第4話 安地

 俺は多田野さんが紹介してくれた村雨という隊員と一緒に、皇居の敷地内にいた。村雨さんは皇宮警察のお偉いさんと話しているようだ。


 彼女と皇宮警察のお偉いさんは避難所として使う建物や、避難民を受け入れるルートなどの話をしている。


 そう、彼女、というのは村雨さんのことだ。女性の自衛隊員なのだ。しかも割と美人さんである。




「あなたが最初の避難民の方ですか。門前にいた部下があなたの話をしていました。先ほどは私の部下が門前払いのように振舞ってしまったこと、私からお詫びします」




 どうやら俺に言っているらしい。かなりお偉いさんっぽいが、俺みたいな一般人にも礼儀正しく接してくれている。




「いえ、気にしないでください。こっちもいきなり現れたんですから、警戒して当然です。この状況ですし」




 俺がそう言うと、目元を緩めてから深々と頭を下げて一礼する。




「そう言って頂けて嬉しいです。避難場所が整うまで、この場でもう少しお待ちください。では」




 彼はそう言うと、宮内庁の建物の中へと消えていった。


 そういや、あっさりと皇居の敷地内に入ってしまったが、人生初の体験がこんな状況とはなんとも言えない気分だった。


 隣にいる村雨さんも多田野さんへ無線で報告し終えたようで、周囲を物珍し気に見回している。








 しばらく、たぶん20分くらいして、他の自衛隊員と一緒に民間人が避難して来た。8人いる。怪我人はいないようだが、皆怯え切っていて、37、8度ある気温の中で常に身体が震えている。




 するとさっきのお偉いさんっぽい人や他の皇宮警察の人がやって来た。何か、テントのようなものを持っている。




「すいません、えっと、向井さんでしたよね。これから避難場所の設営を行います。お手伝い願えませんか?」




 避難させてもらってる身で、嫌だとは言えぬ。それに今動けそうなのは俺だけだ。足の痛みも引いてきたし、頷いて設営を手伝うことにした。


 建物の中には入れてくれないのか、とも思ったが、そもそも圧倒的に場所が足りなくなるだろうし、先にテントを設営し、重傷者や老人、子どもを建物内に避難させるのが目的なんだろう。


 村雨さんもテント設営に参加してくれた。さすがの手際でばばッと組み上げていってしまう。








「そういや、なんでテントがこんな大量にあるんだ…」




 設営したテントの数は既に30はある。どんどんやって来る避難民を直射日光から遮ってくれる便利なものだが、一体どこからこんなに出てきたのか…




「実は、非常事態の時のために用意してあったんです。災害時の避難場所としても都内で有数の広い場所ですから」




 と俺の独り言を聞いていた皇内の職員が教えてくれた。


 ほえー、と思いならが一息ついていると、悲鳴が聞こえた。どうやら避難してきた人の中からだ。


 俺が何事かとそちらに目を向けた瞬間、マズルフラッシュが光った。




 ―――バンッ




「え?」




 パニックになった避難民が渦中から逃げ、人が捌けると2人の人間が血を流して横たわっていた。


 どうやら避難してきた人の中に感染した状態の人がいたらしく、発症、ゾンビになった様子だ。


 既に1人が首を噛まれ息絶えていた。ゾンビの方も完全に止まっている。




「ひっ、な、な、なんてことを!ひ、ひとごろし!」




 静まり返っていた場が、避難民の声で遮られる。どうやら感染者を撃った自衛官に向けて、声を荒げているようである。


 自衛官は少し手を震わせながら




「じゃあどうしろってんだよ!放っておくのが正解か?ふざけんな!こんな状況で…」




 男性自衛官は自棄になったように、ヒステリックになった避難民よりも大きな声でまくし立てる。




「なあ!どうしていればよかった?教えてくれよ、なぁ…っ!」




 俺の目に映ったのは、大柄な男性自衛官が殴られて吹っ飛んだ瞬間だった。自棄になった自衛官を止めたのはどうやら多田野さんだったようだ。


 多田野さんはただ黙って2人の遺体に布を掛けて、数人の部下と一緒に運ばせた。




「皆さんの生命を守るのが我々の仕事です。死んでしまった方より、優先するのは生きている皆さんです。どうか、ご容赦ください」




 避難民を見回しながら彼がそう言うと、静まり返った空気がしばらく続き、何も言わない周囲を確認してから、自棄になっていた自衛官を連れて立ち去って行った。




 そこからは幸いにも同じことは起こらず、日は沈んでいった。最悪な1日の夜は、蒸し暑く最悪だった。














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