8. 柚乃 「恥を知りなさい」

「私とお兄ちゃんが一緒に寝れば良いんだよ‼︎」

「はぁ……あのなぁそれはダメなことぐらい玲奈にもわかるだろ?」 

「なんで?なにがダメなの?あっ、分かった。もしかして私が可愛すぎるから襲っちゃうかもってビビってるのかなぁ?」


 玲奈が、ニヤニヤと挑発するような笑いを浮かべながら言った。だがしかし、俺は冷静に対処する。

 そう決意した俺の口から出た言葉は……


「び、ビビってなんかねぇし‼︎」


 幼稚園児並みの強がりだった。

 俺にも、兄としてのプライドがあるんだー‼︎

 言ってしまったことはしょうがない。

 これから、玲奈をどう言いくるめようか……。 


「じゃあなんでダメなの?」


 今俺は、新居で玲奈にからかわれた時のことを思い出した。この状況を打破する完璧な返答があるはずだ。考えろ、考えるんだ俺‼︎

 俺の脳が唸りをあげ、そもそもの提案が冗談であるという仮説を導き出した。恐らく今回も後で『からかいすぎちゃったね。テヘペロ』とかを言ってくるはずだ。そうだ‼︎そうに違いない‼︎

 となると、ここで俺が取るべき行動は敢えて玲奈の挑発に乗ることだ。



「玲奈のおかげで目が覚めたよ。ダメな理由なんて初めからなかったんだ。だから、ベッドが届くまでは一緒に寝るか?」


 俺の予想では、『お兄ちゃんってば、本気にしちゃって……もぉ、冗談に決まってるじゃない。そんなに私と寝たかったの?可愛いとこあるじゃない』って言ってくるはずだ。

 さぁ、運命の時がやってきた。


「うん‼︎でも、あんなに渋っていたのに急にどうしたの?一緒に寝てくれるんならどっちでもいいけど」

「………………」


 ……もしかしなくても、一緒に寝るっていう提案はマジだったんじゃね?それで、今俺はそれを承認したから、玲奈と寝ないといけない……。


「玲奈さんや、やっぱり今の話は無しに……『それにしてもまさかお兄ちゃんと一緒に寝られる日が来るなんてね……。嬉しいなぁ〜。それでお兄ちゃん、話って何?』……いや、なんでもない」


 玲奈はものすごく幸せそうな笑顔を浮かべてそう言った。そんな笑顔が見れるなら、まぁいいかって思っちまったじゃねぇか……。それに俺みたいな陰キャが美少女と添い寝できるなんて、役得じゃないか。


「とりあえず、夕飯はどうする?引っ越したばかりで、何も食材がないぞ」

「コンビニ弁当でいいんじゃない?」

「それもそうだな。じゃあ、なんか適当に買ってくるから待ってろ」

「わかった〜。こっちも適当に物色しとくから、ゆっくりでいいよ〜」

「おう……、ってちょっと待ったー‼︎」


 物色とか言う単語を聞き逃すところだったが、慌てて止めに入る。

 玲奈をこの部屋に放置しておくのは危険だ。

 一緒に連れて行くしかあるまい。


「玲奈も来い」

「めんどくさ〜い。それに、この前のラノベの新刊出てたでしょ?まだ読んでないの〜」


 俺がせっせと荷解きしているのを横目に読んでいたやつか……。だが、玲奈のことだ。何かしらするに違いない。素直に答えてくれるとは思わんが、一応確認しておく。


「本当に新刊を読むだけなんだな?」

「他に何かすることある?」

「いや、ならいいんだ」


 さっき、物色するとかなんとか言ってたような気がしたが、俺の聞き間違いか……。最近、色々とあったから疲れてるんだな、きっと。主に爽やかイケメン君のせいだけどな‼︎玲奈が俺を信じてくれてるのに、俺が信じないなんて兄失格だ。ここは、玲奈を信じて留守番を頼むとするか。


「早く帰ってくるから大人しく待ってるんだぞ」

「いってらっしゃ〜い」






 ___

 ________


 コンビニは家から15分程歩いたところにある。

 今は暑さがすっかり消え、半袖では肌寒く感じる10月中旬だ。時刻は5時半で、帰る頃には6時くらいになっているだろう。さて、何を買って帰ろうか。弁当2つとアイス、プリン、あとは……。

 考え事をしていたら、向かい側から会いたくない……というか会ってはいけない人が来てしまった。


 なんと、柚乃である。

 もう一度言おう‼︎

 俺がになった、の、である‼︎


 いくら俺が引っ越したとは言っても家同士は近いままなので、エンカウントしてしまったのだろう。向かい側から来ても、こっちには俺の家か、学校ぐらいしかないのに……。


 ともかく接触禁止になったのだから、ここはスルーして行くべきだろう。極力目を合わせないように、下を向いて柚乃の隣を通り過ぎようとした瞬間、耳元で囁かれたので、つい立ち止まってしまう。


「犯罪者風情がのうのうと外を歩く姿は、なんとも滑稽ね。あなたのような社会のゴミがお日様の下で暮らすなんて、恥を知りなさい」

「………………」

「何も言い返せないのかしら?」

「………………」

「フンッ、張り合いのない奴ね。また近いうちに会うことになると思うけど、それまではせいぜい今の生活を楽しんでおくことね」


 そう言って柚乃は俺の新居の方へ歩いていった。


「……はぁぁぁーーーーーーーーー」


 緊張したー。ボロクソに言われてたけど、柚乃ってあんなキャラだったか?一方的に話しかけられて、俺は言い返したらダメって辛いな。ってか、言い返したらダメなんて誰が決めた?接触禁止になったんだから、そもそも話しかけられるのがおかしいだろ‼︎


「ま、いっか。もう会うこともないだろうから、気にし過ぎないようにするか。玲奈がご飯待ってるし早く買って帰ろーっと」


 プリンやアイスなどの要らないものまでカゴに入れて、会計の時に唖然とした男がいるが、それはまた別の話……。











 次回『誘拐』

 あの懐かしの親子が登場⁉︎

 お楽しみに‼︎

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