第7話 救助

「遅いですよ、何してたんです、か…?」




 村雨さんは俺が建物に入って来る待っていた。俺の手に鉄パイプが握られているのを見て怪訝な顔をするが、すぐに向き直って歩き始めた。


 どうやらエレベーターで上に行くらしい。ボタンを押してエレベーターを呼んだ。




 そしてすぐにエレベーターが降りてきて、到着音とともに扉が開いた。


 その瞬間、数体の感染者が勢い良く飛び出してきた。




 村雨さんは小銃に取り付けていた銃剣を使って先頭の1体の首を突く。そしてすぐに1歩下がって、もう一度銃剣を突き出す。


 俺はそんな彼女を援護するために駆け付け1発、ゾンビの頭を鉄パイプでぶん殴った。


 案外人の頭とはやわらかいらしく、嫌な音を立てて潰れる。


 そして俺が2体目の感染者にトドメを刺すと、エレベーターから出てきた感染者はいなくなった。


 そこには既に6体もの感染者の死体が転がっている。村雨さんは銃剣だけで4体も瞬殺していた。この人何者だよ。怖えよ。




「ふぅ、ありがとうございます。助かりました。エレベーターではなく、階段で行きましょう」




 涼しい顔で礼を言った彼女は、俺に有無を言わせぬ速度で階段へと向かった。


 階段を登ること数分。息が切れてきた俺に合わせて村雨さんは速度を緩めてくれた。助かる。非常に。


 やがて一番上の階にたどり着いた。たぶん、ここが最上階、だよな?ここから上はもう階段がないし。


 息を整えている俺を置いて、村雨さんは先に廊下の様子を見に行ってしまった。そして1分ほどで戻って来る。その頃には俺も息が整っていた。




「この先に複数の感染者がいます。どうやらそこが屋上へ向かう通路のようです」


「なるほど、屋上に閉じ込められてるって感じなんですね」


「ヘリでの救助はできませんので、我々が救出するしかありません」




 それは、まあさっきのヘリの状況を見る限りそうだろうな。それに、もし生存者がいきなりヘリの中で発症したら…阿鼻叫喚だろう。




「正面突破で行きます。発砲するので下がっててください」


「え、あ、はい」




 すると村雨さんはすぐに廊下へと向かい、片膝をついて射撃体勢を取ると小銃を撃ち始めた。


 撃つ、撃つ、撃つ、撃つ、撃つ。一体全体何体の感染者がいるのか、村雨さんは小銃を撃ち切った。そして拳銃に持ち替えてさらに撃つ、撃つ、撃つ。


 そしてそれも弾が切れると、村雨さんは俺がいる方へと後退してきた。そして感染者の群れも一緒についてきた。




 俺は村雨さんのすぐ後ろまで迫ってきている感染者を鉄パイプで殴りつける。一撃で仕留める必要はない、とにかく押し退ける。その後ろの感染者も同じように殴りつける。次は蹴飛ばし、その次は殴りつける。


 そんな攻防をしていると、村雨さんがリロードを終えて小銃を撃ち始めた。待って、俺の真横を銃弾が通過したよね?冗談だろ。


 とは思ったが、銃弾は的確に感染者を撃ちぬいていた。




 俺が鉄パイプでゾンビを足止めし、村雨さんがトドメを刺す。そんな感染者との戦いを1分ほど繰り広げ、全ての感染者を停止させた。死なせたわけじゃない、もともとあれは死んでる。そう思うようにした。


 出来上がった感染者の死体は30はある。廊下は血の海…というほどではないが、いたるところに血と肉が転がっている。銃創を負ってる割には出血量が少ないように感じるが、もともと感染した時の外傷で血液量が減っていたんだろうと推察する。




 村雨さんは涼しい顔で廊下を抜け、感染者が群がっていた防火扉の前にやって来た。




「自衛隊です!救助に来ました!もう安全ですから、開けてください!」








 しばらくして、防火扉がギギギッと音を立てて開いた。扉の先はすぐに行き止まりだったが、天井に続く梯子がついていた。どうやらあれが屋上に続いているらしい。


 そして、内側から防火扉を開けたのは若い女性だった。スーツを着ていることから、おそらくこの建物で働いていたのだろう。




「お怪我はありませんか?避難所まで歩けますか?」




 村雨さんが尋ねるが、女性は困ったように答える。




「上に怪我人がいます…その…」


「わかりました。見てみましょう」




 怪我人がいると聞いて、村雨さんはすぐに屋上へと続く梯子を登って行ってしまった。




「えっと、あなたは…」


「自衛隊の手助けをしてる向井です、とりあえず屋上へ行ってみましょう」




 なんとも言えない顔をしている女性を促して、俺は屋上へと登った。








 これは、そうか、感染者に噛まれたのか。


 怪我をしているのも若い女性で、同じようにスーツを着ていることからこの建物で働いていたのだろう。突如として襲ってくる感染者に追われ、屋上まで逃げ切ったようだが…


 傷は浅い。噛み傷の深さは僅か数ミリに見えるのだが、巻かれていた包帯は血まみれで、何度も交換したが出血が止まらないという。さらに高熱が出ており動くこともままならない様子だ。




