べて止まっている村雨さんがいる。その目は俺の手元を見ているようにも見える。


 あ、もしかしてこれか。あ、そうか、この牛肉缶は半分ずつだったのか、全部食べてしまうところだった。




「すいません、どうぞ」




 俺は牛肉缶を持って村雨さんに差し出した。すると彼女は恐る恐るといった感じで牛肉を一切れだけ掬って食べた。え、一切れでいいの?もっとどうぞ。といった風に少し前に牛肉缶を押し出すが、彼女は俯いて首を振るだけだった。




「そ、そうですか」




 俺はちょっとショックを受けたが、気を取り直して食事を再開した。いらないと言われたので牛肉を全部白飯にぶっかけて搔っ込んだ。うめぇ。








 軽く食休みしていると、村雨さんが不意に立ち上がった。食べ終わったから立ち去るのかな、と思ったらいきなり頭を下げられた。




「すいませんでした!!向井さんを危険に晒したうえに、民間人にまで手をあげてしまうところでした」




 どうやらそれを言いに来たのが目的だったようだ。すっごい角度で頭を下げられている。腰を降ろしている俺の頭の位置とほとんど変わらない位置まで村雨さんの頭が来ている。




「いえ、気にしないでください。あの人を助けようとしたのはわかっていますし、あの男には俺もムカついてましたから。自分より怒ってる人がいると、なんか冷静になるんだなって思いましたね」




 村雨さんは俺の言葉を聞いて、頭を上げるといつものクールな顔で「それでは」と言って立ち去って行った。あれ、すっごい複雑な顔してるかなと思ったけど、いつもの顔だとは…照れ隠しなのか、ガチでいつもあんな感じなのか、何とも言えないなぁ。








 それからしばらく木々の葉が風で揺れて光を揺らがせるのを眺めていると、多田野さんが俺を呼びに来た。








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