第3話 出撃

※視点-前話の自衛官の1人※



 8月某日。いつもと同じようなただただ暑い日だった。訓練中に緊急招集がかかるまでは。




 緊張の面持ちで話す多田野2等陸尉、彼が話した内容に一同はざわつき始める。自分もその1人だった。


『特定感染者』とはいわゆるゾンビのことらしい。完全装備で招集が掛かったということは、冗談でも有事想定訓練でもなんでもなく、事実なのだろう。都内では人が人を喰うという惨状が起こり、状況は広がりつつあるという。さらに、既に霞ヶ関も堕ちたとの情報もあるという。




「テロなのか、自然発生なのか、それすら正確な情報はわからん。ともかく、我々の任務は民間人を1人でも多く救うことだ」








 初の実戦がゾンビからの民間人保護とは、何とも言えない気分だ。都内上空をチヌークで飛ぶ。高度は300メートルくらいで、普段なら絶対に飛ばない高度だろう。だからこそこの小さな窓からでも、眼下に広がる惨状がよく見えた。


 あちこちで火災が起きており、遠くで何かが爆発したのが見えた。数秒後、機体がわずかに揺れる。




「到着まで3分」




 我々が向かっているのは皇居だ。別の隊はお台場、代々木など避難所として使えそうな場所に向かっている。近くを飛んでいるヒューイは霞ヶ関へと向かう。既に連絡が途絶えていることから、どうなっているのか全く不明であるとのこと。


 そんな風に作戦概要を胸の内で復唱していると、乗機は着陸態勢に入った。訓練通り、降着後は速やかに周囲警戒だ。




「降機!」




 後部扉が開き、隊員たちは一斉に機外へと出て周囲警戒をする。自分も同じように決められた方向へと視線を移す。


 ポツンと座り込んだ男性が1人、こちらを見てポカンと間抜けな顔を晒していた。民間人?とりあえず銃口は向けず、ライフルを構えた。


 するとどうやら警戒されていると分かったようで、手を振って来た。どうやら特定感染者ではないようだ。構えたライフルを降ろし、全員が降機したのを確認。民間人から目を離さず、ローターの音に負けないくらいの声で班長へ報告する。




「民間人一名!7時の方向です」




 どうやら見つけてたのは自分だけだったようで、他の隊員も同じように視線を彼へと向けた。








 もう1機のチヌークから隊員が降りたことを確認して、隊長、多田野2等陸尉は指示を飛ばしている。それが終ると自分に話しかけてきた。




「ちょっと、あの民間人に話聞きに行くから、ついて来て」


「はい」




 隊長と2人で発見した民間人に接近する。特別感染者の特徴は見られず、小さな外傷はあるものの出血している様子もない。いきなり変貌して襲ってくることもないだろう。セーフティを掛けてピストルグリップから手を放す。


 男性は20代前半、身長170センチ弱、やや痩せ型だ。顔は、まあまあか。




「民間人…でよろしいですか?」


「はい。民間人です」




 隊長の問いに民間人はちょっと困り顔して答える。隊長は頷いて、さらに問う。




「そうですか、状況を理解しているようですが、どうですか?」


「と言いますと、ゾンビ、ですか?」




 皇居の門前にいる変質者ではなく、逃げてきた民間人ではあるようだ。よかった。




「ええ、我々は特定感染者、と呼称していますが。いわゆるゾンビですね。既に都内のほとんどの場所で確認されていて、避難所開設のために我々は派遣されました。皇内には既にお話を通しているので、すぐに入れるようになりますよ。運がいいですね」




 隊長は苦笑いしながらそう言うと、民間人は何とも言えない顔をした。だが、すぐに緊急速報の着信音が鳴ったスマホを取り出した。皇居が避難所になった、という情報が届いたのだろう。




「では、これから民間人保護のために我々は準備がありますので」


「ああ、はい。あ、そうだ、あの名前だけでも」




 隊長がこの場を辞そうとすると、民間人は立ち去ろうとする我々を止めた。




「私は多田野2等陸尉です」


「多田野さん、親切にありがとうございました」


「いえ、民間人保護が我々の仕事です」




 隊長はそう言って立ち去ろうとしたが、一瞬の間をおいて。




「あ、そうだあなたの名前を伺っても?」




 民間人は少し驚いたが、すぐに答える。




「え、あ、はい、俺は…向井です。向井淳」




 それを聞いて隊長は頷いて自分を見た。




「あ、そうだ。こっちの村雨と一緒に皇居の中へ向かってください。状況説明と連絡役です」




 え、そんな話聞いてない。と抗議しようと隊長の顔を見るが、その目は有無を言わさぬ圧を持っていた。




「わかりました。お任せください…」




 自分は民間人を連れて、門へと向かった。








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