「私が背負って行きます。他に怪我をしている方は…?」




 屋上には防火扉を開けに来た女性と怪我をして伏せっている女性、その他にも女性が4名、男性が2名いる。外傷を負っている人はいないようだが…




「待て!その女は感染者、ゾンビじゃないのか!」




 男のうち1人が倒れている女性を指さして大声を上げる。さっきまで端っこで縮こまっていたとは思えないほど勇ましいな。




「いえ、見ての通り彼女はまだ人間です。可能性がある限りは、手を尽くします」




 村雨さんは怯む様子も全く見せずにそう言い切って見せる。すげえ信念だな。心の底から思っていないと言えないセリフだ。




「だ、だが、あんたが背負っている時にゾンビになっちまったら…!」




 引っ込みのつかない男はテキトウな理由を探してどうにか説得しようとするが、村雨さんは引かない。


 他の女性たちも参戦して、男と口論を始める。男は俺やもう1人の男性を味方につけようとなんやかんやと言っているが、正直耳に入って来るような言葉でもない。




 そんな口論が続くこと数十秒、俺は先ほどまで倒れていた女性がいなくなっていることに気が付いた。


 どこに行った…?まさか発症して。




 違う、発症しているわけではない。彼女は最後に力を振り絞って立ち上がり、屋上の際へと進んでいた。まさか、飛ぶ気か!?




「まずい」




 俺とほぼ同時に、村雨さんも事態に気が付いたようで、同時に屋上の際に手を掛けた女性に向かって走り出した。












 冗談だろ。


 今、俺は女性2人分の重さを支えている。片腕で村雨さんの手首を掴み、もう片方の腕で屋上の際を掴み、両足でなんとか踏ん張りを生み出している。だが、俺の握力にも限界がある。




 ぐぐぐっと喉を鳴らして力を込めて際を掴み、両足で踏ん張っているが、そう長くは続かない。


 そう思っていると、俺の眼下で村雨さんと飛び降りようとした女性の会話が聞こえた。




「もう、私は、助からない、離して…ください」


「諦めないで…!きっと助かる、あなたはまだ生きてる!」


「苦しいの…お願い、楽にさせ…ください」


「…ッ!そんな、だって!」


「あんな、ゾンビになんて。なり…くない。おね、が、い」




 村雨さんが何を見たのか、それは知らない。意図的に離したのか、力が入らなくなったのか、それも知らない。ただ、俺が見たのは安堵した表情で100メートル以上あるビルの屋上から高速で落下していく女性の顔だった。








「…」




 事態に騒然としていた生存者たちがようやく我に返り、俺と村雨さんを引き上げたのは彼女が落下してから3秒後だった。人生で最も長い3秒だった。


 村雨さんの腕には、俺が握っていた跡がくっきり残っている。痣になるかもしれないが、力の加減をする余裕なんてなかったんだ。




 村雨さんは両膝をついて腕を屋上の床に叩きつけ、声にならない嗚咽を漏らした。


 何とも言えない静寂が流れる。




 しかし、何の拍子にか起き上がった村雨さんは、飛び降りた女性を感染者だと言っていた男に向かって歩き出し、ほとんど予備動作もなく真っ直ぐに拳を突き出していた。


 ここで助ける相手に怪我をさせるわけにはいかない。何をしようとしているか予想していた俺は、彼女の拳を両手で受け止めた。予備動作なしの拳でこの威力、格闘技か何かをやっていたのかもしれない。




「まずいですよ。救助する相手を怪我させちゃ、本末転倒です」


「…っ!」




 一瞬、殺気の籠った目で睨まれるが、ここで怯んでは男の恥じ。ぐっと耐えて彼女の目を睨み返した。




「…っ。そうですね、軽率でした。皆さんを避難所まで先導します。ついて来てください。向井さんは後ろを頼みます」


「はい」




 拳を降ろした彼女は、冷静さを取り戻して避難民を先導し、建物の中へと降りて行った。




「ふぅ、なんて自衛官だ。感染者を連れて行こうとしたり、民間人に手を上げようとしたり…君、助かったよ」




 男は俺に同意を求めるような目でそう言った。




「はぁ」




 俺はクソデカいため息をついて、男を置いて先に梯子を降りて行った。なんでこんなの助けないといけないんだか。








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